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異世界で読み聞かせを

 ひと通り簡単な演劇のエチュードをやり、すっかり子どもたちの興味を掴めた、と思う。

「面白かった!」

「歩く真似だけでも難しいんだね!」

 この目の輝き様。そうそう、演劇って楽しさを知ると夢中になるんだよね。

「みんな少し汗かいてるみたいだし、そろそろ読み聞かせにしようか。タオルとかハンカチで軽く身体を吹いたり水分補給してから、ここに椅子を持ってきて集まってきてね。ゆむくりでいいからね」

 素直に散っていく子どもたち。すぐに椅子を持って来たのはメガネボーイ。私の目の前に座って特等席を陣取っている。お手洗いに行く子もいれば、額や首周りをハンカチで拭いている子もいた。

 しばらくして無事に全員集合。

「読み聞かせって本とか決まってあるの?」

 ジュリエットに視線を向けながら聞くと、

「あるよ! ちょっと待ってて」

 彼女は急ぎ足で本棚に向かった。


 ………待って。私、この国の字、読める気がしない。


 日本語で書かれているわけないよね!? っていうか、そもそも異世界なのに何で言葉も通じ合っているの!? ここまで盛り上がったのに、「読めにゃい☆ごめんにゃ」とか落胆させたくない!!


「これ読んで欲しいの」


 私の胸中とは裏腹に無垢な笑顔で本を差し出すジュリエット。

 随分薄い、絵本かな。『リンナと白鳥』って題名だ。


 ん………?

 読める。何故か。日本語じゃないのに、スラスラと。

 この世界に召喚された特典かな。リーディングといいヒアリングといい、非常に便利だ。学校の英語のテストでもこうなれば良いのに。

 子どもたちの前に椅子を置き、腰掛ける。


 さぁ、舞台が始まるよ。


 口から息を吐き、身体をリラックスさせて鼻から吸う。

「リンナと白鳥」

 絵本の表表紙を見せ、それから丁寧に膝の上に置いて広げた。ページを捲る音さえも音響になる。


「湖畔の村に冬が来ました。遠く遠く氷の国から白鳥たちが湖に渡って来ます。後から後から高い鳴き声が空に響き、木々に積もった雪が静かに落ち、白鳥たちは湖に着水すると、優雅に泳ぎました」


 水色と白で描かれた神秘的な絵。絵本の世界観を伝えられる様にと少し大人の女性を意識した語り部の声色で語る。


「リンナは白鳥が大好きで、冬になれば毎日のように怪我をした白鳥はいないかと湖に行くくらいです。ある日のこと、村の子どもたちが何やら湖で騒いでいます。急いでリンナが行ってみると、なんと子どもたちが湖に向かって石を投げているのです。やめて! なんて酷いことをするの! リンナは大声で子どもたちを止めました。子どもたちはリンナの声に驚き逃げていきました。それから、リンナは湖へ入って行きました。真冬の湖の水は氷の様に冷たい。けれども、リンナは石に当たって怪我をした白鳥を治したい一心で自分が凍り付くような寒さを抱いても湖を進むのでした」


 白鳥に意地悪をする村の子ども、そしてそれを助ける主人公……どこかで似た話があったような。


「大丈夫、今治してあげるからね。リンナが傷ついた白鳥の怪我を治すと、白鳥は大きく羽を広げました。助けていただき、ありがとうございました。お礼にあなたを白鳥の湖の城へとご案内しましょう。なんと白鳥は喋り、リンナを背中に乗せると湖の奥深くに潜っていったのでした。不思議と冷たさは感じません。深い青の美しい水底へと潜っていったのです」


 白鳥に意地悪をする村の子どもから救って、お礼に城に案内される………アレに似てるよなぁ。


「水底にはなんと美しい城がありました。リンナは白鳥に案内をされると、中からとても美形な王子がリンナを出迎えてくれたのです」


 出た!!! 増々アレに似てるよ!!!


「宴でリンナを喜ばせようと城の者達は集まります。白鳥たちが美しく舞い、王子も氷のヴァイオリンで演奏をしました」


 これ絶対にバレエ曲連想する………。


「リンナは次第に日暮れになるかなと思い、そろそろ帰りますと伝えると、王子はとても寂しそうな顔をしました。いつまでも居てくれていいのだよ、と王子が言いますが、私には帰らなくてはいけない家がありますから、とリンナは断りました」


 来たよ来たよ、絶対に手土産来ますよね………!?


「では、お礼に宝石箱を渡します。箱だけでも美しいのですから、決して開けないでくださいね」


 出たー! 出たー! 玉手箱と同じやつ!!!


「リンナはキラキラと輝く宝石箱を受け取り、白鳥に乗って再び陸へと戻りました。辺りはすっかり暗くなっていて、リンナは急ぎ足で家へと帰ります」


 はいはいはい、もしかしてもしかして戻ったら数百年後の世界で、箱を開けたらおばあちゃんになっちゃうヤツじゃないの?


「ただいま!」


 あれ、家に帰ってる…?


「リンナは家に着くと、お母さんが温かいクリームシチューを用意していました。お腹いっぱいに食べ終えて自分の部屋に行き、あの白鳥の城でもらった宝石箱が気になり始めました。決して開けないでと言われたけれど…リンナは我慢出来ずに箱を開けてしまいました。すると、箱から白い煙がモクモクと勢い良く噴き出し、リンナは煙に包まれてしまいます」


 わーわーわー!! リンナおばあちゃんになっちゃうヤツ!?!?


「………この箱、何かしら。煙が収まると、リンナは不思議そうに宝石箱を見つめました。そう、彼女は白鳥の城のことを記憶から消えてしまったのです。煙のように。こうしてリンナは大好きな家でゆっくり寝て、また次の日に白鳥を見守りに湖へとやって来るのでした」


 本をゆっくりと丁寧に閉じる。

 舞台はこれにてお仕舞い。


 パチパチパチパチ。

 子どもたちの柔らかな手から拍手が起こる。この瞬間が、芝居をやっていて良かったなぁと心から思える。観客からの拍手が私の心臓に生きろと打つかのように。

「………知ってる話なのに、最後妙にドキドキしたぁ! リンナどうなっちゃうんだろうって」

「ごめん、少し切迫感を表現した。私の国の童話と途中まで似ているんだけど、最後が全然違ってた」

 途中までは展開が似ていた。浦島太郎に。彼は助けた亀に乗って龍宮城に行き、乙姫様とやんやん楽しく過ごし、帰ろうと思った際に玉手箱をもらう。決して開けてはならない、と。ここまでは似ていた。浦島太郎は亀に乗って再び陸に戻ると戻る家が無かった。300年も時が過ぎていたから。村には知らない人だらけ、自分を知る人もいない、絶望的になった浦島太郎は玉手箱を開けてしまう。煙を放ち開けられた玉手箱は彼をお爺さんに変えた。そして彼は鶴になり、遠く飛んでしまう。

 この『リンナと白鳥』は浦島太郎のハッピーエンドバージョンみたいな印象だ。


「へぇ、君の国だとどんな物語なんだい?」


 声の主がいる部屋の入り口の方へ視線を向けると、そこに立って拍手をしていたのフィンだった。

「フィンスターニス様だ!!」

 子どもたちが目を見開いて喜ぶ一方、私はしら〜っと彼を見る。

「ま〜た、水越さんたちが探しに来たりしませんか」

 ちょくちょく私の方に来なくてもいいし、その方が水越さんたちの機嫌も良さそうだから向こうに行っててもいいのに。

「こっちに来たおかげでいいものが見れました」

 フィンはにこにこしながらこちらに歩み寄り、私の隣に椅子を置いて座る。

「ほんと! アカリの読み聞かせ面白かった!!」

 フィンの言葉よりも1000倍嬉しい純粋な子どもの反応。

「別人みたいだったよな」

「本当にここが雪の国みたいだった。物語の世界が自然に思い浮かんでくるの」

「嬉しい、ありがとう!」

 すると、コーデリアが遠慮がちに私を見てきた。

「どうしたの?」

「………なにもっ」

 いや、これは何もってことは無いでしょ。

「本当に?」

「…………」

「どうしたの? コーデリア」

 ジュリエットも心配そうに聞く。

「………笑わない?」

「笑わないよ、真剣な事なら」

 思わずコーデリアの前に膝を付いて座る。俯いた彼女の顔は少し涙目で頬を赤くしていた。

「私もアカリみたいになりたい。本を上手に読めるかな」

「出来るよ」


 間髪入れずに答えた。私の本心が、迷い無く口から紡がれる。


「私は自分の年齢よりも歳が上の語り手になりきって読んだの。役者は何にでもなれるんだよ。舞台があって、観客が観てくれて、舞台上で自分では無い人物の人生の一部を生きるの。子どもにだって、男にだって、婦人にだって、老婆にだって、そして女王様にだってなれる。何にだってなれるんだよ、役者は」

「……………」

「後ろ姿を真剣に見て歩き方をその人になりきれたじゃない! 喋り方や感情も同じ。誰かの生き方に真剣に向き合おうとすれば、自分じゃない誰かになれるよ」

「私も」

 すると、ジュリエットもぽつりと言葉をこぼした。

「歌えるかな。女王様や聖女様みたいに」

 歌………。私は音痴だ。いくら気持ちを乗せても上手く歌おうとしても、何故か音がハマってくれない。

 でも、ここで子どもたちの夢や希望をへし折らせるわけにはいかない…!

「なれるよ。女王様にも聖女にも…!」

 自信を得たように子どもたちが鼻から息を吸って表情を生き生きとさせていく。

「役じゃなくて、僕は本物の医者になりたい。医者になろうって真剣に考えて、勉強もしたら、僕もなれる気がしてきた!」

「私も! 先生みたいな先生になりたい!」

 子どもたちが夢に向かってキラキラと瞳を輝かせている。


 私の夢は…………………。


「アカリ」

 フィンに呼ばれて彼を見た。

「僕は本当に君が好きだ。演劇を好きなアカリが好きだよ」

「………っ」


 言葉に詰まる。この不意打ちは卑怯ですよ、王子様。

 

 


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