第289話 決戦:邪獣①
暗い世界、
一面に広がるのは水、
不気味に青白く輝いている。
私達は立っている、
水の上を。
そこの見えない水の上に、
どういうわけか立っている。
海なのか、
湖なのか、
唯一わかるのは、水が流れていない事。
私が動くと波紋がゆっくり広がる。
ソイツは私が迫ってもただクスリと笑う。
「いらっしゃい、ご主人様。」
その一言を聞いた瞬間、私はソイツに殴りかかっていた。でも避けられた。
「あらあら乱暴です。」
避けたソイツを挟むように少女と男がソイツを狙う。
「いきなり酷いですよ、ご主人様?」
結局避けられる。
だがその言葉を聞いた瞬間、私と少女は毛が逆立ち、男は鋭い目付きへと変わる。
「ああ失礼しました。」
ソイツはどこからか木の椅子を取り出し座る。
「...ようこそ、ご主人様。私の部屋へ。」
「黙れ、その体で喋るな。」
全体に黒み掛かった青く長い髪、
真っ赤な目、
私が贈ったワンピース、
なぜか裸足。
...邪獣に乗っ取られたルザーナだ。
私達は禁足地の邪獣潜む次元への入り口を通り、気がつけばここにいた。
ニコやヴェアート達がいない。
ここにいるのはハルカと教授、どうやら分断されたようだ。
それを考えていたのも一瞬の話。
私達はその空間に広がる強烈な気配に警戒する。
現れたのは三角座りをした美人。
しかしそれを見ても私達は怒りしか湧き上がらなかった。
邪獣はルザーナの体に移り何を学んだのか、言葉を喋り表情も変える。
それはまるで新しいおもちゃではしゃぐ子供ような無垢さも感じれば、私達など敵では無いと表すような余裕を見せているように感じる。
「...そっちは数百年振りに会いましたね、お久しぶりです。」
「!?」
「驚きでした?私自身も数百年前の事を覚えている事に驚きです。」
「...お前はなんなんだ?」
その言葉はただの一言で済ますには重すぎるように感じた。
「...私は邪獣。ただそれだけ。」
「何...?」
「それだけです。」
「...どういう事だ?」
「そのままの意味です。この体にある知識を元に言うならば、私はただ暴れて絶望をもたらす存在、ただそれだけ。」
「なんだと...?」
「なにせ自分の出生も生まれた意味も知らない。ただ気づいた時には暴れていた。記憶違いでもなければ喪失もしていない。ただ人の命を奪うほど暴れる事しか頭にないトチ狂ったヤツなんですよ、私は。驚きました?」
(....俺のスキル[嘘発見]が微塵も反応しない...まさか本当だと言うのか!?)
「コイツの言っている事に嘘が一切ない。」
「...アンタの言葉からも嘘を感じない、マジかよ...。」
「だったら何故暴れ続ける?」
「それしか頭に[無かった]のですよ。」
過去形....?
「何故過去形なんだ?」
「それはこの体を得てからか、いろんな事を考えられる様になったからです。内側から溢れ出す温かみ、感情というのでしょうか?これを理解しようとしたらどういう訳かスッキリしました。」
「...まだ...か。」
教授が呟いたその言葉の意味を、今の私達は知らなかった。
「でも、戦いたくない訳じゃありませんよ?加えて今行っている地上の侵攻もまだ止める気はありません。」
「ああそうだよな、目の前で私の家族を掻っ攫ったヤツの話をうだうだ聞いてる気も無くなってきたよ...。」
「...そうだ、いい事を教えましょう!」
「?」
「さっきから溢れるこの感情というもの。この温もりよりも強く感じるのがあるんですよ!」
「針の様に鋭く、冷たい何か。感じ取ろうとすると目が熱くなる。...悲しみっていう感情でしょうか?」
私は邪獣に飛び蹴りした。
きっと自分でも感じ取れないほどの怒りが湧いたんだろう。
今助けてやるからな、ルザーナ。
「行くぞ!!!」
「魔砲貫通光線・輝雨!!!」
「魔砲弾!!!」
「いきなり酷いですご主人様ぁ!」
「...!!!」
「乗せられるな!!!」
教授の叫びでなんとか冷静さをある程度戻した。
邪獣は人のマイナス感情を煽る事を得意としている。それも今はルザーナを肉体としているため明確な知能がある。下手に怒り剥き出しで行けば相手の思う壺。
「くらえ、破邪之聖剣!」
「あら懐かしい。...嫌な思い出しか無い技です!」
邪獣は教授の技に嫌な表情を浮かべる。
「そいつは嬉しいな、数百年振りに見たのだろう?もっと味わいやがれ!!!」
「しつこい男!!!」
「褒め言葉として受け取ろう!!!」
邪獣は黒いオーラを槍状に変化させ四方八方に撃つ。
そのまま私達から距離を取り脚部に魔力を纏う。
「漆黒之流星!」
「「魔砲撃!!」」
ルザーナの必殺キック技である蒼之流星のダークバージョンな技、正直言うと真正面から受けた事なんてない。
私とハルカは魔砲撃で押し返そうとする。
「1、2の...3!」
タイミングを合わせてハルカが威力を弱める、するとそれに合わせて邪獣のキックが傾く。キック技は大抵側面が脆弱だ。
「っ!」
「くらいやがれーーーっ!!!!」
「きゃあっ!?」
「ルザーナの体を傷付けるのはすんごい気分が悪いけどさ、でもある意味お前を倒せるチャンスでもあるんだよ。」
「...?」
「わかんないの?お前の動きは人間的な動きが中心になってんだよ。ルザーナっていう存在を肉体とした事でね。」
「...もしかして、知ってる者の動きなら実力差があっても勝てると?」
「そうだよ。邪獣前兆のロティアートは色々強化はされてたけど動きの癖が残ってた。操ってる大元もそうなんじゃないかってね。」
「...なんの事でしょう。」
「例えば今みたいに都合が悪くなれば目を閉じようとしたり。」
「!」
「かなり恥ずかしい事がバレたら後退りしたり。」
「あ...。」
「前述は嘘だよ、でもすぐ引っかかってくれたのは嬉しい。お陰でお前自身の動きは依代に依存するってのがわかったからさ。」
「お前がルザーナを依代とするまで知らなかったものが今のお前にはある。故に慣れていないはずだ、本能以外の何かが混じり合うその体にな!」
「...はぁ。」
その瞬間に邪獣から強い威圧が溢れ始めた。
「...見破るのは遅かれ早かれ来ると思った。でも早すぎるのは癪に障るってやつです。それに私の動きがわかったからって勝てると思わないでください。」
深紅の瞳が輝く。
「私は邪獣。破滅をもたらすただそれだけの存在。」




