3-2:異世界アイドル
「ありがとう。助かったよ、クラリス」
ハチ公像の横に立ちながら、長身の女性、ユカナは約二ヶ月ぶりに再会した戦友をギュッとハグした。
「どういたしまして、どういたしましてだよ。こっちの世界にスカウトとしてやってきた時に作った偽装名刺がこういう形で役立って良かったよ」
ユカナが所構わずハグしてくるのは昔からの事なので、クラリスも特段驚くことはない。お互いの体温を一通り感じ終えてから互いに体を離すと何事もなかったかのように、話を進めていく。
「ところで、ユカナ。リカの姿が見えないんだけど、どこにいるのかな?」
ハチ公像の周りをキョロキョロと見渡すクラリス。
異世界からはるばるこちらの世界にやってきたのは、ユカナと、もう一人、リカと呼ばれる女性を迎えに来たのだが、何処にも姿が見えない。
リカは小柄だから、長身のユカナやハチ公像の裏に隠れているかとも思ったが、そういうわけでもなさそうだ。
「それが、こっちの世界は今日が最終日だから、クラリスとの合流時間前まではお互い自由時間にしていたけど………まだ合流できていない」
「あらあらだね。ユカナは、御飯とダンス、どっちだと思う?」
リカとうまく合流できない事は予測済みだったのだろうか。クラリスは軽く肩をすくめながら問いかける。
「たぶん、ダンスだよ。渋谷をぶらりと歩いている時にもらったけど、ずっとずっと嫌な予感がしていたんだよ」
ユカナが差し出してきたのは、渋谷駅からほど近い野外の大音楽堂で開催されているフリーのダンスコンテストのチラシだった。
半円状に広がる観客席に、男女問わず若者達で溢れている。ステージからはヒップホップな音楽が鳴り響き参加者達が思い思いのダンスを披露している。
そんな参加者の中、ひときわ目を引く女性がいた。
動きやすいように天然パーマの入った黒髪をサイドポニー結っている小柄な女性だ。背格好だけなら中学生と間違われてもおかしくはないだろう。
しかし、そのダンスは他の参加者を圧倒している。キレのある動きもそうだが、何より観客を魅了するのはその跳躍力だ。
小柄な体格を感じさせないジャンプ力で、ステージを所狭しと跳ね上がる姿は否応なしに観客の視線を釘付けにしていく。
「やっぱりいたし、やっぱりダンスコンテストに参加しているよ」
「だねだね、ユカナ。でもでも、リカすごく楽しそうに踊っているよね」
チラシに書かれていた簡略な地図は、渋谷地理が苦手な異世界人にとっては優しくなかった。
何度か迷いながらやっとの思いで野外音楽堂までやってきた二人は、やっと探し人を見つけ出すことが出来た。
リカもユカナとクラリスに気づいたのだろう。
ステージの上でダンスを披露しながら二人に向かって小さく手を振ってきた。
「ぷはああ、やっぱり、こっちの世界のダンスはレベルが高くて勉強になるよね」
ペットボトルに入ったスポーツ飲料水を飲み干しながら、異世界アイドル、リカはベンチに腰を下ろした。
「勉強になる、じゃないよ。ボク達との約束時間等に過ぎているんだよ」
と小言を言いながらも、ユカナはリカにタオルを差し出している。
ありがとうと言ってを受け取ったリカは軽く汗を拭くと、つい先ほどまで自分が踊っていたステージをどこか懐かしむように見ていた。
「そこの点は、本当にごめん。こっちの世界は勉強になるから、最後の最後にもう少しだけ吸収したかったんだ」
「そうだね。アイドルとしても、本当に勉強になる異世界留学だったとボクも思うよ。帰ったボク達を見たら、スキュワーレきっとびっくりするよ」
ユカナとリカ。二ヶ月に及ぶ異世界留学をともに過ごしてきた戦友は、この度の締めくくりとばかりに互いの拳をコツリと逢わせあった。
「ところでさ、ユカナ。向こうの世界に帰るのって、今日中だったらスーさん、怒らないよね?」
「それは、つまりはどういう意味なのかな、リカ?」
「いやさ、この後、デュエットダンスパートのコンテストがあってね。もう申し込み済みなんだよね、ユカナ」
いたずら好きな猫のように瞳を細めながらリカは世界で一番の親友に語りかける。
もちろん、そんな顔を見せつけられた友の答えは決まっている。
「クラリス。ごめん、ボクもさ、異世界留学の最後の思い出作りがしたくなっちゃったな」
「はいはい。分かりましたよ分かりましたよ。スキュワーレへの言い訳は何か考えておくわよ。でも、それならこっちの世界で学んで、一皮も二皮も向けたあなた達のアイドル姿、ちゃんとわたしに見せつけてよね」
了解と言わんばかりに頷いたユカナとリカ。
ほぼ、ぶっつけ本番の参加となり、ふたりはすぐさま顔を寄せ合い、コンテストに向けての作戦会議を始めて行く。
ステージに向けて常に真剣な二人。
ヘキサスターズで共に活動してきた時から、少しも変わらない姿がここにはある。