8-1:渋谷 ハチ公前で営業ビラ配り
「え~と、これは一体なんでしょうか、スキュワーレさん………」
「請求書」
いつもは天真爛漫な笑顔を絶やさない衣瑠夏であるが、目の前に差し出された請求書を前に思わず顔が凍り付いた。
そこに記載された額は、喫茶キサラギ・ステーションでバイト生活を送る衣瑠夏の3ヶ月分の給料に相当しているのだ。
「さらに、もう少し説明すると先の二次選考会場で、衣瑠夏が壊したマジックミラーの修繕費の請求書」
店長専用執務椅子に腰を降ろしたスキュワーレが笑顔で教えてくるが、もちろん目は笑っていない。
ライブ会場との信頼関係はアイドル事務所にとって死活問題だ。
まずはマジックミラーの修繕費をカレンプロが立て替えてくれたが、二次選考のルールを逸脱してマジックミラーをたたき割ったのは、他ならぬ衣瑠夏本人である。
カレンプロから修繕費の請求書を突きつけられても何も言えない。
「え~と、分割払いって可能ですか?」
こちらの世界に来て半年も経ってない衣瑠夏に貯金などあるわけもなく、もちろん日々の生活もある。
すぐさま修繕費を払えることもなく、おずおずと問いかける。
「衣瑠夏の生活事情は把握しているから、返済に無理強いはしない。12回払いで、キラステの給料から天引きにさせれもらうから、そのつもりで」
やっぱり目は笑っていないスキュワーレはそう言って、請求書を引き出しに戻した。
「さて、前段はここまでにして、本題に入ろうか。衣瑠夏、モナコ、二次選考通過おめでとう、二人は無事に最終選考へ進むことが出来た」
スキュワーレのいる店長室に呼びされたのは衣瑠夏だけはなかった。
パートナーであるモナコも一緒に呼びだされたのだ。
請求書を前にして珍しい顔をした衣瑠夏を前に笑いをこらえていたモナコであるが、こちらも本題が始まったために改めて表情を引き締める。
「最終選考は事前に伝えている通り、二人が、ユカナ、リカのコンビがアイドルバトルを挑んでもらう。こちらのアイドルバトルはこれまでのオーディションのようなクローズ形式で行うのではなく、観客を招いての本番形式で実施する。そこで、二人にも是非に、このオーディションのビラ配りを手伝っていただきたいのでだ」
その提案を衣瑠夏もモナコも承諾したが、モナコは正直いって疑心暗鬼だった。
ユカナとリカはカレンプロのトップアイドルである。その二人が出演するイベントとってどうしてビラ配りが必要なのか? 二人の知名度ならビラ配りするまでもなく十分な集客力があるのはるである。
「あ~と。これは後々誤解させそうだから先に言っておくが、今回のオーディション会場選んだのは、自分ではなくてユカナとリカだからな」
「え? ここ何処なの?」
今日も今日とて、皺一つ無いブラックスーツに身を包んだクラリス・クラリスに連れられたやってきた、ビラ配りの場所はモナコにとって、未開の地であった。
そう、ここは渋谷ハチ公前。クラリス・クラリスが新藤衣瑠夏をスカウトしたその場所である。
「え、え、え、何、何、何???? ここれは何、なんか建物超絶高いし、なんか生き物じゃないもの走っているし、それにここ人が多すぎるよ。ねえ、衣瑠夏これどういうこと?」
「あ、ママ。久しぶり、衣瑠夏だよ。え、連絡が無くて心配したって。ごめんなさい、最近わたし、アイドルになろうと一生懸命でさ、ママに言うの忘れていたの。うん、実はね、今、異世界って所に行っていてね」
脳内キャパを超えた情報量にモナコの頭は混乱を極めている。隣にいる衣瑠夏に状況説明を求めようとしても、彼女は四角い箱に向かって話掛けていてモナコの声が届いていない。
「ここはボク達の事を知らない人達が住む世界。知名度なんてハードルは関係ない、正真正銘のアイドルバトルが出来る世界だよ」
渋谷にやってきたのは、衣瑠夏、モナコ、クラリスだけではない。
モデルのように長身のユカナはハチ公像を優しくなでながらこの先に待っているステージに弾ませ、小柄で天然パーマの入った黒髪をサイドポニー結っているリカは、早速どこかへ走りさっていった。




