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Ep.28-3 黄金の神話

「エス……ッ」

 ミダの両手の文様が、腕を這い回り、見る間に伸びていく。足を浸した闇が、呼び水となって、誘っているかの様だった。

「何をした!」

 エスの怒号に、男は平然とし、何も、と答えた。

「運命か、血か……私とミダとは、同じく分不相応に、神と成り得る力を与えられてしまった。同じ闇が引き付け合うのは、自然な事だろう」

「やめろ! やめさせろ!!」

 無理だ、と男は頭を振る。

「二つの影が邂逅を果たした今、影は闇に還り、(たが)は外された。私やミダの意思とは無関係に、闇は全てを飲み込むまで、膨らみ続ける。私には止められない」

 そう、と継ぐ。

「私には。だが、お前ならば……お前は違うのだ、エス」

 残った右腕で、エスを指差した。

「お前が私の闇を、罪を負った様に、お前のその手で、ミダの闇を代替わりすれば良い。そしてその時、お前は正しく神となる」

「……全て貴様の思惑通りか!」

 闇に飲まれつつあるミダを救えば、男の画策は成就し、物語は完結する。

「運命だ。私は定めに物語を加えただけ。予定調和なのだよ」

「クッ!!」

 選択肢は無い。抗い様は無い。全ては決め事だった。

 ミダの顔にまで闇は至る。叫び声はエスを呼ぶものと、悲鳴とがない交ぜになり、言葉でなくなっていた。

 エスは振り返り、手を伸ばした。運命だろうと、宿命だろうと、定めだろうと、もう愛した者を失ってはいけない。ただそれだけの意志から、そうせざるを得なかった。

 ミダが助けを求める手と、エスが差し出した手とが触れ合った、その刹那、ミダを包もうとする闇がエスに伝い移る。足元に広がる闇も、甲冑の中に満ちていた闇も引き込み、甲冑は崩れ、エスは人の形をした闇へと変化してしまった。

「エス?!」

 左腕に付けていたはずの、黄金の籠手が床に落ちる。龍の鱗や指がバラバラに砕け散った。

「ミダ、良かったな」

 闇が言う。闇に触れたミダの手は、痣も呪いの文様も無く、ただ手首の日焼け跡が目立つ。

「お前は人間だ」

 その言葉を最後に、闇は瞬間的に膨張し、爆発した。


 人々は我が目を疑った。世界中が闇に沈んだかと思えば、次の一瞬で雷雲の消えた空から眩い陽光が降り注ぎ、目を眩ませる。再び見上げた塔の頂上は、音も無く削り取られた様に、消え去っていたのである。

 遂に神の怒りに触れてしまったのだと、誰もが恐怖した。

「さてさて」

 この光景を見届けた男は、竪琴を担ぎ直し、羽を挿した山高帽を目深く被る。人混みを掻き分けて、誰も彼もが見上げるのと逆の方へ行った。

 吟遊詩人は新しい神話を携えて、南へ去っていく。

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