Ep.11-3 奪回せし黄金
カティアの襲撃後、誰も上官の身を案じる兵はおらず、ベックマンは自室で独り歯ぎしりしていた。
「……畜生、畜生めが……」
杯を払い除け、テーブルを拳で叩く。
カティアの指摘は図星だった。今のベックマンは嫉妬と憎悪にまみれている。だが己がどれだけ醜く矮小な男かというくらいは、ベックマンにも解る。故に、自らを否定された事に、凶悪なまでの怒りを覚えるのだ。それこそが、器を小さくしているのだと気付かぬまま。
ベックマンは喉の奥から、ウシガエルが鳴く様な笑い声を発した。喉を磨り潰された様な、そんな様な、言葉に表現出来ない声である。
「……殺してやる、殺してやる……殺してやる……!」
口の中で幾度となく唱え、カティアを暗殺すべく策を思い付き、頬の肉を弛ませて、狂気に充ち満ちた笑みを浮かべた。
「もう行くのか?」
「ああ、もう往くよ」
翌日、波止場でカティアと向かい合い、佇むエスの左腕には金の籠手。持ち前の強靱な肉体はすっかりと良くなり、カティアの奢った新調の服を纏っている。右手には絹の装束に着替えたミダが居る。クラウスは居ない。あの後姿を消したままだった。
「世話になったな、何から何まで……」
「礼など要らん」
毅然と言い返す。
「それよりも、気を付けるが良い。また奴の様に貴様を付け狙う者が無いとも限らんぞ」
「解っているさ」
「もし、その子に先日の様な無茶をさせてみろ。私が許さん。お前が守れ。しっかりとな」
エスは鼻で笑い、ミダの頭に手を置いて尋ねる。
「……お前、彼女と何があったんだ?」
「何の事だ?」
「そんなおべべ着て惚けるんじゃない、この抜け駆け野郎! エロガキ!!」
「ハァ? 何もねえよ。あんた何言ってんだ?」
カティアは眉間を押さえ、やれやれと頭を振る。エスを庇った事を少しだけ後悔した。
「……もう良い。行け。失せろ」
疎ましげに手を払う。
その時、三人の元に駆け寄る者があった。
「クラウス! それにルッツまで……」
クラウスに率いられたルッツが、ああ、と納得して頷いた。
「彼に吠え立てられて、付いて来てみたのですが、貴方方もこの街に居たとは」
連絡船はベックマンの襲撃を受け、急遽行き先を変更し、程近いヴァローナに着港したのだった。整備の為に再出港の目処も立たず、ルッツはクラウスと共にこの街に停泊を余儀なくされていた。
「まだ一緒に来るつもりか?」
「仕方ないでしょう? また一緒になっちゃいましたし」
エスは片方の眉を吊り上げて、クラウスを見る。余計な事をしてくれたな、と言う様な目だ。
「……まあ、良い。それじゃあカティア、俺達はそろそろ……」
視線を戻すと既にカティアの姿は無く、エスの遥か後方を宿に向けて歩いていた。その後ろ姿を見送りつつ、エスは頭を掻き毟った。




