8-5:決着 鬼ごっこ
観客席から爆発的な歓声が上がっている。
しかし、建物内で相手陣営のキーパーを探すモナコには関係の無い事象だ。
「モナコ、こっちだよ」
声のした方を向くと、先行して飛び出していたリカが階段の上でじっと身とかがめていた。
腰を低くするようにジャスチェーしながら、モナコを手招いている。
物音を立てにないように慎重にリカへ近づいてく、階段からゆっくりと顔を覗かせると、ただ広い室内の中央に相手陣営のキーパーとディフェンスが立っていた。
この階段から相手陣営のキーパーとディフェンスまで優に十mはある。
それは四方どこからも同じ距離感であり、奇襲を掛けるには遠すぎる距離だ。
そして、さらに近づこうともこの階段より先、身を隠せるような遮蔽物は何もない。
「相手、良いところに陣取っているわね。これじゃあ、いくらのリカさんでもうかつに近づけないですね」
「そうようね、ちょうどさっき、真っ向から挑んでみたけど、あのディフェンスが手強くてね、一人だと押し返されちゃったんだよね」
「ああ、さっきの歓声はそれなのね。でも、それなら、今度は二人同時に攻めてみませんか? 今なら2対2でイーブンですよ」
「もちろん、そのつもり。モナモナ、あたしにちゃんとついてこれる?」
「もちろん、今度のアイドルバトルであなたを倒すんだから、ついて行けないと話にもならないでしょう?」
「上等だよ。それじゃ、あたしはアドリブが大好きだから、がんばって合わせてね」
言うやいなや、リカが階段から飛び出してキーパーに向かって一目散に駆け出した。
かけ声もない突然の行動であったが、そろそろモナコは慣れてきた。
遅れること二秒、モナコも階段から飛び出し、相手陣営のキーパーに向かって駆け出す。
キーパーの前に立ちはだかるのは屈強な肉体を持つ男性。あんな太ももみたいな腕に捕まれてしまっては、モナコやリカは身動きすらとれなくなる事だろう。
ディフェンスの彼は先行しているリカを食い止めるべく立ちはだかっている。
ならばとモナコは大きく孤を描くようなルートを取る。
リカがディフェンスを引きつけている間に、ディフェンスの守備範囲内をかいくぐるように相手のキーパーへ近づくのだ。
相手のキーパーが腰をかがめてすぐに動き出せるように体勢を整える。
ディフェンスはリアが引きつけてくるため、これで1対1。相手に逃げ出す隙を与えないように全速力で駆け出す。
しかし、キーパーは逃げ出さない。モナコが近づこうとも腰をかがめるだけで動き出さない。
おかしいと思った時には遅かった。
モナコとキーパーとの間に相手のディフェンスが割って入ったのだ。
その片腕には小柄なリカが抱きかかえてられている。
他人を抱き抱えながらもさらに機敏に動ける相手ディフェンスの馬力たるや感嘆に値する。
しかも、すでにモナコはスピードに乗っている。
今更減速など出来るわけもない。このままではディフェンスに正面切ってぶつかって、そのままホールドされて身動きがとれなくなる事だろう。
リカを抱きかかえていない方の腕がモナコに迫り来る。
腰をかがめてディフェンスの腕をなんとかくぐり抜けるモナコ。
そのとき、捕まっているリカと目が合った。なんと彼女はこの状況を楽しむかのように笑っているのだ。
衣瑠夏の常に前を見続ける太陽のような笑顔とはまた違う、しかし、けしてあきらめてはいない上を目指せる者特有の輝きを秘めた笑顔である。
「上等よ、リカさんの魂胆乗ってやろうじゃない」
モナコは勢いを殺すことなくそのままディフェンスとぶつかった。
もちろん、強固な身体を持つ相手はびくりともしないが、これでモナコは止まることが出来た。
ディフェンスが獲物を狙う目でモナコを見下ろす。
再び腕がモナコを捕らえようと迫り来るが、アイドル練習で何度も繰り返してきたステップを踏み、ディフェンスの捕縛を華麗に回避。
そのまま後方へバックしてく。
もちろん、ディフェンスはこの有利な状況を生かそうとモナコを追ってくる。
そう、それはつまり、キーパーが手薄になるということだ。
「へえ、ちゃんとこのアドリブに乗ってくれるなんて、モナモナやるぅぅぅ」
常套手段で行けば、リカがディフェンスを引きつけ、モナコがキーパーから旗を奪うのが正解だろう。
しかし、リカはあえてその常套手段を選ばなかった。
より確実に、キーパーからディフェンスから引き離して、孤立させる手段を選んだ。
「あらよ~と」
ディフェンスの腕に抱きかかえられたリカは、天性の柔軟さで難なくディフェンスの腕からくぐり抜けてみせた。
リカはただ捕まったのではない、わざと捕まりディフェンスの背中をとれるこの瞬間を待っていたのだ。
ディフェンスはモナコによって充分に離されている。
守るべき者がいなくなったキーパーをリカが狩人の眼差しでとらえる。
自由を得たリカは一直線にキーパーへ迫る。
スピードならリカに勝る者はいない。キーパーも慌てて逃げだそうとするが、もう遅い。
キーパーが動き出そうとした時には既にリカは肉薄しており、その手が帽子に設置された旗をつかみ取っていたのだ。
競技が終わり、オフェンスであった二人と、ディフェンスとキーパーが会場司会者席に集まってきた。
衣瑠夏とモナコは何も言わずに互いの健闘をたたえ合うようにハイタッチを交わして、ユカナとリカは拳と拳をつきあわせた。
「それでは、勝者チームの皆さんは壇上へお上がりください」
司会者に呼ばれて、四人は壇上へと上がっていく。
エキサイティングなステージを見せた四人に観客席からは暖かい拍手が送られる。
それらの拍手に答えるように四人は手を振っていく。
「え~と、それでは勝者権利である15秒のCMタイムです。何を宣伝されますか?」
「ボク達、アイドルで一週間後、ライブをやるんです。だから、今日はその告知をさせてもらいます」
「なるほど、とても可愛らしい方々だとは思いましたが、アイドルのみなさんでしたか。それでは告知タイムです。どうぞ」
司会者は流暢な進行によって、四人はカメラの前にやってきた。
マイクを持つのは一番アイドル経験が長く、皆からの信頼も厚い、ユカナである。
「ボク達、一週間後対バンライブをします。この二人、衣瑠夏とモナコのグループ加入を掛けたとても大事なライブです。ですから、一人でも多くの人に見てもらいたいんです。皆さんのお越しお待ちしてます」
15秒の尺に見事宣伝を抑えて、それだけではなく最後はカメラに向かって、晴れやかなスマイルまで見せつけたユカナ。まさに完璧な宣伝であった。




