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異世界へ

「何これっ!?」

「きゃぁああっ!?」

 輪に吸い込まれるように私と水越さんは光の異空間に浮かび、周りの景色がぐんぐんと変わっていく。学校から空へ、宇宙へ、そして今、真っ白な空間に飛んでいる。

 これ何…!? 夢!? ドラ○もんのタイムマシーンに乗ってる夢でも見ているの!?

 私は宙で逆さまになりながら周りを見渡すと、水越さんはスカートを抑えながらスカートと周りを交互に見ていた。女子が、いや、女子だけど。


 遠くから鐘の音が聞こえてきた。


 こういう鐘の音がある音楽って好き。街中に祝福の音色を響かせるみたいで、胸が高鳴る。

 いやいやそんなこと考えてる場合じゃなくて。


 ―――――コーンコーン、カンコーン。


 大きくなる鐘の音。まるで心臓を直接響かせるような金属音。メディアで聞く音と違い、まるで私の身体を打っているような、そんな音だ。本物の鐘の音だろう。どんどんどんどん、強く、強烈に、身体中に響いてくる!


 真っ白な空間から突如視界が変わった。


 どんよりとした曇り空。

 空に隙間無く濃い灰色の雲が敷き詰められ、城らしき白い建物のてっぺんにある鐘が静止していた。え、城? 教会?

「あかりちゃん、大丈夫?」

「え?」

 あかりちゃん? そんな距離感でしたっけ、私たち。まぁそれはさておき、仰向けに寝ていた身体を起こす。

「どこ、ここ………?」

 私達が立っていたのはまるで柵の無いバルコニー。デッキにはいくつか人の頭程の大きさの花が幾つも転がっている。そして眼下には絵本のようなとんがり帽子の屋根の家々が建ち並び、どの家も橙の灯りを燈しているように見えた。街灯は無さそう。

 背後には城らしき建物の大きな扉。

 寝ていた時にはあまり感じなかったが、立つと強い風が吹いていたのがわかる。建物の高さのせいなのか、この未知の世界のせいなのか。

 風が強いのに雲が動いている様子が全くない。

「なんだか気味が悪い。暗い雲に覆われた街みたい」

 水越さんがスカートを抑えながら呟き、私の側を離れない。教室でそんなに近いことありましたっけ。

「暗い場所は苦手?」

「あかりちゃんは平気なの?」

「うん」

 舞台で慣れている。暗転になれば舞台は明かりを消し、とてつもなく小さい星の欠片のような蓄光テープを頼りに舞台上を歩く。静かに足音も立てず、素早く、そして死ぬ気で。


『暗転中の歩く練習します。ここからここまで足音立てずに歩いて、3秒で。はい、遅いし煩い。もう100回』


 上園先生のお言葉!?!?

 急に鬼顧問の台詞を思い出して身震いしてしまう。

 暗転のことは頭から離そう。

 そうだ、幕が上がる前の舞台も暗い。そして袖幕の間も。真っ黒で少し厚みのある布の袖幕が揺れ動くと、舞台上のオーロラのようで見ていて好きだった。袖幕が宇宙のようで。

 

 これが出来れば夢であって欲しい。本物の宇宙の彼方へ迷い込んでしまったのなら。


 けれど、立つしかない。ここに居ては落ちたら危険だし、城内が危険と分かったら街へ逃げよう。捕まってしまう恐れもあるが、ここだと逃げ場がない。

「城へ入ってみよう」

「ええっ!? 入るの? 侵入者だって捕まったらどうする?」

「ここより中の方が逃げ道があるよ、きっと」

「まぁ…そっか……」

 風がびゅうびゅうと音を立てて吹かれる中、大きな扉の前に立つ。水越さんと目を合わせ、ゆっくりと扉を開いた。決して音を立てぬよう。

 中は窓が多い印象だけど、如何せん外が暗い為窓から光が全く差し込まれない。蝋燭の灯りが至る所に見える。


 なるべく下へ行こう。出口にも近いから。


 壁伝いに静かに歩くも、水越さんの小さな足音が耳に障る。ああ、暗転中の移動の稽古なんてしたことあるわけないもんね。スカートが壁に僅かに擦れる音も気になる。私を先頭に水越さんがシャツの裾を掴みながら付いてくるけれど、私も音を立てずに歩くのに正直邪魔臭いから手を離していただけると有り難いんだけどな。普段よりも少し早歩きで長い廊下を歩く。階段を探すために。


「聖女はどこに居るのだ!?」


 突如どこかからかおっさんの声が反響してきた。何人も何人もの足音が地震のように迫ってくる。

「森さん、どうしよう」

 ほらほら、いつもの呼び方が出てきた。

 ってそんな皮肉言ってる場合じゃなく、どうしよう。

「水越さんって足速い?」

「えっ、普通…?」

 つまりそんなに速くない。

「私が先に行って引き付けるから、全速力で階段を見つけたら外に走って逃げて」

「一緒にいようよ。離れるなんて出来ないよ」

「絶対に後から合流する。だから、水越さんを先に」

「居たぞ!!」

 声と共に懐中電灯らしき光に照らされる。見つかった、これやばいやつ。執事らしき大人の男が何人もお出ましだ。兵士じゃないだけマシかな。

「走るよ!」

 恐怖で竦む水越さんの手を掴み、廊下の反対側を全力で駆け出す。もう一つぐらい階段があってもいいはずだ。そこに賭けるしかない。


「お待ち下さい。異世界より来た聖女」


 長い廊下に反響しながら男性の声がし、前方から沢山の灯りが見えて来る。ああだめだ、これは挟まれた。

「異世界……」

 水越さんが先程の台詞に反応するように呟く。視線は前方を向いていた。

 いかにも兵士に護衛されながら、廊下の真ん中を背筋を正して美しい姿勢で歩く男の姿があった。


 王子サマかな。


 薄暗い廊下を蝋燭の灯りに照らされながら颯爽と歩くのは、プラチナブロンドの髪に目鼻立ちの整ったTHE美男子。私達の世界なら大学生ぐらいの年齢だろうか。

「ようこそ、グローブ城へ…おや、まさか二名でお越しでしょうか」

 まさかも何も勝手に飛ばされて来たんだから好きで二人で来たわけじゃないわよ。だが、そんなことは言えず前からも後ろからも人に迫って来られ、じりじりと身構えるしかない。味方だとは限らないのだから。

「あのっ! 聖女や異世界ってどういうことですかっ!?」

 私の背後から前へ出て来た水越詩。おいおい、さっきまで私の後ろにへばりくっついていたのはどういうことかいな。

「詳しい話は立ち話ではなんですから、ダイニングへご案内致します」

「はいっ! すごい、すごい、異世界モノの小説みたい…っ」

 両手を頬に添えて興奮をする水越詩。それ、小顔効果も狙ってるでしょ。

 異世界モノねぇ…戯曲ばっか読み漁ってる私には無縁の類だな。とりあえず捕まえて処刑にさせられる雰囲気はなさそう。

「あのっ、あのっ、貴方は王子様ですかっ!?」

 わかりやすく積極的な水越詩。ま、いいけどさ、王子様ってわかったところで仮に彼が独身だとしても私達はいずれ帰らなくちゃいけないのだから、短期間恋愛になるわな。まぁ、面白そうだから観察しておこう。創作演劇のネタにもなるかもしれないし。

「申し遅れました。私はフィンスターニス・グローブ。この国の王子です」

 絵本や少女漫画のような完璧な品の良い笑顔を放つ王子様に水越詩はすっかり恋心が芽生えたようだ。瞳を輝かせながら私より前へ出て彼の隣に並び、

「私は水越詩です。彼女はクラスメイトの森あかりさん」

 ほーほーさっきまであんなに引っ付いていたのに単なるクラスメイトですか。正しいですけど、それが事実ですけど。私の分までご紹介ありがとうございます。

 王子様に目を合わせて軽くぺこりと頭を下げる。彼はフッと微笑み

「いい名前ですね」

 とイケボで言うと長い廊下を歩き始め、水越さんは

「ありがとうございますっ!」

 と王子様の横をキープしていた。

 私は水越さんの後ろを歩く。三人で並ぶには気まずい。会話に参加出来ないぼっちの完成です。




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