聖女はあなた
「わぁっ! 素敵なティーカップ。お菓子も美味しそう! ね、森さん」
「ウンソーダネー」
温かな紅茶を淹れてもらうも、飲まずにきゃっきゃと頬に手を添えて小顔効果にも手を抜かずにはしゃぐ水越さん。私はせっかくだから暖かいうちにいただく。先程風に当たって少し寒いと感じていたから、温かいものが身体に沁みる。
政治の会談でも使いそうな細長いテーブル。お誕生日席に王子様が座り、その横に水越さん、そして彼女の横に私が座る。
照明器具は先程バルコニーでも見た大きな花だった。花から懐中電灯のように明かりが放たれていて、見るからにメルヘン。
おとぎ話をモチーフにしたアニメにでも出てきそうな豪華なダイニングにまさか私が王子様とお茶をするなんて、本当に夢であって欲しい。
それにしても
「今、朝ですか?」
部屋が暗い。いくら曇の天気だからって全く日が差し込まないのが不自然だ。私達が飛ばされたのは学校の朝の学活が始まる前、金環日食が起きた時。飛んだ時間は長くて10分ぐらいに感じたから、同じ時間の速さなら今は朝のはずだ。
「朝ですよ。こう見えても」
鉛空に視線を向けた後に私を見て答えた王子様は儚げに薄っすら笑みを浮かべていた。そうか、朝なのか。朝には見えない朝なのか。
彼は軽くカップの紅茶を飲むとゆっくりとお皿に置き、
「灰の魔女の仕業なのです」
灰の魔女………っ!? 魔女とか、え、ほんと!? ここ、RPGの要素も入ってあるわけ!? おいおいおいおい、勘弁してくれ。私達は単なる公立中学校のふつーの中学生なんだから。
「灰の魔女………っ!? それをやっつけるための聖女なんですねっ!?」
えぇぇぇぇ、なんでそんなに目を輝かせるの? 水越さぁぁん。
「言い伝えがありまして、灰の魔女が空の輝きを隠す時、異世界より救い人が来たる、と」
「異世界を救う……っっ!」
私無理なので水越さんに任せよう。私は私で元の世界に帰れる方法を知りたい。でも、こういうのってクエスト、だよね。これをクリアしないとエンディングを迎えられないのが鉄板だろう。水越さん、頑張ってくれ。
「唯一無二の歌声を響かせ、世界に再び輝きが戻るだろう、と」
ビシッ。
反射的に私の片手がお隣さんに向けた。世界を救う歌声がまず自他共に音痴と認める私であるはずがない。世界の時間を止めたりストレス社会を作るのなら私が適任かもしれない。それに…それに……
「私……っ! 歌が得意なんですっ! 嬉しいっ、私、聖女何だ…っ!」
水越さんは歌が上手い。合唱部にも入っていて、クラスの皆にも褒められて、高校も歌に特化した学科を目指していて…。
「お名前がウタ様と仰られましたよね!? 先程のご様子から見て貴女様が聖女だと思っておりましたのですよ!」
突然、部屋の隅から見守っていたワンピース姿の歳上の女性が声を上げた。
すると次から次へと
「うんうん、ウタ様は太陽のような笑顔でいらっしゃるし」
「わしもそうじゃないかと思っていたのじゃよ」
「何せお名前がもう聖女様だと物語っていますしね」
「ウタ様の御髪も長くてふわっとされて、聖女らしいですわ」
間接的に私の悪口も含まれていませんか!?!?
どーーーーーせ私は愛嬌もないし、おじいちゃんウケも悪いし、あかりって平仮名の名前だし、先月男役やったから超短髪だし、聖女らしくなんかないですよ、ええそうですよ!!
「はいっ、私、聖女として頑張りますっ!」
モテスマイルしている場合じゃないでしょ。
「灰の魔女は、曇り空を作る以外にも何かするのですか?」
魔女が相手、今のところ攻撃系は聞いていないけれど天気を操れるのだから魔法だって使えるはず。聖女の役目は水越さんに任せるにしても、私一人で元の世界に帰るのは流石に良い気分にはなれない。帰られるなら、二人がいい。
「丁度魔女も目を覚ました頃でしょう。窓を開けてもらってもいいですか」
王子様が執事に頼むと、その執事は緊張した顔で頷き窓に近寄る。他のメイドたちは一斉に手で耳を覆った。
キィィイイイイイイイイ!!!!!!
窓を少し開けただけで響いてくる金切音。あの雲の空から聞こえてくる。なるほど、これじゃあ外を歩くことさえままならない。
執事は窓を閉めて頑丈そうな鍵で閉めた。
「これだけですか?」
不快音が聞こえたけれど、物理的な攻撃ではない。水越さんや私の生命の危機はそんなにはなさそうに思える。
「これだけって、森さん今の音平気なの!?」
「うん? よく男子が黒板に爪引っ掻いたりしてるし、聞き慣れてる」
「男の子たちそんなことしてないよ」
はっは〜ん、男子はモテ女の前では普段やっていないのか。あ、それと
「体育館の舞台の袖幕の調整をする時の方が酷い音がするし」
全くメンテナンスされていないぼろぼろの舞台。緞帳が破れていてもガムテープで補強をされている。袖幕が舞台に出る長さを調節するロープが袖幕ごとにあって、それを引っ張ると上にある滑車が回って調節出来るのだが、キーキーキーキーと設備のご年齢が丸出しになったような音を奏でる。最初は「うるさっ!!」と思ったけれど、3年間も使っていれば愛着も湧いて、演劇部にとって大切なホームグラウンドだ。
「………私の母がこの国の女王なのですが、突然行方がわからなくなり、同時に灰の魔女がこの国を雲で覆いました」
切なそうな表情で王子様が静かに説明を始める。行方不明の女王……頼むから変に深刻な事態でないことを願うばかりだ。
「まぁ、お母様がっ」
「女王は唄人。毎日城の大舞台から唄を届け、この国に豊かで平和をもたらす人。ですが、突然姿を消してしまい、唄が無くなり、人々の活気も消え、やがて灰色の雲が国中を覆い灰の魔女が訪れ、空から頭が割れてしまいそうな音を降り注ぐようになってしまったのです」
「そんな……灰の魔女が女王様を攫ったということですかっ!?」
つまり、女王も見つけなきゃいけないってこと?
そうしないと帰れないってこと?
いや待て
「代わりに誰か唄わなかったのですか」
水越さんが質問中に悪いけど食い込ませてもらった。仮に女王を見つけたところで根本の解決にならない気がする。
王子様が少しハッとした表情で私を見つめた。
「女王様の唄声に適う者など誰もいません!」
するとこの国の政治の大臣だろうか、落ち着いた色味のドレスに角帽を被った女性が声を張り上げた。
「唄人は女王様だけですから!」
「聖女じゃないのに偉そうに!」
へーへーへーへーへー、次から次へと大人が中学生相手に罵倒ですか。
「代わりの人がいないなんて、どれだけプレッシャーを感じた毎日だったのでしょうか」
だけど、私の声は負けない。どんな大人数に声の矢が向けられても、私の声は鋭く跳ね返してみせる。
「唄うことがどれほどの負担感かは知りませんが、毎日毎日毎日毎日毎日無休で働かされるなんて私なら降ります」
演劇にだって公演期間中にも休演日は必ずある。ダブルキャストで支え合うこともある。それに単純に休暇日が無いなんてあんまりだ。日本なら労働法違反。
「森さん、やめようよ」
「どうして? 女王様を救うって連れ戻すだけの意味なら逃げた奴隷を無理矢理捕まえることと同じだと思うよ」
「何だと!?」
ダンッ! と体格の良い兵士らしき男が机を威圧的に叩く。
「もちろん、皆さんも休暇日なんて無いんですよね? 女王様を休ませなくても当たり前と思うなら」
本当は怖い。胸ぐらでも掴まれて殴られるかもしれない。けれど、真に解決をしないといけないのなら、帰るためならばこれくらい噛み付いても必死にならなくては。
毎日一人で舞台に上げさせられる役者を救いたい、そんな気持ちも少なくともある。
「皆、落ち着きなさい。まだどちらが聖女かわからないのですから」
王子様の一声で周りの従業員はぐっと黙り込んだ。
「フィンスターニス様、申し訳ございませんっ。森さんもまだ混乱しているみたいで」
流石水越さん、王子様の名前を一発で覚えていたんだ。
「水越さんは聖女としての準備をしたら? 私は図書室とかあればそこに籠もっているよ。皆さんもその方が気分が良いだろうし」
主役は水越さん。私は裏方。聖女としてのストーリーが着々と展開する中、舞台袖でひっそりと進めておこう。日本へ帰る方法を探すことを。