4-4:次は勝つために
ダンス練習場にモナコは倒れ込んでいた。上がってしまった息を整えるために何度も深呼吸を繰り返す。
「ふ~ん、クーラちゃんの後継者だっていうから、期待していたんだけど、あなた全然たいしたことないじゃん」
モナコの隣で、しゃがみ込むリカの期待外れといった哀れみさえ感じる視線が心に突き刺さってくる。
リカに挑まれたアイドルバトル。
本気だった、一切の手も抜いていなかった。
クラリスから教わった全てと、自分がアイドルとして必要と考え得る物を全て、つぎ込んだはずだった。
しかし、結果は惨敗だった。
手も足も出なかったとはまさにこのことだ。
ハンデとして一曲フルでステージパフォーマンスが出来たモナコに対して、リカはショートバーションの短い時間でのパフォーマンスであった。
それでも終わってみればソング値、ダンス値、ステージ値の合計でトリプルスコアをつけられたのだから、クラリスの一番弟子だって啖呵をきった自分はいかに愚かだった事か。
「そんな事じゃ、クーラちゃんの後継者なんて絶対になれないよ」
アイドルバトルが終わり、リカから突きつけられた現実。
モナコだけじゃなくて、自分を育ててくれたクラリスさえも否定されたようであった。
「ごめんなさい、クラクラちゃん………」
必死に唇をかみしめる。
悔しさが心の奥底からマグマのように湧き上がってくるが、その想いが発散することはない。
「で、あなたこれどうするの?」
これ見よがしにリカが新生ヘキサスターズの新メンバー応募オーディションの用紙を見せびらかせてくる。
湧き上がる劣情に突き動かされるように、モナコは新生ヘキサスターズの新メンバー応募オーディションの用紙をリカから奪い取っていた。
出るつもりはなかった。
これに出れば、本当にクラリス・クラリスがアイドルを辞めたことを認めるような気がして、恐れていた。
でも、そんな恐れはもうない。
それ以上になさねばならない事があるモナコには分かった。
自分がクラリス・クラリスの後継者だって、ヘキサスターズのメンバーにも、そして世界中にも知らしめてみせる。
そのためには、まずはこのオーディションに勝ち上がらなければならないのだ。
「みてなさいよ、次こそは勝って、あたしが、クラリス・クラリスの後継者だって、教えてあげるんだからね」
「あはは。モナモナ、獣みたいな良い目だね。そーいう所は、クーラちゃん譲りかも知れないね。じゃあ、次はオーディション会場でリカのこと、本気にさせてよね」
約束の指切りの代わりだろうか、モナコの頬を人差し指でつついたリカは、そう言って一人、ダンス練習場を出て行くのだった。
「あ~~、もう、ユカナさん、凄すぎるよ。何回やっても、絶対に勝ってないよ~」
もう限界とばかりに、衣瑠夏はレッスンスタジオにへたり込んだ。
バイト終わりにユカナに誘われたアイドルバトル。
もう既に何十戦と行っているが、いっこうに勝てるすべが見いだせない。
流石の衣瑠夏も体力限界が来たのか、へたり込んだまま大粒の汗を菜がりながら、肩で息をしている。
「いや~衣瑠夏もすごい、ガッツだよ。ちょっと本番のオーディションに向けての腕試しってつもりだったのに、ボクもついつい熱くなっちゃったよ」
ユカナが冷たいタオルと飲み物を差し出してくれた。
一気にのどを潤して、衣瑠夏の体力がわずかに回復する。
「いや~やっぱり、アイドルって楽しいって思わない、衣瑠夏?」
「はい。ユカナ先輩。すっごく楽しいです。わたしはまだレッスンがメインですけど、それでも今は切磋琢磨出来るライバルもいるし、今日はこうして尊敬できる先輩とも出会えました」
「せ、先輩? ボクが? なんかそれむず痒いよ」
あまりも呼び慣れない呼称にユカナが思わず自分自身を指さして目を丸くする。
「はい。ユカナ先輩のダンスとか、もう隣で踊っているだけで学べることが沢山あって、もう今日一日で尊敬しまくりです。本当にとても充実した一日でした、お誘いいただきありがとうございます」
一礼をした衣瑠夏は、もう一度喉を潤すと帰り支度を初めていく。
「あれ、衣瑠夏もう帰るの? もう少ししたらリカも来るはずだから、一緒に練習していく?」
「いいえ。そろそろ、わたしのライバルが一人で黙々と練習を始めている頃だって、わたしの直感がグッと告げているので、彼女の方へ行こうと思います」
「そっか。それは残念、また機会があったら、誘うから、そのときはよろしくね」
「はい。お待ちしています………」
ふと思った事があったのか、衣瑠夏は言葉を区切り、猫のように可愛らしく唇を歪めた。
「でも、そのときは、わたしもっと、素敵なアイドルになって、成長してますからね」