Ep.6-2 黄金の決意
「つまり、わしが出会った男が神であり、皇帝ということですかな」
ううむ、と考え込む。エスはダラムに向き直り、話を続けた。
「僕がこの力を突っ返そうと決めた『神』が、皇帝なのかどうか、定かではありません。先程言った通り、『神』は僕に力を渡してただの人間になった。今更『神』を名乗るのは不自然です。しかし、何としてでも僕は力を返上しなければならない。真偽は解らずとも、兎に角帝国へ行くしかなかったのです。しかし今は、迷い無く帝国へ行ける」
「そうか」
ダラム老人は手を打った。
「皇帝がわしと貴方の会った『神』かどうかは兎も角、あの者が帝国で『待っている』のだから、貴方は帝国へ向かう決め手を得たのですな」
「ええ。彼はきっと、僕が迷い無く帝国へ行ける様、伝言という道標を置いたのでしょうね」
「成る程。しかし、ううむ……解らない」
途方もない話だ。ミダはここまで聞いていて少しもすっきりした気がしない。
「十年も前から貴方が帝国を目指し、ここを訪れる事を予期していたなど、とてもじゃないが信じられませんな。神でないなら予言者だ。それに、目的も読めない」
「運命と言わざるを得ません。正しく、神に背負わされた宿命です。彼の考えは僕にも理解出来ませんが、ただ、彼がそこに居るのなら、僕は何処までも追って行きます。力もガントレットも彼に返し、僕は僕になる。それは定めでなく、決意です」
定めに従い、決意を成し遂げ、そして単なる人間としての人生を取り戻す。エスは彼を取り巻く「神」の思惑の中で、ただただ一直線に自らの意志を貫いているのだ。それは強烈な光を放ち、闇を引き裂く雷にも似ている。
ダラム老人は暫く目を伏せ、考え込んだが。唐突に、や、と明るい声を発した。
「貴方のお話、年寄りには大きすぎますな。頭が破裂してしまいそうだ」
はは、と快活に笑って見せる。
「何はともあれ、わしは十年間胸につかえていたものが取れた様な気分です」
底知れない何者かの企みにのめり込みそうになるのを足掻いている、そんな様子だった。老人はその使命を果たしたのだ。これ以上の深入りはしない方が良い、そう思ったのだろう。
「今晩は泊まって行きなされ」
「いえ、これ以上は……」
「心配はご無用です」
エスが断るのを遮ってそう言ったのはラムドだ。
「帝国とて我らを襲う様な無益な行いはしないでしょう。それに先程の戦いの中で、貴方が力を使うと疲弊すると聞いた。一族の不安も考えると長らく留まって頂く訳にも参りませんが、今晩一晩くらいならお預かりしますよ」
善意に溢れた親子である。エスは丁重に礼を言った。
「では、明日の早朝まで……」
客用のテントに戻ると、ルッツは寝台に腰掛けて仏頂面をしていた。
「……出て行くんじゃ、なかったんですか?」
「ご厚意で一晩だけ泊めて貰える事になったんだ」
エスは溜息を吐きながら、寝台で仰向けに横たわる。ミダは地面に腰を下ろした。
ミダは不安だった。エスの過去に何があったのか未だに掴み切れていないが、しかしその決意は本物だ。誰にも揺るがす事は出来ないだろう。となると、確実に帝国へ向かう事になる。ミダにとっては地獄へ舞い戻るのと同じ事だ。何としても避けたい。
だが同時に、エスと別れる事も惜しかった。
「貴方はヒーローですか?」
突然にルッツがそんな言葉を口走った。エスは身体を起こし、眉間に皺を寄せてルッツを見遣る。
「何だって?」
「訊きたいんですよ。貴方はヒーロー?」
質問の意図が解らない。はっきり言って意味不明だったが、エスは答えた。
「……俺は英雄じゃない。誰も助けられない」
「どうかなあ。現に貴方は、ここの人達を守るべく立ち上がったじゃないですか?」
食い下がる。何故それ程執拗なのか。
「俺はただ、迷惑を掛けたくなかっただけだ」
「そして、戦った」
皮肉めいた口調で言う。
「本当に迷惑を掛けたくなかったなら、捕まってしまえば何事も無く済んだでしょうに。それでも貴方は戦った」
「……何が言いたい?」
エスはルッツを睨め付ける。
「いいえ、別に。ただ僕は、ヒーローが大嫌いなんですよ」
そう言って、笑う。ルッツの笑みは決め事の様に顔面に貼り付いた、作り笑いだ。
「ヒーローはいつだって自分が正義と思い込んでいる。ヒーローは戦いを憎みながら戦いを生む。ヒーローは大事なものを平気で奪っていく。ヒーローは自分勝手です」
その言葉の裏側にある憎悪と嫌悪が、語調から滲み出ていた。
エスとルッツは互いに睨み合っていたが、暫くしてエスは再び横になった。
「……俺は悪人だよ」
投げ放つ様に言う。
「俺は戦う事しか出来ない。対してあんたは戦いを止め、ここの人達を救った。あんたは善人だな」
ルッツの敵意になど構って居られない。
「少し疲れてるんだ。眠らせてくれ」
そう言ってひらひらと手を振る。黙れという事だ。
ルッツは嘲うでもなく、フフン、と鼻で笑って、銃の手入れを始めた。
「それ、変な道具だな」
好奇心から眺めていたミダが言う。ああ、とニコニコしてルッツは答えた。
「こいつはね、鉄砲って言うんだ。まあ、弓矢みたいなものかな。僕の生まれた国の技術だよ」
「ふーん」
「この引き金を引くと、ハンマーが叩かれる」
実際にやって見せた。先程の様な爆発音は無く代わりに、カチン、と乾いた音を立てた。
「ここで火花を散らすんだ。そうすると、中の火薬に火が付いて、小さい爆発が起きる。その力で弾丸を飛ばすのさ」
「へえ。それであんなにウッセーのか」
「そうだね。でもお陰で助かる事もあるよ。さっきみたいにね。これは元々狩猟用なんだけど、ひとに向ければ武器になる。僕はそういう風に使いたくないけど、でもああして……」
「五月蠅いな!」
耐えかねたエスが大声を上げる。
「ミダ、こっちに来て寝ろ!!」
「嫌なこった! 寝てる間に何されるか解ったモンじゃねえ!!」
ここで寝る、と言い返す。するとルッツが提案した。
「じゃあ、こっち使う?」
「へ? 良いの?」
意外な申し出にミダの腰が浮きかけた。地面に寝そべったのでは野宿とあまり変わらない。何かしら寝床がある方が絶対に良い。
しかし思い直して、肩を落とした。
「……やっぱり良いや」
何となく、エスに敵意を向けるこの青年が好きになれなかった。ミダは彼自身が思う以上に、エスに肩入れをしているのだ。
「そうかい?」
とルッツは苦笑し、それじゃあ、と銃を片付けて横になる。
「僕も寝るとしましょうか」
そう言って寝返りを打ち、ミダに背を向ける。二人が横になった所為で、座っているのがミダ一人になった。うう、と喉の奥で呻く。後悔しながら土の上に寝そべり、瞼を閉じた。
目を閉じていると、ミダは無性に寂しくなった。エスとの別れが近付いている。目が覚め、ここを発ち、次の場所に着いたら、そこに置いて行かれる。それ以降はきっと、二度とエスに会う事は無いだろう。彼は死んでしまうかも知れない。或いは元の人間に戻れるかも知れない。いずれにせよ今生の別れだ。生き延びても、恐らく戻って来てはくれない。
この数日間を共にしていて、ミダはエスに対しある感情を抱いていた。尊敬、畏敬。或いは敬愛、親愛、愛着。ある種の恋愛に似た執着。一口には表現し切れない想いを、この青年に覚えている。頼り縋るべき存在だという言葉では、片付け切れるものではない。兎に角何処までも付いて行きたい、彼の事をもっと知りたい、彼と深く関わりたい、そう思うのだ。
決意をしなければならない。エスがそうした様に、ミダもまた心を決めなくてはならなかった。エスと別れ、そしてまた一人で生きていく覚悟を作るか、或いは徹底的にエスに付き従い、彼と運命を共にするか。どちらも困難な事である。ミダは考えた。
深夜、エスはミダに揺り起こされた。
「……どうした?」
寝台の横に跪いたミダは、強い眼差しでエスを見ていた。
「オレ、決めたんだ」
声を殺しながらもはっきりと言う。エスは横たわったまま身体ごとミダに向き直った。
ミダは決心していた。
「オレ、あんたに付いて行く。一緒に行くよ、帝国へ」
その言葉でエスの目は冴えた。
「本気か?」
ああ、とミダは頷く。エスは眉を顰めた。
「だが、俺に守って欲しいとかいう動機なら……」
「違う。そうじゃない!」
大きく頭を振って、強く否定した。
「オレはもう逃げたくないんだ。自分の力から。ちゃんと向き合わなくちゃならない。だって、あんたもそうしてるんだろ?」
問い掛けに、エスはじっと目を見返した。
「嫌なんだ。一生逃げて、隠れて、隠して……そんな風に生きるのはまっぴらだ」
悲壮に顔を歪める。エスは言葉を返した。
「だが、お前は弱い」
「解ってる。立ち向かうのは簡単な事じゃない。だけど、守ってくれだなんてもう言わない。オレも戦わなくちゃならないんだ。オレもあんたみたいになりたい」
例えそれが仮初めの決意でも、今この時押し退けられて揺らいでしまう決意でも、それでも構わないとミダは思った。
「オレも強くなる。強くならなくちゃ、生きていけない。だから、あんたの強さを教えてくれ」
己の脚で大地に立ち、己の目で世界を見る。そうして自分の力で生きられる様になったら、その上で、エスと一緒に居たかった。
エスはゆっくりと身体を起こし、ミダを睨む。
「……お前にとって苦しい旅になる。泣き言を言っても知らない。もしお前が逃げ出そうとするその時は、幾万の矢面に立っていようが、槍衾に囲まれていようが、俺は構わずお前を見捨てる。それでも良いのか」
「良い!!」
強い口調で言い放つ。
エスは左手を差し出した。
「俺のこの手を掴んだら、お前の決意、お前の全ては俺のものだ」
ミダはエスの手をしっかりと握った。
「オレも放さない。エス、ずっとあんたに付いて行く」
フ、とエスは笑った。何がミダをそこまで突き動かすのか知れない。しかし、ミダの強い想いは、エスにとっても喜ばしい事だった。
「付いて来い、ミダ。ただしこの手は決して放すな」
黄金の手と、手袋の手ががっしりと合わさり、一つになった。
「共に行こう。生きる為に」




