舞台上で焼菓子を
それからフィンとは色々な話をした。
花の照明に何て唱えたか。
中学校で演劇部に入ったこと。
学校で他にどんなことをしているかということ。
水越さんとの関係。
水越さんがクラスでも特に歌が上手いこと。
話をしたというより、フィンが「たくさん聞かせてください」と言うから私がほとんど喋っていた。部活動の話で上園先生の名を出した時は思わず身震いしてしまう。
フィンは始終笑顔で静かに肯いてくれた。
イケメンって言うと、話題が豊富で話し手側のイメージかあるけれど、フィンはすごく穏やかだ。肯いて、時には少し声に出して笑って、にこやかに話を聞いてくれる。
「アカリはお芝居で照明を操ることもしていたのですね」
「1年生の時に。文化祭と大会、観客が多い上演で照明担当をしたことがあるんです。多分これバズーカ」
端に置いてあった筒のように長くて大きな花を持ち上げた。照明器具だと絶対に両手で持ち上げないと重たくて無理だけど、こったは花だから片手で持てそう。ただ、大きいから支えるために両手で肩に担ぐのだけれど。
「ピンスポットライト」
そう言うと明かりが点き、円形の明かりがぽつんと雲に浮かび上がった。
「これを動きが激しいシーンで主人公を追うのが大変で。ちょっとでも舞台上からはみ出たら汚いとよく叱られましたし、数ミリ機材動かすだけで明かりは数十cmも動くから、慣れない時は本当になかなか上手く当てることが出来なくて」
今となっては懐かしい。当時は歯を食いしばりながらやっていたけれど。大会では初めて使う劇場の照明機材をすぐに使いこなせないといけなくてそれもそれでかな〜〜りしんどくて。あでも、翌年は大会で劇場スタッフの方々が照明をされていたんだよな。貴重な体験をさせてもらって、今となっては有り難く思える。今となっては。
「本当にアカリはお芝居の話になると目の輝きが変わりますね」
「えっ」
「表情がかなり生き生きとしますよ」
褒められているような何か微笑みかけられて思わず顔を反らしてしまう。王子様って生き物は心臓に悪い。
「隠さないで下さい」
布が擦れる音がしたと思ったら、横に座っていたフィンが私の目の前に……本当に目の前に座って………。
「………暗くても、赤く染まっているのがわかりますよ?」
短い私の髪をそっと額から上げた。
それから毛先をそっと指に絡ませながら
「先程は勇ましかったですよ、美しいくらいに。ウタ様を我々から守ろうと庇ったり、ウタ様に危険が及ばないか確認をしたり」
やめて。真正面から褒めちぎらないで。
「自分の印象が悪くなってもグローブ国の真の平和が訪れるための問題と解決策をわざと強い口調で気付かせようとしたり」
わざわざ私の真意を言葉にしないでよ。そんなに真っ直ぐに私の目を見ながら。
「誰よりもグローブを救おうとしてくれている」
ちくん、と彼の言葉が痛く感じた。
「少し………違う…………」
「え?」
この国を純粋に救いたいわけではない。
私はあなたに真っ直ぐに向いてもらう程綺麗な心なんかじゃない。
「私は帰りたいだけ。水越さんと二人で」
私は水越さんの様に心から歌で救いたいとは思ってない。ただあるのは、早く帰ってお母さんを安心させたい、それだけ。
「………そうですよね」
フィンの身体が少し離れた気がした。
城の中から「フィンスターニス様ぁ〜!?」と探している声が微かに聞こえてくる。そりゃそうだ、国の大事な王子様が行方不明にでもなれば一大事だ。
「もう少し二人でいたいところでしたが、仕方ないですね」
フィンは寂しげに微笑むとポケットから何かを取り出した。
小さな透明な袋に包まれた焼菓子。
「さっきあまり食べていなかったから、お腹が空いた時に食べてください」
フィンはそっと袋を私の両手に包ませながら渡した。フィンの手は風に当たっていてひやっと感じる。
「では」
フィンは立ち上がり、城の内部に続く大きな扉を開けた。
「私はここにいます」
そう声を張り上げると、他の執事たちや沢山の人の声が聞こえてきた。
「こちらにいらっしゃったのですか」
「ぜひ王子もウタ様の唄声をお聞きください」
「心が洗われる素晴らしい唄声でいらっしゃいますよ」
フィンを水越さんの方へ連れて行く声は次第に消え、再び私は金切り音を降り注ぐ曇り空の下にぽつんと一人ぼっちに。
舞台上は飲食厳禁。歌舞伎座は幕の内弁当を食べられるけれど、基本的に劇場内も飲食禁止だ。水なら長時間の上演中なら舞台袖で飲めるかもしれないけれど。
舞台上で食べたら上園先生から大目玉を食らうだろう。
だけど今だけ。どうか許されたい。
「……おいしい」
サクッと口の中から広がる焼菓子の味は日本で食べるのと瓜二つだった。母とケーキ屋で買うような、あの日本のお菓子と……。
私、帰れるよね………。




