2-4:憧れのアイドル
「はぁぁっ、疲れたぁぁぁ」
部屋に帰り着くなり、ツインテールを解く事もせず、モナコはベットに倒れ込んだ。
衣瑠夏との合同練習が始まって早10日。
連日、クラリスの指導の元、体力はそこをつき、もはや起き上がる気力も無い。
化粧を落とそうとベットから起き上がろうとするが、寝返りを打つのがやっとで、起き上がる事は出来ない。
体の向きを変えると、視界に飛び込んでくるのはアイドル姿のクラリス・クラリスのポスターだった。
「クラクラちゃん、なんでアイドル辞めちゃったんだろう?」
モナコと衣瑠夏にダンス練習をつけてくれるクラリス。
お手本として見せてくる彼女の動きは現役時代から全くの衰えを感じさせない。
現役時代、不自然にステージに立たない時期があったため、怪我による引退説がファンの間で囁かれていたが、そうは思えないキレだった。
「はああ、もう一回、クラクラちゃんのステージをみたいな……」
クラリス・クラリスから直接レッスンをつけてもらえる。
あこがれのアイドルが手が触れ合うぐらいの距離にいるなんて、桃源郷の世界以外の何もでもない。
でも、足りなかった。
モナコはやっぱり、アイドルでもクラリス・クラリスが好きなんだ。
「また、ヘキサスターズのライブに、行きたいなぁ」
願うように囁きながら、瞼は閉じ、モナコはまどろみの中に墜ちていく。
「……ちゃん。……ナ…ちゃん」
誰かが体を揺すっている。
カーテンから紅色の夕日が差し込んでくるが、連日の猛練習でまだ眠い。
もっと寝ていたい。
モナコは揺すってくる誰かを振り払うように寝返りを打った。
もっと寝ていたい。
クラリスと衣瑠夏との合同練習まで……寝ていたい……。
それこそ、夕日ではなくいつものようにカーテンの隙間から木漏れ日が差し込んでくるまで……。
えっ?
「ねえぇ、モナコちゃん。流石に、もう起きようよぉ」
一気に目が覚め、モナコはベットから跳ね起きた。
間違えじゃない。カーテンから差し込んでいるの夕日だ。
寝たのは深夜だったはずで、お昼寝をしていたわけではない。思わず枕元に置いている時計を見る。
「わっ」
そこでもう一つ思い出した。独り暮らしであるはずなのに、誰かが起こそうとしていたことを。
「もう、いっぱい寝たから元気いっぱいだね、モナコちゃん。おはようだよ」
「衣・瑠・夏?」
「そうだよ。衣瑠夏だよ~~。もしかして、まだ寝ぼけているのぉ?」
「いや、どうしてここに? あたしの部屋に?」
「練習場に全然来ないから心配しちゃったんだよ。それで、いても立ってもいられず、クラリスから住所教えてもらって迎えに来ちゃったの」
「でも、部屋の鍵は?」
「閉まってなかったよ。もう、いくら練習で疲れていたとはいえ、不用心だよモナコちゃん」
状況に追いついていなかった頭が、だんだんと現状を把握していく。
どうやら、モナコは豪快に寝坊してしまったみたいだ。
そして、心配になった、練習仲間の衣瑠夏が自分の部屋まで迎えに来てくれた。
そう、自分の部屋まで、来てくれたんだ。
「あははは、うそでしょう………」
現実を把握した瞬間、モナコの顔が一気に青ざめていく。
見られてしまったんだ、自分の部屋を。
壁一面、クラリス・クラリスのポスターやグッズで埋め尽くされた自分のオタク部屋を見れてしまった。
「ねえ、衣瑠夏……。お願いがあるのよ」
片言になりそうになるのを必死に答えながら、平常を保とうとする。
「うん? 何かな、モナコちゃん?」
初めて会ったとき、バックダンサーオーディションで最下位にも関わらず浮かべていた屈託無い笑顔にも負けて劣らない純粋無垢な笑顔がそこにあった。
出会って十日、衣瑠夏は信用できる人だって分かっている。
金輪際の願いを捧げる覚悟で、モナコはベットの上で正座して、マットをへこます勢いで頭を下げた。
「あたしの部屋のこと、お願いだから、クラクラちゃんには黙って………」
「わぁぁ。すごいすごい。これって私が初ステージに立った時に配ったチラシだ。レア物だレア物だ」
モナコの願いは全てを言い終える前に、無用の長物となった。
恐る恐る頭を上げると、そこには今日も鮮やかな金髪をツインテールにまとめている彼女が、自分の印刷されたチラシを嬉しげに掲げていた。
「ああ、終わったぁぁ」




