5-6:戦い終わりて、次が始まる
ヘキサ・ステーズの新規メンバー追加オーディション。
その初日が無事に終わり、昼間の熱気が嘘のように静まりかえったキサラギ・ステーションの特設ステージ。
窓から差し込むわずかな光だけに照らされたステージを前に、スキュワーレ・ササマが一人立っていた。
アイドルバトル審査員の隣に立ち、今日のオーディションをずっと見てきた。
第一オーディションを通過した参加者はみな、アイドルとして磨けば輝くような可能性を秘めていた。
特にあの新藤衣瑠夏のステージは、スキュワーレを持ってしても思わず審査員としての立場を忘れてしまいそうな程、魅力的なステージであった。
「あら、店長室にいらっしゃらないと思いましたら、こちらにいらしたのですね。探しましたわよ、スキュワーレ」
「エリーゼか。お疲れ様。あれだけのステージを行ったんだ、今日は疲れただろう」
「ええ、人使いの荒い幼なじみのせいで、とて~~も、疲れましたわ。ですので、頑張った自分へのご褒美として、わたくし好みのカップケーキを厨房で作っていましたの。ただ、少々作りすぎてしまいまして、一緒に食べませんか、スキュワーレ」
そういうエリーゼの手にはお盆からあふれ出さんばかりのカップケーキが盛られている。比喩でも何でも無く本当に作りすぎてしまったようだ。
エリーゼは適当な椅子に腰を降ろすと、笑顔でカップケーキを差し出してきた。
「こんな時間にそんな甘いものを食べたら、太るぞ」
「それなら問題ありませんわ。わたくしはどれだけ食べても太らない体質だとスキュワーレもご存じでしょう。それに悩んだ時は、甘い物を食べてリフレッシュするに限りますわよ、スキュワーレ」
スキュワーレの事などお見通しとばかりに麗しい金髪三つ編みの幼なじみがカップケーキを勧めてくる。
しかも、最初から一緒に食べるつもりだったのだろう。エリーゼが差し出してくるのはスキュワーレの大好きなイチゴ味のカップケーキだった。
小さくため息をつくと同時に、明日からの食事制限を堅く心に誓いながらスキュワーレはエリーゼの隣に腰を降ろした。
「いただきます」
「はい、めしあがりませ」
エリーゼから受け取ったカップケーキに口をつける。
アイドルとしてだけではなく、料理人としても一級の腕をもつエリーゼのお手製だ。自然と頬が緩むぐらいに美味だった。
「それで、スキュワーレは小じわが出来そうな程に真剣な表情で、何をそんなに考え込んでいたのですか?」
「一言余計だぞ、エリーゼ。いやな、今日のオーディションを見て、少し感じたことがあってな。二回戦の趣向を少し変えようかと思っている」
アイドルの卵達がパートナーと力を合わせながら、カレンプロのトップアイドルであるエリーゼと真剣のアイドルバトルを繰り広げてきた。
その戦術のほとんどがエリーゼが不得意としているダンスに重点をおいてのアイドルバトルであった。
奇策を使ってきたのは新藤衣瑠夏とモナコ・モナのペアぐらいであった。
だが、その奇策がスキュワーレの心に火をつけていた。
ステージとは予測不能だからこそ、面白い。
そして、予測不能な自体にどう対処するか、それもまたアイドルとしての技量である。
そんなアイドルの卵達を見てみたいとスキュワーレは思ってしまったのだ。
「あらあら、意地悪な事は程々になさらないと、可愛い新人から嫌われてしまうわよ」
「別に自分が嫌われることで、ヘキサスターズがより良いアイドルグループになるのなら喜んで悪役になってみせるさ」
ヘキサスターズはクラリスとナオの脱退によって一度活動中止に追い込まれている。
再始動のため、抜けた二人の代わりとなる新メンバーオーディションであるが、ただの代わりではダメなのだ。
活動中止期間中の遅れを取り戻すような新メンバーをスキュワーレは求めている。
「それに、自分がどれだけ悪役に徹しようとも、エリーゼだけは自分を信じてくれるだろう?」
低音でしがれた声で意地悪く幼なじみに問いかけてみるが、カップケーキを頬張っていた幼なじみはゆっくりと首を横に振った。
「それは少し違いますわよ、スキュワーレ。あなたを信じるのは、わたくしだけではありません。ヘキサスターズのメンバーは、リーダーであるあなたの事を信じておりますわよ」




