1-3:Start Star
ついにこの日がやってきた。
キサラギ・ステーションの2階にもうけられたイベントステージ。
その舞台裏にいる衣瑠夏は、いつものウェーター姿ではなく、カレンプロ所有のアイドル衣装に身を包んでいる。
学生服をイメージした衣装だが、ステージ映えするように縁が金色に飾られている。
「さあ、次が衣瑠夏ちゃんのステージだね。私は袖から見守っているから、まずは思う存分楽しんできて」
「うん。今日のステージは絶対に楽しいよ、クラリスちゃん。だって、わたしの直感がそうなるってグッと告げているんだからね」
鮮やかな金髪を今日もツーテールに結っている大切な友達が笑顔で衣瑠夏を送り出してくれる。
そんな友達に親指を立てるサムズアップで答え、新人アイドル 新藤衣瑠夏はステージへと躍り出た。
ステージ上から見える観客はまばらだった。
衣瑠夏がステージに上がってきた時の歓声も他のアイドルと比べて明らかに小さかった。
でも、ステージから観客席はとてもよく見えた。もともと収容人数200人ぐらいのステージで、観客席との距離が近いこともあるだろう。観客の一人一人の顔が分かるぐらいによく見える。
キサラギ・ステーションの常連さんで見に来てくると約束してくれた彼の姿が見えれば、ステージから初めて見る顔の人もいる。
「皆さん、初めまして。このたび、カレン・プロでお世話になることになった新藤衣瑠夏です。今日は一緒に楽しみましょう」
ギュッとマイクを握りしめ、
「それでは、聞いてください。新藤衣瑠夏で、Start Starです」
アップテンポな前奏が流れ始める。リズムに合わせて体を横に揺らしていく衣瑠夏。
単調な動きとならないようにステップを加えることも考えたが、今日の衣瑠夏の課題は、一曲を歌い上げること。ダンスを加えるのは、まだ先の段階だ。
「さあ、始めるよ。輝く星のきらめく未来を」
音源にのせてStart Starを歌い出す。
定番の流れながら、AメロとBメロの間に観客からのコールが入るのだが、衣瑠夏に返ってくる声はない。
歌い続けていくが、観客からの反応は静かなほど薄い。
でも、不安はない。
クラリスと一緒に歩いてきたこの一ヶ月の経験があるし、そして何より、今日のこのステージを絶対に楽しむって約束したんだから。
アップテンポな歌を歌っているのに、盛り上がることなく一番が終わり、間奏が始まる。歌詞の無いこの数十秒は、観客とふれあえる大切な時間だ。
だから、グッと告げてくる自分の直感に従って、衣瑠夏はステージ上から観客席へ飛び降りた。
「もうぅ、皆さんは楽しくないですか? そんなの悲しいですから、一緒に楽しみましょうよ。ほら、せーのっ。ハイ! ハイ! ハイ!」
まばらな観客達の間を、拳を振り上げながら衣瑠夏は掛けていく。
目の前でコールを煽られた観客達も、つられるように声を上げていく。
すぐこそにアイドルがいて、目が合えば微笑んでくれる。
はじめは小さかった声も、重なれば絆になる。
間奏の間、縦横武人に観客席を駆け回り、観客の全員と視線を合わせて満面の笑顔を振りまく衣瑠夏。
二番が始まった。
ステージに戻る時間はないし、衣瑠夏は戻るつもりもなかった。
アイドルが歌って、観客がいればそこがステージになるのだ。
観客席を駆け回ることを衣瑠夏は止めず、そのまま二番を歌い続ける。
最初はなかったAメロとBメロ間のコールも、今はばっちりと入ってくる。
「さあ、輝くよ。始まりの今から繋がる未来を」
観客席を走り続けて息が上がってきた。
でも、衣瑠夏は止まらない。
アイドルは歌いながら、ファンとふれあい続ける。
ファンは声を重ねながら思いをアイドルに伝えていく。
アイドルとファン、そして、歌が一体となるこの瞬間が、衣瑠夏は最高に楽しく、幸せで、何処までも続いて欲しいと願った。