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図書館にて演劇ワークショップ

 無事にキッキンに食器を置き、それから私とジュリエットたちとで図書館へ着いた。


「うわぁ………」


 天井が高い。途中途中ベランダのような足場はあるけれど、本棚がまるで上まで高く伸び続けているように見え、爽快だ。もし日本の図書館も吹き抜けになって、本棚が見渡せたら同じように思えたかもしれないけれど、地震対策を考えたらまず無理。この国には地震がきっと無いんだなぁ。

「ジュリエット、その人は?」

 ジュリエットたちと同じく小学校低学年ぐらいの子どもが私達に気付いて声をかけてきた、眼鏡をかけた男の子。他にも10人ぐらいの子どもたちが各々読書をしたりしている。

「アカリ。異国の人なのよ!」

「先生は?」

「聖女様のところにいるんだって」

 いかにも子どもたちは不満そうな顔を一斉に見せる。無理もない。自分たちそっちのけで何も言わずに授業を放棄されたら不満を抱いて当然だと思う。まぁ、中学生ともなれば皆自由気ままに自習を楽しむんだけれど。

「この人が何を出来るの?」

 ん? 読み聞かせをすれば良いだけじゃないのかな?

「色々教えてもらおうよ! 異国のこととか」

 ジュリエットが意気揚々と答える。ちょい待って、授業とか発表だとか苦手だよ私は。

「この人教えられるの? 何か頼りなさそうだけど」

 メガネボーイの見事な嫌味。まぁ、言い返したところで本当に先生らしいことが出来るわけでもないし、とことんハードルを下げてくれた方が有り難いけど。

「失礼ね! 出来るわよ! アカリは妖精の力を持っているんだから!」

 持ってない持ってない!!!!

 メガネボーイに反論するジュリエットをなだめようとすると、

「そうよ! アカリの国ではなんだって自分でやれる文化があるんだから!」

 今度はコーデリアまでもが反論に加わる。たかが食器を運んだたけで、何故こんなにも何でも出来る人扱いされるのか!?

「じゃあ、やってみてくださいよ。誰もが面白いと思える授業をさ」

 一斉に子どもたちの視線が集まる。期待の眼差しと疑いの眼差しが。

「そ、そんな授業だなんて………」

 理科や数学は全くダメだし、日本史だってうろ覚え。国語の授業は教科書があればまぁ先生の真似は出来るけれど、教科書が無い。人に教えられるのなんて、新入生向けの演劇部のエチュードぐらいだし。


 あ、むしろそれでいいんじゃないかな。

 だって、異国だし。教科とか決められてなさそうだし。


「ジュリエット、私に手の平を向けて」

「え? こう?」

「うん」

 さぁ、演劇ワークショップを開催しよう!

 ジュリエットに立ったまま手の平を向けてもらい、私はしゃがんだ。

「今から私の顔がジュリエットと一定の距離を保つ魔法にかかります。ジュリエット、手の平に必ず吸い付くから、好きに動いていいよ。はい!」

 

 私の顔はジュリエットの小さな手の平から離れられない……………。


 自分でかけた掛け声で暗示を掛け、顔を彼女の手の平から3センチ程離れたところまで寄せる。

「わ、来たっ」

 するとジュリエットは腕を上に上げた。私の顔面も彼女の呼吸に合わせて上へ移動する。立ち上がっても、彼女に近付くのはあくまでも顔のみ。

「わ、わ、わ」

 逆に腕を下に降ろし、彼女は手の平も床に向けた。私は寝そべり、彼女の手から顔を離さない。

「何これ………催眠術かよ……」

 メガネボーイが呟く。恐らくゾクリとした表情を浮かべているだろう、そんな声色だ。

「はい!」

 そしてまた自分の声をきっかけに暗示を解除。それから立ち上がって、

「演劇を教えたいと思います。今のも自分は誰かの手の平から離れられないという演技をしました。今日はみんなに、自分とは違う者をなりきることの楽しさを学んでもらえたらいいなと思います!」

 読書をしていた子どもたちも立ち上がって近くに寄ってきていた。

「演劇…私、朗読とかも苦手なんだけどな……」

 うんうん、わかるわかる。演劇を恥ずかしいって思う気持ちもわかるよ。

「今日の演技は、喋る方ではなくて、身体だけ使います」

「何かジェスチャーゲームだとか?」

「それも演劇だね。でも今日はもっと身近で単純なことになりきるよ」

「なになに?」

 子どもたちの食いつきもいい感じ。

「じゃあみんな、ちょっと広いスペースに集まって」

 貸出しカウンターらしき台の前のスペースに子どもたちを手招きした。みんな素直に付いてくる。幼稚園の先生にでもなった気分だ。それより子どもたちはもうちょい大きいけど。

「じゃあコーデリア、大きく円を描くようにしながら普段通り歩いてもらってもいいかな?」

「わかった」

 コーデリアは言われたとおりに広いスペースを回るようにして歩く。彼女は少し足を擦って歩くのが特徴的。肩には全然力が入っていなくて、腕もほとんど振っていない。

「じゃあ、ジュリエット。コーデリアの後ろを歩いて。コーデリアの歩き方を完全にコピーしながらね」

「えっ!?」

 ジュリエットがコーデリアの後ろを戸惑いながら歩く。コーデリアも恥ずかしそうにふふっと笑い声を上げた。

「こうかな?」

「それ、ジュリエットの歩き方!」

 ジュリエットが真似しようとすると、見ている他の子どもたちが声をかける。

「よーく見てご覧、腕の振りはどう?」

「あ!」

 ジュリエットは気付き、腕を振らないように努めた。

「なんかねぇ、コーデリアの歩き方独特だなぁ。え? こう? こう?」

「落ち着いてジュリエット。細かな観察も大切だけど、特に大切なのは呼吸とリズムよ。コーデリアに合わせてみて」

 歩いていくうちに、活発的なジュリエットのリズムが落ち着いたコーデリアに染まっていく。まだ完全に再現は出来ていなくても、いつものジュリエットさをまるで感じない歩き方だ。

「みんな、ジュリエットの歩き方どう?」

「コーデリアっぽい!」

「コーデリアの影みたい!」

 子どもたちもジュリエットの演技を讃え、目を輝かせて見ている。

「はい! ジュリエット、コーデリア、ありがとう! じゃあ次、ペアを変えてやってみよう!」

「私やる!」

「僕も!」

 子どもたちの元気な声に私も胸が弾む。


 やっぱり演劇っていいな。




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