9-3:受け継がれる
「はい、二人とも完成だよ、完成だよ」
クラリス・クラリスが手配してくれた控え室。
そこで衣瑠夏とモナコは、クラリスが用意してくれたステージ衣装へ着替えた。
白地をベースとしたスカートには黄色の花が所々にあしらわれている。
上着のベストは衣瑠夏とモナコで同じデザインであるが、衣瑠夏はオレンジをベースとし、モナコはブルーをベースとしたカラーリングで仕立てられており、二人のパートナー感とより一層強調している。
「うわあ、凄い。わたし達、可愛いね、ほんとうに、アイドルみたいだね、モナコ」
「ええ、そうね。凄い素敵な衣装。でも、この衣装どうしたの、クラクラちゃん?」
「これはね、私から二人への餞別みたいなものだよ」
ブラックスーツに身を包み、鮮やかな金髪をツインテールを揺らしながら、指導者として衣瑠夏とモナコをここまで導いてきてくれた元アイドルは、艶やかに笑った。
そして、優しく二人に教え子達を抱きしめた。
「この衣装のデザインはね、私がまだアイドルやっていた時に、ナオと一緒に考えていたものなの。いつか、二人でこの衣装着てデュエット曲歌えたら良いねって夜通し語り合いながら作ったんだよ……作ったんだよ」
「そ、そんな、クラクラちゃんの大事な衣装だったら。あたし達が着るわけには………」
「衣瑠夏とモナコだから、着て欲しいだよ」
二人を抱きしめる腕の力がさらにぎゅっと強くなる。
「私はさ、もうアイドルとしてステージに立つことは出来ない。ナオもヘキサスターズを辞めてソロ活動中。もう、私達二人が同じステージに立つことは出来ないんだよ。だから、この衣装は、二人に継いで欲しいな、欲しいなって、先輩からの勝手なお願いなんだよ」
「ねえ、だったら、教えてよ。どうして、クラクラちゃんはアイドル辞めたの? あたし達にレッスンしてくれる姿見ると、あたし達より踊りも歌も全然うまいし、まだまだアイドルやれるってあたしは信じているよ」
かつてクラリス・クラリスのファンであり、彼女のステージを何度も見てきたモナコ・モナ。
クラリスの後継者となるべく、アイドルの道を進み始めたが、それでも大好きなクラリスにはいつかステージに戻ってきて欲しい。
そう願わなかった日は一日たりともなかった。
だって、大好きなアイドルがステージを去る。これ以上に寂しくつらいことはないから。
「でも、駄目なんだよね。私さ、アイドル頑張りすぎて、実は喉を壊しているんだよ。数曲ならなんとかなるけど、長時間や連続して歌唱すると声がかすれて出なくなってくるんだよ。喉に不調が出た初めの頃は、スキュワーレ達がセトリとか調整してなるべく私に負担が掛からないようにライブとか組んでくれたよ。でもさ」
目を閉じて思い返すのは、ステージに立ち仲間達とそしてファンと過ごしてきた輝かしい日々。
望めることなら、あの日々をずっと続けていたかった。
続けていたかった。
「でもさ、見えてきちゃうだよね、私を気遣うばかりにセトリやライブの構成に制限が出てしまうって。スキュワーレ、エリーゼ、ユカナ、リカ、ナオはみんなもっと輝けるはずだって。そのみんなの輝ける未来を、私がいることで制限しちゃうだって、そう思うともう、ステージで今までみたいに笑顔で歌えなくなっちゃった。だからアイドル辞めたの」
抱きしめていた衣瑠夏とモナから身体を離して、真っ直ぐに教え子達の顔を見る。
そして、笑ってみせる。
あの日のステージで、仲間達と一緒に輝いていた頃に負けて劣らぬ最高の笑顔を見せつける。
「ありがとうね。二人がヘキサスターズに入ってくれたら、私の大切な仲間はきっともっと、もっと、高みで歴史に残るような凄いステージをするんだろうなって確信できるんだよ。そんなこと考えていたら、あの日のステージで無くした笑顔、いつの間にか戻ってきちゃったんだよ」
モナコはこれからステージだというのに、顔を覆って泣いていた。
クラリスを追いかけてここまで来た彼女であるが、追いかけるだけでは駄目なのだ。
クラリスを追い越すようなアイドルになってもらわないと、そして、さらにはヘキサスターズを引っ張っていくようなアイドルになってもらわないと。
全てを託すように嗚咽を漏らす、教え子の頭を優しくさする。
一方、クラリスがこの世界でスカウトしたアイドルは、笑ってくれた。
全ての不安を照らすのような晴天のような暖かい笑顔で、クラリスの真実を受け入れてくれた。
「ありがとうね、衣瑠夏」
「ううん、お礼を言うのは、わたしの方だよ、クラリス。わたしをスカウトしてくれて本当にありがとうだよ。今のわたし、すっごく楽しくて、毎日が希望に満ちていて、毎日笑顔が止まらないんだよ。これも全て、ここでクラリスがわたしをスカウトしてくれたからだよ」
衣瑠夏のアイドル生活が始まったのは、この渋谷ハチ公前であった。
そして、今日ここで、彼女の本当のアイドル活動が始まろうとしている。
「だってさ、私がアイドルしていた時に感じた感動。あの素晴らしさを一人でも多くの人に感じて欲しかったんだよ。そのためなら、私は異世界にだって、スカウト活動しにいくに決まっているよ」




