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Ep.10-3 繋がれた黄金

「アンニャロウ、よくも……!!」

 鼻息を荒げるのを、エスが制した。

「待て、ミダ。彼女の差し金じゃ無いらしい」

 エスの有様を見て、カティアは目を見張った。

「どうしたんだ、そのザマは」

「そっちの男がやってくれたんだよ」

 冷笑を浮かべ、顎をしゃくる。ベックマンこそ、幾度と無く鞭を振るいエスの全身に裂傷を負わせた張本人である。

「貴様ともあろう男が、無様な……」

「うるせえ!」

 ミダの怒号がカティアの声を遮った。

「エスは船ぶっつけられて、オレが海に落ちたのを助けてくれたんだぞ! 弱ってる所をリンチだ! 無様とは何だ!!」

 それを聞いたカティアは眉間に皺を寄せ、ベックマンを睨む。当のベックマンは意に介さず、呵々大笑した。

「言っただろう? 目的を成就出来るなら、卑怯者のそしりも厭わんよ」

 心底卑劣な男である。

「牢を出られたのは誤算だったが、それが何になる。ここは海の上、ワタシの船の上だ。五十の兵に囲まれて、何が出来ようか」

 一斉に兵隊が槍をエスらに向ける。エスは舌打ちする。これだけの数を相手にするだけの与力は残されていなかった。

 カティアは白い歯を剥き出しに、低く唸る様に呟く。

「……軍人の誇りは何処へ行った」

「ハッ! 誇りで飯が食えるものか。手柄こそ全てでは無いか。貴様こそ、手柄を横取りされて腹を立てているのだろうが?」

 嘲笑。カティアにとって、今までに無い程の侮辱である。

「ルートガー!!」

 背後で待機していたルートガーは、急に呼ばれて飛び上がり、カティアの元に駆け付けた。

「彼らを保護しろ」

「は、はいィ!」

 飛び跳ねる様にして二人の方へ掛けて行く。だがエスの前に立ったは良いものの、その場でおろおろとし出した。

「おやおや。悔し紛れに取り返すつもりかね」

 カティアは顎を上げ、見下し気味に目を細めた。

「貴殿からは腐敗臭がする」

 ベックマンは眉をピクリと痙攣させる。

「風上にも置いておけない腐れ軍人が。腐って太って、愚かで度し難い。クズめ」

「図に乗るなよ、小娘。将軍殿下の腰巾着めが」

 こめかみに青筋を立てて、ベックマンも言い返す。

「虎の威を借る女狐め。ガルデロイが居なければ、貴様など瓦礫の下で野垂れ死んでいたという事を忘れるな」

「ならば貴殿も思い出すが良い。あの二人が皇帝陛下にとってどれ程大事かを。貴殿は彼らを死の淵へ追いやったのだ。貴殿は獅子身中のウジ虫だ」

 孤高の狐はそっぽを向き、ウジ虫に背を向け、エスとミダの方へ歩み寄る。

「貴様ァ! ワタシは上官であるぞ! 上官に背を向けるか!!」

「貴殿に与えられた肩書きが間違いだったと、私は確信した」

 振り向きもせず言い放つ。

「ウジが獣に吠えるな!」

 エスの前でぴたりと立ち止まったカティアは、その腰を折る。深々と頭を垂れ、無言のまま帝国の一兵士として、詫びをしたのだった。

「それじゃあ、口汚い罵り合いも済んだ様だし、行くかい?」

 エスが軽い調子で言う。上げられたカティアの顔は、僅かに綻んでいた。

 踵を返し、カティアが率先する。ルートガーの肩を借りたエスと、下から支えるミダとが続いた。

「待て! 待て、畜生!!」

 ベックマンは喚き散らす。

「誰か止めろ! 止めろと言っているんだ!!」

 兵達に向けて命令するが、誰一人としてそれに従う者は無かった。カティアに刃を向けて無事に済むとは思えない。敗北や死を顧みさせないだけの人望が、ベックマンには無かった。

 カティアが船に戻るや否や、渡しが兵によって蹴り落とされ、碇が上げられる。帝国の船から帝国の船へ移っただけであり、やもすると同じ事に思われるが、エスもミダもそんな風には思わなかった。

 カティアに二人を捕らえる気は無い。二人が帝国へ向かっていると知った今更に、捕らえる事など何の意味も無いのだ。ベックマンの様に手柄を欲してもいない。手柄も褒美も、カティアにとって何ら価値の無いものなのである。

 船が走り出した頃、エスの身体が崩れ落ちた。咄嗟にそれを支え、抱き抱えたのは、カティアだった。

 エスとの戦い、そこで得られる勝利。カティアが求めていたのは、それらが本来。戦いは果たされ、望まぬ形ながらの勝利を掴み、欲求は満たされた。そのはずだった。だが何故か、未だにエスに対する執着が消えない。エスという男の存在に固執している。ガルディアスかさ授かった命があるからではなく、個人的な感情でもって、エスの動向を見守りたいと、そう思っていた。

 自由意志は無かった。常に、主の為、兵の為、軍の為、己の外側にある事柄、外的要因に頼り、そこから導き出される意志に従ってきた。それがエスとの戦いを介し、彼の意志に触れて初めて、自分が決定した、自身の為の意志が生まれたのである。これこそがエスに対するある種の憧憬となって、カティアの心を突き動かすのだ。

 カティアは直ぐ様エスの身体をルートガーに預け、早口に告げた。

「私の部屋で良い、運んでやれ。度々悪いが、彼らの治療を頼む」

「はッ! 喜んで!!」

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