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異世界アイドル活動記  作者: 三宅交流
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6-4:衣瑠夏vsモナコ

 『Start Star』はヘキサスターズの定番曲ともいえる曲だ。

 アップテンポな曲調に始まり、サビ中では観客にコールを煽るパートもあり、ライブでの盛り上がりは約束された一曲だ。

 モナコもこれまで何度も、観客席から『Start Star』を歌うヘキサスターズを見てきたし、一緒にコールも楽しんできた。

 それがまさか、自分がステージ上で披露して、ヘキサスターズのリーダーであるスキュワーレに観客席側から見られることになるなんて、少し前までの自分からは想像も出来なかった未来である。

 でも、ここが終わりではない、この先でモナコはスキュワーレ達ヘキサスターズのメンバーと同じステージで『Start Star』を披露するのだ。

 だから、衣瑠夏に負けるわけには行かない。

 前奏パートでのダンスステップ、衣瑠夏と並び立ちながら何度も繰り返し練習してきたステップだ。

 衣瑠夏もモナコも間違うことはない。衣瑠夏は少し膝の曲げがモナコよりも大きい。それが観客席側からは妖艶に映り目を引く。

 何度も鏡越しに見てきたライバルの癖は分かっている。

 ここでスタンダード通りに踊っていてはダンス値で差がついてしまう。

 モナコはダンス中に背筋をピンと張ることに意識する。ダンス中背筋を伸ばし、身体の芯が動かなければ力強さを表現することになる。

 前奏が終わりAメロが始まった。

 第一審査時はパート分けでのアイドルバトルであったが、これはアイドルとアイドルの真剣勝負。

 相手が隙を見せればつけ込むまでだ。

 結果、二人は互いを歌声で圧倒するべく歌に歌を重ねていく。

 衣瑠夏の歌声は常に明るく、声まで光に照れされているようであり、夢に向かって第一報を踏み出す歌詞である『Start Star』にとてもよくマッチしている。

 スキュワーレのしゃがれた声同様、持って生まれた声質はアイドルによって強力な武器になる。

 モナコに関しては、特記すべき声質ではない。特化しか歌い方が出来ない分、音程を外すことなく、丁寧に歌い上げていく。

 音程よりもその場の勢いで歌い方を変える衣瑠夏に対して、音程を外すことなく丁寧に歌うことは彼女の突発力を縛ることになる。

 耳に正しい音楽が入ってくれば、モナコの歌声につられ、衣瑠夏も意図的に歌い方を変えるのが難しくなるはずだ。

 結果、1番のパートはサビも含めて衣瑠夏が観客を盛り上げるべく意図的に音程を外す箇所はなかった。

 モナコの丁寧な歌声が衣瑠夏を押さえつけた形である。

 そして、『Start Star』は間奏に入る。

 これは通常のライブであれば観客達によるコールパートだ。


「それじゃ、皆さん、一緒に盛り上がっていきましょう!」


 予想通り、衣瑠夏は観客席に向かってマイクを向けてステージを盛り上げていこうとする。しかし、観客席からコールが返ってくることはない。

 まばらな観客席にいるその大多数は、このオーディションを視察にやってきた業界関係者である。

 ステージを楽しみに来た観客ではなく、ステージを視察しに来ている者達がコールを返してくれる訳がない。

 業界関係者以外にもキサラギステーションのメンバーがいるが、こんなパートナーがパートーナーと戦いあうようなステージに、コールを入れる者などいない。

 結果、衣瑠夏のあおりは不発。

 観客席に向けられたマイクは寂しく無音を奏でている。

 一方、モナコは最初から間奏でのコールを捨てていた。

 今でこそ、『Start Star』の間奏でのコールは定番化しているが、それはライブを重ねる度にヘキサスターズとファンが作り上げてきた文化だった。

 『Start Star』の初期披露時はコールなど無く、メンバーのダンスパートになっていた。

 練習はあまり出来ていないが、観客席から何度も来てみたクラリス・クラリスのダンスを思い出し、ステージ上で披露していく。

 そして、間奏が終わり、ついに『Start Star』もラストスパートが始まる。

 ステージ上で、衣瑠夏が意図的にモナコと視線を合わせてきた。

 これまでのステージパフォーマンスではモナコの方が上手である。衣瑠夏もそれは痛感していることだろう。

 このラストスパートで盛り返さないと衣瑠夏に勝ちはない。

 だというのに、衣瑠夏は今も笑っていた。太陽の光を浴びて輝く向日葵のようにまぶしく笑っていた。

 モナコの背筋を何かが駆け抜けた。

 それが何であったのかモナコにもわかない。得体のしれない物を見る恐怖なのか、こんな不利な状況でもあきらめないライバルへの賞賛なのか、それともアイドル新藤衣瑠夏にステージ上の自分も魅了されてしまったのか。

 だが確かなのは、ここで気を抜けばアイドルバトルで負けるのはモナコの方であるってことだ。


「さあ、輝くよ。始まりの今から繋がる未来を」


 歌詞に合わせて衣瑠夏はステージ上から観客席に手を差し出した。

 その手が掴もうとしているのは夢か、ファンか、それとも未来か。

 差しのばした手を力強く握りしめ、衣瑠夏は『Start Star』の歌い方を変えてきた。

 場を盛り上げることではなく、力強く歌うことで『Start Star』を観客に聞かせようとしている。音程もモナコ同様に楽譜に合わせてきた。

 先行して楽譜に合わせた歌い方をモナコがしていたため、音を合わせるのは容易だったのだろう。

 音程を取ることはモナコの歌に乗り、力強く歌うことでモナコの声を覆い隠そうとしてくる。


『やってくれるじゃない。そうこなくちゃ、あたしのライバルとして情けないわよ』


 己の武器を捨ててまで戦術を変えてきた衣瑠夏の割り切りの良さに舌を巻きながらも、モナコも勝つために手を緩めることはない。

 声と声で殴り合うといのなら、望むところだ。

 モナコは歌いながら衣瑠夏に向かって歩を進め、衣瑠夏もモナコに向かって歩を進める。

 そして、ステージ上で二人のアイドル達は肩を並べあい、死力を尽くして『Start Star』を歌い上げていく。

 お互いに勝つために。ライバルに負けないために。この歌に全てを出しつくす。



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