温もり
「アカリ、そろそろ昼食ですよ」
フィンの微笑が、今までとは違う暖かさで胸を打つ。思わず目を背けたくもなるし、目に焼き付けたくもなる。矛盾した感情が同時に交差していく……何だろう、これは…。
「アカリ、行っちゃうの?」
子どもたちの寂しそうな声と表情でハッと我に返った。
「この子たちは? お昼どうするの?」
「給食を用意してあるから心配要りませんよ。さぁ、僕たちは先程の場所に用意してありますよ」
いや、こればかりはフィンと一緒にはいられない。
「私はこの子たちと食べる。臨時の先生なんだから」
「アカリっ」
この子たちは本来今日見てもらうはずの先生に無断欠席されたんだ。これ以上、無責任なことはしたくない。
「わかりました」
フィンは全く困ったような顔を見せない。この人は本当にいつも穏やかだなぁ。
「僕も一緒にいただきます」
前言撤回。自分の立場を考えずに突拍子もないことを言うひとだ。
「フィンスターニス様も!?」
「フィンスターニス様とお食事なんて初めて!」
「待って待って待って待って、王子様。そんなことしたら、ま〜た他の皆様が貴方様を探すことになるんですよ!」
子どもたちがせっかく嬉しそうにしていたのに止めるのは罪悪感だけど、そのせいで無駄に嫌味を言われるのはこちら側になるだろう。
でも、子ども以上に寂しげな顔をするのはフィン。
「急に他人行儀しないでください。王子様とか貴方様なんて言い方」
「そこ!?」
今は昼食の話をしているんだっつーの!
それに、子どもたちの前で軽々しくフィンって呼ばない方が良いだろうし。
「また水越さんが探しに来るだろうから、ちゃんと側にいてあげて下さいよ。ちゃんと私は子どもたちといますから!」
「ええ〜、フィンスターニス様とお昼食べた〜い」
…………え?
「私も、こんなチャンスもうないと思うし」
「そうですよね」
「アカリとフィンスターニス様と一緒に食べたいよぉ」
「僕もみんなと一緒に食べたいですよ」
「やったああああ!!!」
子どもたちが一斉に歓喜の声を湧き起こす。これは、もう断れないやつ……。
ちらりとフィンを見ると、ふふんっと勝ち誇ったかのような笑みを浮かべていた。
「いただきますっ!!」
図書室の大机にて手を合わせた。図書室で食べるのなんて初めてだから妙にわくわくする。
フィンだけ特別なプレートで私と子どもたちはサンドウィッチ。ま、この差は仕方がない。子どもたちも自分たちの王子様と食べられるだけでも嬉しそうだし。私ももし皇族の誰かと食事をすることになったら、それだけで緊張しそう。でもやっぱり特別感が勝るはず。子どもたちもそんな風に思えているなら、私も嬉しい。フィンと私が机の真ん中で向かい合って座り、子どもたちが囲っている。可愛い子どもたちにサンドされて私も幸せ。
「ねぇ、アカリ、明日も読み聞かせしてよ!」
無邪気に頼むのはジュリエット。
「明日………」
明日はいよいよ灰の魔女と水越さんの対立。流石にその際には個別行動は控えた方がいいはず。
元の世界に帰られるのかが、かかっているのだから。
「ごめん、明日は出来ないんだ」
灰の魔女が現れるのは朝。元々女王様が歌で国を癒やしていた時間。
「え〜、どうして〜?」
「明日、国に帰るから」
寂しそうな視線を向けられて胸が痛い。
国に帰る…………本当に帰れるのかな。
今も私が突然居なくなって、お母さんは心配していないかな。食事も喉も通らないのかもしれない。夜だって眠れないかも。
「………さっき読んだ『リンナと白鳥』だけど、私の国にも似たようなお話があるの。『浦島太郎』っていう物語。だけど、最後が全然違うんだ」
「最後どうなるの?」
「浦島太郎は海のお城に行くんだけど、お姫様に帰る際に玉手箱を渡されるの。陸に戻った浦島太郎が待ち受けていたのは、300年も時が経った世界。誰も彼を知らないし、彼もまた家も家族も失ってしまったんだ」
「そんな……」
「で、もらった玉手箱を開けてみるの。そうしたら、煙が出て」
「お城の記憶が無くなったの?」
私は静かに首を横に振った。
「お爺さんになったの、浦島太郎が」
この国の物語と違って残酷なラスト。子どもたちが言葉を失ってしまっている。
「私の国……私の世界に戻ったら……どれ程時が経っているのかな……」
サンドウィッチを置いて俯いてしまう。
違う、こんな暗い昼食にしたかったわけじゃない。
もっと子どもたちに喜ばせたいのに。
「帰れるのかな、私……」
ガタッと目の前で椅子が引かれる音がした。フィンが小走りに私の背後に回り、力強く私の手を握った。力強くも優しく包み込むように。
「帰れますよ、絶対」
絶対、私が戻るのを1番寂しがってるくせに。格好つけてくれちゃって。フィンのこういうところ、本当に…本当にずるい。
すると周りからもガタガタと椅子が引かれる音がし、
「アカリ、大丈夫だよっ!」
「アカリとお別れするの、寂しいけれど、無事にお家に帰れるよ!」
「アカリ、役者だから何でも出来るよ!」
子どもたちが私を抱き締めながら励ましてくれた。
「絶対に家に帰れる人になればいいんだよ!」
そうだね、そんな舞台を想像しよう。
明日は私は家に帰る人、そんな自分になろう。
「ありがとう、みんな。私もみんなとお別れは寂しい。でも、絶対にみんなのこと忘れないから」
この温もりも優しさも。そして、演劇に触れて輝かせた瞳も。