序章
「アリス、回復魔法はあと何回使える?」
「ラスイチってところだよ、レオ」
「分かった、頼む—」幼馴染でパーティの回復役を担うアリス・ブラウンが最後の精神力を振り絞り、満身創痍の勇者レオナルドに回復魔法をかけた。魔力が底をつきかけていたため僅かな体力しか回復しなかったが、レオナルドは剣を構えて魔王に向かって一直線に走り出した。
「はぁ‥はぁ‥最後の悪あがきか‥塵となって消えるが良い」魔王も戦闘終盤に差し掛かりかなり消耗しているが、向かってくる勇者に両手を翳して氷系魔法のアイスニードルを連続で放つ。魔王の意思で敵を追尾するその魔法は恐ろしい速さでレオナルドの心臓をめがけて空中を飛んだ。それを見計らっていたかのように後方で控えながら四つ足でじっと堪えて魔力を高めていた魔犬・パブロが短い唸り声とともにレオナルドの身体能力を一時的に上昇させる魔法を放つ。最後の力を振り絞ったパブロはその場で静かに気を失った。
「良い子だよ、後でたくさん撫でてやるからな」体力、精神力共に消耗しきっており、本来なら到底避けることのできない速さと物量の氷魔法をレオナルドは紙一重で左右に高速移動して全て躱した。
「食らえ魔王、これが最後の一撃だ!」レオナルドは大きく飛び上がり、真上に構えた剣を真っ直ぐに魔王の眉間に振り下ろそうとした。
「待て勇者よ、後ろを見てみろ、大事なお仲間が死にかけているぞ」
「…ア、アリス…アリス!」
レオナルドが後ろを振り返ると、先ほど魔王が放ったアイスニードルがアリスの胸を貫いていた。
「ごめんね、レオ…」
消え入りそうな声で呟くと、アリスは膝から崩れ落ちた。
「くそっ、魔王め、氷魔法は最初からアリスを狙って放ったのか」
「あぁそうだ、お前のゴキブリのようなしぶとさも心を折れば容易いものよ」
「許さない、絶対に許さないぞ」
レオナルドは怒りに身を任せて剣を振り上げた。
「待て待て慌てるな、急所は外したからまだ死んではおらぬ。どうだ勇者よ、お前が死ねばあの可憐な賢者の命は助けてやる。ついでにそこの生意気な犬っころや今生きている人間たちもな」
魔王がレオナルドに取引を持ちかける。
「そんな戯言誰が信じるものか」拳を握りなら憤るレオナルドを見据えながら魔王は言葉を続ける。
「我は我の命を脅かす勇者さえいなければあとの有象無象には要はない。貴様が死んだ後に人間たちが安全に暮らせる島を用意してやろう」
「…本当だな?私一人の命で皆が助かるなら…この命差し出しても構わない」レオナルドは握った拳を静かに解き、剣を手放すとカランという虚しい音が魔王の城に響いた。
「交渉成立だな。食らうが良い我が極限魔法、メタ・バシクローム!」魔王はまるでブラックホールのような巨大な暗黒空間を作り出すと、レオナルドの身体はその中に吸い込まれていった。
「これはこの世界から別の世界へと物質を転移をさせる空間魔法だ、これでしぶとい勇者も二度とこの世界には戻ってこれまい。やったぞ、ついに勇者を倒したぞ!ふはははは…」
魔王の勝ち誇った声を僅かに耳にしながら、黒い空間と共にレオナルドは消えた。