8-4:対決 鬼ごっこ
ソリッド鬼ごっこ開始の号令が鳴ると同時にリカが脱兎のごときスピードで走り出していく。
同じくオフェンスを任せたモナコは早速置いて行かれた形となり、おもわずディフェンスとキーパーである二人の方を振り返ってしまう。
「モナコ、これは助言だけど、リカと組むときのコツは、小動物と一緒にいると思うことだよ」
ディフェンスであるユカナが親指を立てながら、そんなアドバイスをしてくれる。
しかし、小動物と一緒に鬼ごっこをしたことがないモナコにとってはより混乱を招きそうなアドバイスである。
とにかく、オフェンスを任せた自分に大事なのは、衣瑠夏の旗を取られるより前に、相手陣営から旗を奪うことだ。
リカに続き、モナコも相手陣営に向かって走り出した。
立体的に作られた競技施設内、相手陣営のディフェンスとキーパーが何処に隠れているか、一目では分からない。
走りながらも辺りに注意をはっていく。
足音が聞こえた。
急いでそちらの方に向かうと、相手陣営の選手とはちあった。
すぐさま相手の帽子を確認するが、旗はついていない。
つまり、この二人はキーパーではなく、衣瑠夏を狙ってきたオフェンスだ。
相手側の参加メンバーは男性であり、純粋な力勝負ではモナコは勝つことが出来ないだろう、それに相手もキーパーではないモナコに興味はないはずだ。
静かに対峙はすぐさま終わりの時を迎えた。
モナコは相手チームのオフェンスには目もくれずその先へ駆け出し、相手チームのオフェンス二人も衣瑠夏の隠れる方角へ向かってかけ出した。
「来ますね」
「ああ、この足音、リカでも、モナコちゃんでもないね」
アイドルとして生活していれば、自然と音に対して敏感になっていく、反響する足音をすぐさま聞き分けた衣瑠夏とモナコは、退避を始めた。
しかし、後方を気遣いながら走る二人に比べ、追っ手は迷う事無く一直線に向かってくるため、その距離は徐々に詰まってくる。
「この調子だと、ボク達すぐに追いつかれるね。逃げ通せなそうだし、さっきの計画通り行くから、衣瑠夏準備は良い?」
「はい。もちろんです、ユカナ先輩も呼吸合わせて、よろしくお願いしますね」
「もちろん、観客の皆さんをボク達二人であっと驚かせようね」
立体的に入り組んだ室内では不利と思ったのか衣瑠夏とユカナは、観客席が設置された外へ出た。
ステージの周り十mも今回のソリッド鬼ごっこのステージとして認められている。
外に出るなり、ユカナは扉を閉めて、そのまま必死に両手で押せつける。
一方キーパーである衣瑠夏はステージ敷地内ぎりぎりまで退避する。相手陣営のオフェンスが早速やってきて、ユカナが必死に押さえつけている扉を力尽くで開けようとする。
外に出てきた衣瑠夏はフィールドの敷地限界までやってきており、もはや逃げ場は限られている。
ユカナの抑えている扉こそ最後の城壁であるが、ユカナ一人に対して相手は二人。
力勝負で勝てるわけもなく、程なくして扉が開かれ、二人のオフェンスが外へと解き放された。
相手陣営のオフェンスが獲物を確実に追い詰めるように、ゆっくりと衣瑠夏との距離を詰めていく。
まさに背水の陣、絶体絶命の状況であるが、やはり衣瑠夏の顔には公演で遊ぶ少女のような笑顔が浮かんでいる。
だってここまでは作成通りだから、あとはこのオフェンスを避けることができれば………。
「衣瑠夏っ!!」
前触れのないユカナの叫び。その瞬間、オフェンスの二人の連嶺がほころんだ。
その隙を見逃す衣瑠夏ではない。
一直線に駆け出す。アイドルになるため、走り込みだって毎日繰り返してきたその脚力をもって、オフェンスの手をくぐり抜ける衣瑠夏。
しかし、ここで終わりではない。
衣瑠夏が向かう先にユカナが手を添えて待ってくれている。
「いきますよ、ユカナさん」
「さあ、おいで衣瑠夏っ!!」
速度を緩めることなくユカナに向かって駆け出す衣瑠夏。
対するユカナも腰をかがめながら両手を胸元前で組みながら衣瑠夏を待つ。
そして、自分の勢いを殺すことなく、ジャンプの要領でユカナの組み合った両手に足を掛けた衣瑠夏。
ユカナは衣瑠夏を押し上げ、衣瑠夏は上へと飛ぶ。
衣瑠夏が伸ばした手の先、それはしっかりと二階ベランダの縁を掴んでいた。
アクロバットな衣瑠夏の逃走にステージ横の観客から大歓声が起こる。
難なく、自分の身体を二階に満ち上げた衣瑠夏はオフェンスに追われることのない安全地帯で観客の歓声に両手を振りながら答えていく。
一階に残されたのは、相手陣営のオフェンスと旗を持たないユカナである。
オフェンスの二人は歯がゆさを隠すことなく、顔を歪めながらも衣瑠夏のいる二階へ向かい建屋の中に戻っていくのだった。




