2-3:レッスン!
「アイドルバトル? それってなに?」
異世界特有の聞き慣れない言葉に衣瑠夏は首を傾げた。
「向こうの世界には、このシステムはないみたいだけど、こっちの世界だと一般的なことなんだよ。アイドルがステージを披露して、そのステージを、ソング値、ダンス値、ステージ値、ポイントの総合点から判定し、勝負を決するバトルだね。それで彼が審査員だよ」
クラリスがを指さした先は、レッスンスタジオの壁奥に白い仮面をつけて青いローブに身を包んだ人が物静かに立っていた。
彼はアイドルバトル運営委員会から派遣されてきた審査員である。
より実践に近い形式で練習した方が身につくことが多いだろうと、カレンプロ経由でクラリスが正式にアイドルバトル運営に派遣要請を出してくれたのだ。
「モナコ・モナ。初手ダンスバトルの課題曲は決まりましたか?」
「はい。課題曲は、ミライ・クライ・ミライでお願いします」
審査員が静かに頷くと、レッスン場にモナコが選んだミライ・クライ・ミライが流れはじめる。
「ねえ、クラリス。この曲ってスローテンポだよね。これってダンスバトル向きの曲なの?」
壁際で体育座りをしながら、モナコのダンスバトルリハーサルを見学している衣瑠夏が隣に立つクラリスに問いかける。
「いやいや、この曲をダンスバトルに選ぶのは普通なら悪手としか思われないかな」
「だったら、どうしてモナコちゃんはこの曲にしたんだろう?」
「それは、見ていれば分かると思うよ」
ミライ・クライ・ミライには激しい踊りもなく、難しいステップもない。
どちらかというと曲途中で行われる転調をいかに歌い上げるかを問われるソング値向けの楽曲である。
本日のレッスンはダンス値にのみ特化したアイドルバトル オーディションであり歌唱は行っていない。
楽曲の強みを生かせない選曲はアイドルバトルにおいて致命的とも言えなくはない。
モナコは大きなミスをすることなくミライ・クライ・ミライを踊り終える。うっすらと浮かび上がる汗を拭きながら、アイドルバトル審査員の採点を待つ。
「大きなミスはなかったが、一方で観客を引きつける魅力もなかった。結果、今回のモナコ・モナはDランクである」
淡々とした採点結果が述べられる。
予想通りの結果にモナコは小さく息を吐き、呼吸を整えていく。
「次鋒、新藤衣瑠夏。ステージへ上がって………」
「待ってください。このままもう一曲踊っても良いですか?」
アイドルバトル審査真の声を遮って、モナコは進言する。
「良いと思うよ。今日は正式なバトルじゃなくて、リハーサル形式だから、モナコちゃんのやりたいようにやって良いよ。衣瑠夏も、一曲後でのリハーサルで大丈夫だよね」
「うん。わたしは大丈夫だよ。アイドルバトル自体をあんまり見た事がないから、こうしてモナコちゃんのステージを見ているだけで、すっごく勉強になるしね」
「ありがとう。クラクラちゃん、衣瑠夏。では、モナコ・モナ、引き続いてダンスステージを行います!。次曲は『風を見たら、最強』でお願いします」
青いローブに身を包んだアイドルバトル審査員に宣言する。
審査員が静かに頷き、新たな曲がレッスン場に響き渡る。
モナコが二曲目に選んだ『風を見たら、最強』は、一曲目と打って変わってダンスバトルの定番曲である。
激しいビートを刻むドラム音に合わせてキレのあるダンスが求められる。
この曲を踊りきってBランクプラス以上をたたき出すことが出来るかが、ダンスを武器にアイドルバトルを戦うアイドル達の一つの境目になっている。
これまでどの養成所にも所属することもなかったモナコ・モナが踊るには正直、時期尚早な曲であり、その通り、ステージ上でのモナコは見るにも耐えないミスを連発している。
曲のスピードに体が追いついていない。
曲に合わせるために体を動かすのが精一杯の状況で、やっと『風を見たら、最強』が流れ終わる。
「はあっ、はぁつ、はぁ。あっ」
曲が終わった瞬間、モナコは膝に手をつき、肩で大きく息をしている。
額から流れ落ちる汗をぬぐうことも出来ない。
呼吸を整えることがやっとで、アイドルバトル審査員の顔を見ることさえ出来ない。
「話にもならないレベルであった。結果、モナコ・モナはEランクである」
結果を聞いた瞬間、かろうじて保っていた精神力がついて、レッスン場の床に大の字で倒れこむ。
「モナコちゃんっ!」
慌てて駆けつけた衣瑠夏が投げてくれた冷えたタオルが気持ち良い。
冷えていく体と頭の中、モナコは次の手を考え始めていた。
無謀な曲を踊ってアイドルバトルに挑めば、審査員の採点が低い上に、このように体力も奪われていく。
それなら、最初にチャレンジしたように、あえてソング値特化の曲を選択して、体力を温存するのも手である。
今の自分が、正攻法でエリーゼ・ミレイのバックダンサーオーディションに勝ち上がるなんて無理な話だというのはよく分かっている。
勝つために、そしてクラリス・クラリスとともに過ごせるこの至福の時間が少しでも長く続くように、モナコ・モナは考え続ける。