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Ep.1-2 ゴールド・ガントレット

 少年は胸を撫で下ろし、旅人の後を追った。

 青年は刀を担いだまま、どんどん郊外へ向かって行く。徐々に人通りも薄くなり、喧騒も遠くなる。何処へ向かっているのか。

「……この辺で良いか」

 不意に青年が呟き立ち止まる。そして振り返ったと思った、その瞬間――。

 一瞬だった。少年が身を隠していた屋台の木組みや、壺を破壊しながら、少年の頭上を何か巨大なものが掠めた。

「……ひッ!」

 青年が奪い取った大刀である。投げ放たれた刀が、少年の頭上すれすれに突き刺さっていた。

「隠れていないで出て来い。礼を言いたいなら真正面から来いよ」

 青年が言い放つ。少年は腰が抜けて出る事も逃げる事も適わなかった。やれやれと頭を振った青年は、少年の襟首を掴み力任せに立ち上がらせる。

「お前のお陰でこの街にも長居出来なくなった。責任はとってくれるんだろうな?」

 少年は青年の腕を振り払い、一歩退いてからキッと睨んだ。

「知らねぇよ! 誰も助けてくれなんて頼んでねぇんだからな!!」

 細い喉から発せられた怒鳴り声は甲高い。

「……可愛い奴」

 青年は鼻で笑った。

 その時、二人を取り囲む人影が現れた。数は三。それぞれ棒切れや手斧を携えて、嫌らしく笑っていた。

「おい、兄ちゃん。その左手に着けてる立派なモン、おれらにくンねえかな」

 どうやら青年の担いでいた大刀がその手から離れる機会を伺っていた様だ。

「駄目だ。世界に一つしかないんだ、これは」

「尚更欲しいぜ。なあ、おれらにくれよ。素直にくれたら手荒な事はしねえからよ」

 へへへ、と舌なめずりをしながら武器を手で叩く。青年は嘆息を吐いた。

「だから長居出来ないんだ」

 少年は逃げだそうと考えた。原因を作り出したのは彼だが、彼にとってはとばっちりだ。しかし前も後ろも不逞の輩共が封じている。易々通してくれそうにない。逃げ道を失った少年は、青年に縋り寄るしかなかった。

「……つくづく可愛い奴」

 青年はニヤリと笑い、かばうべくして少年を抱き寄せた。

 左腕を突き出して、黄金の籠手を露わにする。それを見た輩は目の色を変えた。強盗達には諦めて差し出すつもりに見えた様だが、青年の真意は違う。

「俺がこんなものを着けている理由を教えてやろう」

 そう言って、正面に立つ一人を黄金の指で指差した。すると突然閃光が走り、盗賊の手斧が弾き飛んだ。自ら意志を持った様に、大きく回転しながら後方に吹き飛び、地面に突き立つ。犬は平然と首の後ろを掻いた。

「……な! 何だ?! 何しやがった!!」

 狼狽し己の手と遥か遠くに離れた斧とを見比べる。盗賊には何が起きたのか解らなかったが、少年はその瞬間に何が起きたのかをはっきりと見ていた。

「金属があると邪魔なんだよ」

 青年は左拳を高々と突き上げる。そして指を広げたその時、一層眩い閃光が発せらた。

 少年は見た。青白く輝く三匹の蛇が指先から伸び出で、のたうちながら三人の脳天に噛み付いたのを。

 三人が三人とも、先程の商人と同じく、白目を剥いてゆっくりと倒れた。

 雷電だった。青年の左腕から発せられた雷光が強盗を捉え、一撃の下に倒したのだ。

 少年は愕然とした。こんな業は人間の為せるものではない。出来るとすれば、それは神だけである。商人は神の逆鱗に触れ、盗賊は神の行く手を阻み、雷に打たれた。

「神様……」

 少年が憎み続け、蔑み続けた神がそこに居た。

「稲妻は金を伝う。こいつはその為さ」

 強盗達は皆手足が痙攣している。どうやら死んではいないらしい。

 青年は大きく嘆息を吐き、籠手をマントに隠した。

「ここに来てから二度も使うとはね。どうもお前は疫病神らしい。ハハッ」

 わざとらしく肩を揺らしてから、さて、と話を切り替える。

「邪魔者は居なくなったし、その辺の陰で水でも一緒に飲もうか?」

「……は?」

 去ると言ったり止まると言ったり、矛盾している。

 批難する様に犬が吠えた。

「良いじゃないか、クラウス。どうせこんな真っ昼間に出て行ったら途中で夜になる。そちらの方が不安だ。うん。それが良い。そうしよう」

 一人で合点して手を叩いた。籠手がガチャガチャと音を立てる。

「待てよ! 勝手に決めんな!!」

 漸く我に返った少年が怒鳴る。しかし青年は涼しい顔だ。

「良いか、お前。さっきの林檎売りはお前の所為で痛い目を見て、連中はお前をかばう俺にやっつけられた。恨まれているのは俺とお前。目が覚めて思い出すのは俺と、お前。一人でうろうろしてみろ。すぐとっ捕まってけちょんけちょんのポイだ。それでも俺と一緒に来ないって言うのか?」

 少年は短く唸る。自らを守る術は持ち合わせていない。あるとすれば逃げ足くらいだが、商人に捕まってしまったのだから自信を喪失している。青年の言う事は正論だ。

「そもそもお前がいけない。恨みを買うのも俺がこんな事をするのも、全部お前が悪い。少し付き合っただけで償いが出来るなら安いくらいだ」

「うう……」

 返す言葉も無い。

「異論は無い様なので行こう。丁度潤いが欲しかった所だ」

 青年は半ば少年を引き摺る様にして歩き出す。クラウスと呼ばれた犬も、呆れた足取りで続く。


 少年が連れ込まれたのは細い路地だった。日光も差し込まず喧騒も耳に届かない様な静かな場所。青年は壁を背もたれに座り込み、犬も身体の熱を逃がすべく伸びている。少年はと言えば、少し離れた場所で小さくなっていた。今なら逃げようと思えば逃げ出せるが、そうして得られるものは害だけであり、また青年から危害を受ける恐れもなく、その場に止まっていた。

 青年は手持ちの水筒から一口飲み、それから少年に投げてよこした。

「飲めよ。喉、乾いているんだろう?」

 少年はちらりと青年を見てから、膝小僧に目を落とす。

「毒なんか入っちゃいない。遠慮せずに飲め」

「……良い。喉は渇いてない」

「嘘だ」

 青年は決めつけて言った。

「腹が減っているだけなら、あんな大男から林檎を盗ろうとは思わない。隣のやせっぽちが売っていた豆やパンの方が余程腹の足しになるからな」

 それは図星だった。少年は恐る恐る水筒に手を伸ばし、口に運んだ。

 口に流れ込む水は喉の砂を洗い、焼けた喉を潤す。身体が欲していたのか一口では止まらず、空にしてしまうのではないかという程に音を立ててぐいぐいと飲んだ。

「……ぬるい」

 礼でもなくそう言って水筒を青年に投げ返した。その声は先程より心なしか覇気があった。

「ひとの水飲んで贅沢言うな。冷たい水が飲みたければ買え」

「お金なんか無い」

「だろうな。でなきゃ盗みなんてやらない。孤児(みなしご)か?」

「違う。親は最初から居ない」

「捨て子か」

「違うッ」

 少年は強く否定する。なら何だ、と無言のまま青年が目で問う。

「……オレは逃げて来たんだ」

「ふうん。何処から? 奴隷か?」

 少年は答えなかった。

「……言いたくないか。まあ良いさ。当たらずとも遠からず、そんな所だろう」

 少年の無言は肯定と否定の間にあった。

 疲弊しているのか、青年は頭を壁について、眠たげに瞼を下ろした。逃亡中の少年にとって喉の渇きが癒えた今は逃げるに好機だったが、彼はそうしなかった。小さな胸中を圧迫する感覚が彼を押し止めていたのだ。恩義という言葉を少年はまだ知らない。

「どうして助けた」

 少年は再び尋ねる。その回答は得られていない。

「わざわざ面倒を抱えてまで、助ける事はなかったッ」

「助けられて嬉しかったなら素直にそう言えよ」

 目を閉じたまま言い返した。

「お前は暴れていた。嫌がっていた。死にたくなかった。生きようとしていた。別に恥ずかしがる事じゃない」

「恥ずかしがってなんかない!」

 少年は腰を浮かせて怒鳴る。

「オレは誰の助けも借りたくなかった! 自分の力だけで生きようとしたんだ!!」

 青年は薄く目を開ける。少年はまだ幼い。年齢にすると十一か十二かその辺りだ。

「だがどうしようもなかった」

 青年は指摘する。

「考えは立派だよ。けど自分一人じゃどうしようも無い事は多い。そんな時に誰かに助けを求めるのは、決して間違いじゃない。そうしない、そうしたくないと思うのは、勇敢さじゃなくて未熟さだ」

「く……ッ」

 少年は歯を噛み締めて、視線を外す。少年はただ、誰も信用出来なかっただけなのだ。誰も助けてくれないから、誰の助けも要らない。そう世界を歪めて見てきた彼には、掛け捨て無く差し伸べられた手を払い除ける事しか出来なかった。

 ま、と口調を明るく作り替えて、青年は質問に答えを出す。

「お前を助けたのは俺のエゴだよ。自分勝手な理由さ」

 安らかな表情をして、瞼の裏側から空を仰いだ。

「お前みたいな小さな子供は放っておけないんだ。どうしても守りたくなる。居ても立ってもいられなくなる。これは俺の身勝手な考えだが、俺は自分の感情を裏切りたくない。だからお前を助けた。こういうのを何と言うんだっけな。ううん……」

 一度言葉を切って考えてから、ああ、と思い出した。

「……ペドフィリア」

 少年には何の事だか解らなかったが、青年は肩を揺らして笑った。

「まあ、そういう事だ。兎に角、俺は疲れたよ。今は少し眠らせてくれ」

 そう言って間もなく、青年は眠りに落ちた。


 街を離れ、荒野を行く青年と犬。青年は日差しを避ける為にフードを被り、犬はその横を歩く。

 その僅か後ろを、少年が歩いていた。

「どうして付いて来るんだ?」

 青年が背後に向けて問う。少年は問い返した。

「あんたは神様じゃないだろ?」

「ハァ?」

 青年立ち止まり、振り返った。

「当たり前だろう。俺は人間だ」

「じゃあ付いて行く」

「訳が解らないな」

 青年はやれやれと頭を振る。神でなければ、悪魔か魔術師か。いずれにせよ、少年は付いて行く事を決めた。

「お前、名前は?」

「ひとに名前を尋ねる時は自分から名乗るが礼儀だ」

「生意気言うなよ」

 青年は呆れたが、自ら名乗った。

「俺はエス。エス・ライトだ。お前は?」

「オレはミダ。名字は無い」

「変な名前だな」

「うるさいッ! あんたに言われたくない!!」

 ミダは怒鳴り、エスは笑う。

「付いて来い、ミダ。ただし盗みはもうやめろ」

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