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花の照明

 王子様はまた一口飲むと

「灰の魔女と対立するのは、明後日。星の夜に決行をします」

 今後の予定を話す素振りをした。

 明後日…っ!?!?

 そんなの遅い!

 だってまず、今日学校に欠席の連絡無しで休んでいたら学校から家に連絡が行くでしょ? それから、親が探しても見つからないから警察に捜索願いをするはず。

「今日じゃダメなんですか!?」

「星の夜は一年で最も夜空が輝く日。灰の魔女は光が苦手という説があります。こちらが少しでも有利な状況になるために、星の夜に唄うのが最善策です」

 ロマンチックだからとかふざけた理由なら絶対に論破しようと思っていたけれど…。

「そうですか………」

 カップの底にはまだ飲める程度に紅茶が残っていたけれど、飲む気にもなれなかった。

 明後日まで絶対に帰られない。

「ではウタ様、さっそく聖女の唄を覚えましょう。レッスン室はこちらでございますわ」

「ウタ様、お疲れでしたらレッスンの前に湯浴みをご用意しますよ」

「お菓子のおかわりも用意しております、ウタ様」

 学校1のモテ女子は異世界でも男女問わず囲まれている。彼女もまた、鬱陶しそうな素振りを見せることなく、可愛げのある笑顔で応えていた。


 私、あっちの世界で目撃情報、あるのかな。

 水越さんなら見た、そんな言葉が飛び交っているかも。


 何も言わずに立ち上がり、私は階段を登った。追いかけて来る人などいない。

 朝なのに不気味なくらい暗い空間が、今の私には似合っている。

 来たのは高い観音扉の前。よく見ると花と星の絵が描かれている。

 ギィィィと重たい扉を片方開け、出来た隙間に入って扉を閉める。

 この世界に初めて来た時の柵の無いバルコニー。

 今もごおごおと風が吹き、動きのない灰色の空が一面を覆っている。そして金切音もまだ降り注ぐ。

 頭程の大きな花が軒下に置かれていたり、軒天に釣る下げられていたりしていた。この花は照明の役割をするはず。


 試しに懐かしい言葉を呟いてみる。


「……サス」

 サスペンションライト。舞台の上の一文字幕に隠れているバトンに釣る下げられた場所にある照明。上に向かって呟くと、バルコニーを照らすように6つの花が白い明かりを灯した。

 すごい、本当にサスと同じような役割をしている。

「エスエス」

 サイドスポットライト。舞台にいる人物などをを舞台袖から明るくする照明。花のツルが伸びて照明のスタンドのようになり、両サイドから明かりが点く。


 一歩、一歩と私はバルコニーを歩いた。舞台奥から客席に向かうように。


「シーリング!」

 シーリングライト。客席の上から舞台を照らす照明。軒天にあった花が外へと伸びてバルコニーを照らす!


 すごい! 花の劇場だ!


 舞台本番も客席は照明を落とす。この世界の人にとっては不気味な光景でも、私にとって闇は本番の舞台を彷彿とさせる。

 出来るかわからないけれど、唱えてみよう!

「ホリゾント!」

 本来なら舞台奥の真っ白なホリゾント幕に色の明かりを当てて色を映し出す照明。すると、小さな花たちが上と下に並び、色を扉と壁に映し出した。青空色の照明。


 ああ、これが今の時間の空の色なのね。


 すると、バルコニーの壁際の端に大きな花が下向きで置かれているのが見えた。近づいてしゃがみ、恐る恐る持ち上げると舞台の照明器具よりもかなり軽い。本当に花ぐらいの重さだ。

「これ、もしかして」


「見事ですね」

 急に背後から声がして振り向く。あの王子様が扉から顔を出し、こちらにやってきて扉を閉めた。

「…………」

 何でこっちに来たんだろう。まぁ、部外者が一人で城内をうろうろされるのも良くないか。

 しゃがんでいる私の横に彼も座った。

「とても眩しいですね。貴女が唱えたのですか?」

「………ごめんなさい」

 劇場ごっこはおしまい。一気に気持ちが現実に戻されると花たちの明かりも消えていった。

「謝ることはないですよ。素晴らしい物を見せていただけましたから」

 キィキィと金切音が響く。王子様に不快音を聞かせたままは悪いし、立ち上がって城内に戻ろうとする。

 けれど、

「もう少し、二人で話しませんか。アカリ様」

 王子様に引き止められた。王子様は座ったまま美顔をキラキラと放つ。

「様付けで呼ばないで下さい、王子様」

「では、アカリ。僕のことも様で付けるのはやめにしましょう、平等に」

 ふふっと微笑まれ、名前で呼ばれるのを待っている様子。

 ええと……

「フィス……フィー…フィスター………」

 フィ何とかって名前ですよね!? 横文字に慣れてなくて申し訳なくなる。

 けれども、彼は楽しそうにフフッと笑った。夜のような朝に彼のプラチナブロンドと顔が闇に溶けない。

「フィンスターニス。僕の名前。覚えにくいでしょうから、フィンと呼んで下さい」

「王子様に馴れ馴れしく呼んで大丈夫ですか」

「僕は気にしません」

 あ、周りは気にするパターンですよね。

「では、二人だけの時に………」

 二人だけって…なんか、内緒に会うみたいだ。

「今、二人だけですよ?」

 名前を呼ばれるのを待ってますよと言わんばかりに微笑みを放つ。待ってよ、男子に名前で呼んだことなんて無いし。役名なら呼ぶことはあるけど。演劇部女子だけだし、呼んだとしても男に呼ぶとかそういう感覚一切芽生えないというか。

「アカリ」

 もちろん、男子から名前を呼ばれたことも………。

「…………フィン」

 何だ、名前を呼ぶだけで…胸がざわつく。

「アカリ、僕の横にどうぞ座って下さい」

 ぽんぽんと優しく床を叩き、フィンが私を招く。

 私は彼の横に座り直した、スカートの裾に気を付けながら。壁に背を付けて足を伸ばして座る。

「あの、不快に思わないで下さいね。寒くはないのですか? 脚をそんなに出されているから心配で」

「私の世界ではこれが基本なので大丈夫です。フィンはこの音平気ですか?」

「アカリとこっそり二人で話せる分には我慢出来ます」

 女子特有の「大丈夫大丈夫〜」と本音を隠して後から陰口を言われるよりかは気が楽だけど…。

「我慢の限界になりそうになったらすぐに言って下さい」

 フィンは少しだけ驚いたように目を見開き、軽くハハッと声に出して笑って、

「では、それまでお話していましょう、二人で」

 こっちが恥ずかしくなるようなことを言ってきた。


 おとぎの国のお姫様は初対面の王子様によく恋が出来るなぁとは思っていたけれど、少しわかる気がした。ほんの少しだけだけど。

 



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