Ep.23-3 黄金の帰郷
集落から少し行った所に、小さな丘がある。丘には一面、色取り取りの花が咲き乱れていた。誰かが種を蒔いたものか、偶然、風の当たる場所に種が集まったのかは知れない。
その丘を、アーデルが花びらを巻き上げて駆け上がった。
「ほら、見ろ! 綺麗だろ? ボクが見付けたんだぞ」
両手をいっぱいに広げて、仰向けに倒れ込む。まるで大空を抱えるかの様。
草花が綺麗なのか、ミダにはよく解らない。花を愛でる気持ちは、誰にも教わっていないものだった。ただ、極彩色が眩しいと思う。
「行かないの?」
後ろからハンナが話し掛ける。
「ああ、うん……」
けしかけられる様にして、ミダは恐る恐る花畑に踏み込んでいく。少し後に付いたハンナは、丘の麓当たりに腰を下ろした。
「良い所だろ?」
空を見上げたまま、アーデルが言う。
「お前もここに来て寝そべってみろよ。良い匂いがするぞ」
言われた通り、ミダはアーデルの横に寝そべる。青臭く微かに甘い、花の匂いがミダの鼻を突いた。草が首筋をもぞもぞとくすぐる。
アーデルがぽつりと、独り言の様に呟いた。
「お前もここに住めよ」
「え? それは……」
「お前はボクの友達だろ?」
「……うん」
友達という関係が、一体どれ程の意味や価値を持つのか、ミダには解らない。
ただ、無理だというたった一言が、どうしても言えなかった。
ハンナは花を摘み、編み合わせて冠を作っていた。アーデルがかつてのヘイデンの末裔だとは知らないが、喜ぶ顔が見たくてそうしている。被せれば笑顔の花が咲く。枯れれば泣く。アーデルの一喜一憂する姿を見ると、ハンナは無上の喜びを感じるのだ。
夫と生まれたばかりの我が子を戦火に失ってからの、ハンナの干涸らびた心には今、アーデルという潤いがある。幼子に注ぐ事の出来なかった愛情を、無邪気なアーデルに与える事で、虚ろな闇に沈み行くのを免れられる様に思っていた。
「花冠か。……懐かしいものだ」
後に付いてきたものか、偶然見付け出したものか、カティアが遠巻きにハンナの手元を見ていた。
よたりとハンナの前に腰を据えたカティアの顔は、懐古ではなく、慚愧の念に駆られている様に見えて、怖い顔だとハンナは思った。
「作った事があるのですか?」
「ああ、昔に。遠い昔の事さ」
カティアは二輪の白詰草を摘み、不器用な手付きで茎を絡めた。しかし手を離すと、するりと解けて落ちる。
「もう少し強く結ばないと」
ハンナが見本を見せると、カティアはくしゃりと苦笑する。
その時ハンナは、男の様な口振りで剣を持っていても、花を傷めるのを恐れる、カティアの中にある女らしい優しさを見た気がした。
ハンナの手解きを受けながら、カティアは花を不格好ながら繋いでいく。
「それは、ミダちゃんに?」
「いや、考えていなかった。そうだな……」
思わず目を遣ったのは、丘の蔭の方。ふと、その場所に膝を抱えて蹲る、黒髪の少年の姿を思い出して、視線を落とした。




