5章
一つの体に人格が二つ。今は安藤 陸ではなく僕の名前はレイ。彼の弱さがが僕を生み出した。元の体の人格者は自分の心の殻に強く閉じこもってしまい出てこない。このままではこの体は植物状態みたく死ぬまで無表情のままだ。死ぬことが出来る訳もないのに自分の運命に負け陸は心を自害した。だがまだ完全に死んではいない。心の灯はまだ僅かにだが残っている。僕の存在する意味は一つ。陸を元の状態に戻すこと。本人同士、心の中で話し合えば普通言えないこともきっと言える。僕は自分の存在意義、使命を果たす。帰ってこい。希望と絶望の世界へ。
・・・「今、我々はとんでもない大災害を目の当たりにしています。飛行機の上から捉えた日本の映像をご覧下さい。日本中が大震災によりすべて崩壊しています。我々はこの先どうなってしまうのでしょうか?救いはあるのでしょうか?我々はもう神に祈るしかありません」
2068年。僕は初めて陸として人生を過ごす。何故なら周りから怪しまれないようにするためだ。
それにしても体を自由に動かせるというのはこんなにも楽しいことだとは。今までは陸の精神の中で出番が来るまでずっと待ち続け体の感覚がないまま精神だけで過ごしてきた。そして今、体を手に入れ好きに動かせる。レイにとってこれほど新鮮で楽しいことはなかった。だが楽しみはそれまでにしておかなくてはならない。何故なら陸の心はあまりにも壊れている。少しずつ温情を取り戻し続けたところで元に戻るまでは一体どれくらいの時間を有するのだろうか?「陸、君はまだ生きているんだろう?僕と少し話をしようよ」途中、心の中で何回か問いかけてはみるのだが陸からは一切反応がない。ある意味考えれば当然なのかもしれない。目の前で何回も恋人の死をすぐそばで見続け、終いには深すぎる悲しみから恋人を殺した。それでも出来事を知ることはない恋人は当たり前のように陸にいつもと変わらず接し続けた。そして最終的に恋人の優しさが陸に止めを指した。陸は恋人を当然の如く好いている。それは恋人もまた然り。
心を殺す前、陸は心の中で言っていた。「好きな気持ちがもう邪魔だ。どうして俺は香菜を嫌いになろうとしているんだ。もう自分の本音が分からないよ」普通、高校3年生がここまでの経験をすることがあるのだろうか?純粋な気持ちは既に汚れ、溜まっていくのは全部恋人への激しいストレスだけ。「俺に笑顔を向けないでくれ。もう香菜の顔は見たくない」本当は正直に恋人に向けてすべて言いたかった。でも言えなかった。陸は奥底でまだ恋人のことを大事にしていたから。吐き捨ててさえいれば大事なものを失う代わりに心が少し救われたかもしれない。だが言ったとして関係を切ったとしてもそれとは関係なく恋人は陸の目の前で死ぬだろう。そしてまた前のように初めから・・・。辛い思いは重ねたくなかった。どうせ死ぬならせめて死ぬまでは良い関係でいたいと。そしていつも死んでから後悔したのだ。初めから後悔することは分かっているのに一歩だす勇気がでない。「陸、心の中は居心地がそんなに良いのかな?僕はそうは一度も思わなかったけど」陸の精神の周りには黒く厚い壁が取り囲んでいる。話し合いをする気は今の所ないらしい。レイは意識の世界から覚めた。今、レイがいる場所は陸の部屋。夕飯をなんとか食べきり逃げるようにここまで来た。部屋の場所は陸の記憶と繋がっているので心配することはなかった。ただ他の人間と喋ることは初めてだったので不覚にも緊張してしまい逃げてきたのだ。「なんだこれ?この長方形の形をしたこの細黒い物体?」レイが手にしたのは携帯だ。
どうやら携帯の知識はレイには届いていなかったようだ。レイは持った携帯を適当に弄繰り回していると突如、画面が明るくなった。「パスワードを入れてください?なにこれ?」パスワードってなんだろうか。レイはパスワードのことを誰かに聞きたかったが周りに聞けば怪しまれそうだし陸は頼りに出来ない。レイは仕方なく面倒だが秘策を使った。それは陸の記憶に潜入することである。同じ人格の中に二人の人間が居ればこんなことも可能だ。お互いの記憶を共有できる。レイは陸の記憶の入り口に入り込んだ。「酷いな。見るからにボロボロだ」記憶、脳とは感情を示す最初の神経だ。本人の記憶次第で感情は大きな変化をもたらす。陸の場合はこれまでの出来事の影響で神経の通り道が悲惨なことになっていた。普通なら絶対にここまで酷くはならない。「これが君の辿った道なんだね」そしてレイは歩きにくい神経通路を歩き陸の記憶内部に潜入した。そこには今まで歩んだ様々な出来事の情報が詳しく映像として流れている。「とりあえずパスワードの記憶を見つけなきゃ」記憶は一瞬一秒、あらゆる出来事を記憶の所有主が覚えている限り永遠に存在し続ける。それは記憶の大小関係ない。レイは陸の記憶の中で約5分間、パスワードの記憶を探し続ける。「えっと・・・あ!あったあった」パスワードの記憶はかなり奥の方にあり見つけるのに少し苦労した。レイはすぐに携帯のパスワードを確認した。「この4桁数字・・・」レイは悟る。確信的、同じ人格でなくても内情さえ知れば誰でも理解できる。2068、「陸、君は恨んでいるんだろ?君自身と君を貶めた神なんて男を。でも自分への見せしめの為にここまでするなんて」追い込まれていた。それだけをただ強く理解することが出来る。現実から目を背けた君を果たして僕は元に戻ることが出来るのか?存在意義だけが僕を生かす。僕がいなかったら君は次、どうな方法で死んだのか。恐ろしい精神状態の中でまず普通には死のうとしない。必ずとても醜い死を遂げるだろう。僕は今の君と相反する。君の心が死んだ時、僕は咄嗟に君と人格を入れ替えた。君が心を暗くし非業に染まるなら、僕は心を明るくし君が元に戻るまで君のそばに居続ける。「死ぬまでだよ。生き続ければまたあの頃に戻れるよ。来る時まで僕がずっと傍に居るから」輪廻の償いは今を含めて12回目。永劫なら望みはない。ただ世界を操る神の命は有限だ。この償いはいつか終わる。レイは絶対に希望を捨てない。(お・・れは・・・れ・い・・いやだ。おれ・を・ここ・・・に・とじ・・・こめろ)辛うじて生きる陸の心はもう後少しで完全に死ぬ。また香菜は死ぬ。俺の目の前でまた死ぬ。もう、早く死にたい。レイ、お前は優しすぎる。存在意義なんて忘れろ。体はレイ、お前に好きなだけ使わせてやる。「ないよ。君が愛する人の為に苦しむように僕がもしこの体を使い続けたら僕は君に対して苦しんでしまう。似ているよ、僕と君はね」(やめ・・て・・・くれ。おれを・・・よく・いうな)それ以来、陸から声が届くことはなかった。レイは少し不服だったが当初の目的を果たしてはいる為、記憶の世界から現実世界へと戻ってきた。「2068か・・・陸のバカ」
そこまでなのか、君の様々な恨みは。同じ体に居ながらその苦悩がレイには共有できない。レイはとりあえず携帯のパスワードを適当に変えた。「これで良し」陸の記憶を見て携帯に対する大体の知識を手にすることが出来た。ついでに言えば見たのは携帯だけの記憶ではなく家族や友好関係にある人物の知識や学校の知識もレイは入手していた。「これでひとまずは大丈夫そうだな。後は卒業式が来るまでに僕が陸を元の状態に戻せれば」
しばらくしてレイは暇つぶしに陸が使っていた携帯の中身を物色した。「写真見ようっと」
先程からメールや電話履歴を見ていたが全然面白くなかったので写真を見ることにした。
「・・・この人が陸の恋人か。この頃は心から幸せだったろうな」その写真は陸が高校2年生の頃の写真だ。まだ頭痛だけに悩まされていたあの懐かしき日。謎を解かず頭痛だけに悩み続けていたら陸本人は今がどれ程幸せだったのだろうか。考えても仕方ないがやはり陸の運命は非情というしかないものだ。考えている内に気分が億劫になっていく。「やめよ」レイは携帯をベッドの上の適当な場所に放り投げた。そういえば明日は学校らしい。レイは記憶を見てある程度の準備を済ませ、まだ夜の10時だがもうやることがないので寝ることにした。深夜、同体の中に二つの人格が夢の中で意識を保ち会話をする。(ま・・た・きたの・・か。もう・・・かえ・・れ)「帰らないよ。君が目覚めるまで僕は何度でもここに来る。一年しか時間がない。分かっているよね?」
陸は辛うじて残る心で自分の今までの行動を悔い続ける。生き続ける限り放っておけば後悔を繰り返すだろう。レイが話しかけにくるのは元に戻す以外にも一時的にだけ後悔を忘れさせる理由もあるのだ。(わから・・・ない。わかり・・・だく・ない!)今までただ歯切れの悪い言葉だったが急に感情を込めだした。「やっと感情を込めて言ってくれたね。とにかく僕は君の代理の人格だ。早く復活してもらわないと僕も色々困る。僕は長くは持たないからね」・・・しかし陸から言葉は帰って来なかった。「今回は前より10秒長く話せたな」時刻は朝6時。早寝をしたレイは規則正しく朝早く起きた。「香菜か・・・今日、色々聞いて見たいけど無理だろうな」とにかく陸に成りすまさなければ。少しでも変わった様子を神とかいう男にでも見られたら大変だ。「俺、口調は俺。陸自身ちょっと性格がひねくれてる。コミュ障。よく話すのは香菜と敦と・・・二人だけ!?」
心の弱さは元々だったのか?いや、実は気弱と言うべきか。「まぁ色々あったらしいし深くは考えないでおくか」陸の記憶の中で見た景色に中学の時の体感した記憶が一番強く残っていた。
「でも二人だけじゃどうして不安だ。そんなに親しくなくても気軽に話せそうな人はクラスにいないのかな」レイは陸の記憶を再び探る。「・・・小田。クラス委員長の小田だ!それに友里って人は陸に起きたことを知っている!人いたわ」レイは驚いた。小田の方ではなく勿論友里のことで。同じ経験をし、陸の内情を把握している。この11年間ずっと秋になると陸に接触してくるようになる。でも秋じゃ遅すぎる。「今」接触すれば今までの変わらない出来事からほんの少しだけだが歯車を崩せる。本来の陸ならば今述べた考えをとっくに実行していただろう。ただあくまで制御されている状態であった為、意図的に気づくことが出来ないようにされたのだろう。
しかし今、この体の人格は陸ではない。僕はレイだ。普通の人に比べればスペックは劣るが僕は操られていない。この世界に革命を起こそうとするなら僕以上の適任はいないだろう。「今度は悪戯じゃ済まさないぞ。手塚 明」革命を起こすと言ってもレイの頭にはまだなにも策が思いついてない。(まぁ陸と平行して考えればいいや)レイはベッドから降り、下に降りた方が良いと知っている為、緊張しながらもリビングに降りた。「陸、おはよう」母から挨拶がくる。「ああ!うん、おはよ」陸の人間関係を若干バカみたいにしておいてなんだがやはり同じ体の人格同士。初めての人には緊張するようだ。「どうしたの?早口だし声高くなっていたわよ?」しかしレイの場合はこれが初めて陸以外の意思を持つ人間との会話。緊張するのはしょうがないのかもしれない。
「いや、あれだよ。昨日の夜あまり眠れなかったんだ。だからかな~」両親からすれば今の陸の様子はどこかおかしく感じる。こんなにも陸がハイテンションのようになっているのを両親が見たのは夢の国のテーマパークに連れて行った幼少期以来か。「陸、頭でも打ったのか?」父はコーヒーを片手に陸の方へ顔を向ける。「打ってないよ!健康だよ。父さんったら心配性だな~」この時、陸あらためレイの脳内はかなり焦っていた。まさかこんなにも人と話すのが緊張することだとは・・・。両親二人のレイを見る目がかなりなにかを怪しがっている。けどバレる訳にはいかない。「母さん!僕早く朝ごはん食べたい」レイは咄嗟に話を切り替えようとした。だが、「お前、一人称俺だっただろ?」墓穴を掘った。焦ってついいつもの感覚で言ってしまった。それにしても細かいところによく気づく。流石両親だが今は嬉しくない。ますますレイを見る目が変わった。とにかく曖昧にでも良いからなんとかしないと。「ほら!今俺深夜テンションのような感じでしょ?」だが曖昧にすら出来そうにない。親の目からもう手遅れそうな空気を感じる。そして母さんが口を開いた。「陸、あたなもしかして間違えて昨日お酒飲んじゃったんじゃないの?」見事に母の発想がレイの都合の良い様に解釈され助かった。「もしかしたらそうかも。頭フラフラするし」レイの頭は確かに今、フラフラしている。理由は頭が状況に追いつけていないから。脳の意識があっちこっちに傾いているのだ。「でも家の酒は減ってないようだけど」今度はまた父が余計なことを言ってくれた。何故今に限ってそんなにも頭が回る。
「ボンボンのチョコを間違って食べたのかも」ボンボンとはお酒入りのチョコを表す言葉だ。「だとしたら陸、お前酒に弱すぎるぞ」するとこの時、母は心配する様子を見せた。「そんなことよりもその状態で今日学校行けるの?」今日は大事な始業式。行かなければ色々面倒なことが起こりそうだが、そもそもレイは全然酔っていない。行くことについて問題はない。「大丈夫でしょ、意識もはっきりしているし今日は午前だけだから」3人で話をしているとやっと美佐が部屋から降りてきた。「眠い、全然寝足りないよ」美佐の髪は毎年いつもボサボサだ。「美佐、座る前に顔洗ってきなさい」美佐は座ろうとした直前、母に止められた。「勘弁してよ。ダルイし」レイは美佐に対して記憶で見た景色と同じだと静かに笑った。「駄目よ。女の子なんだからそこはちゃんとしっかりしなさい。顔洗って来たらご飯出してあげる」「そんな~」美佐は渋々洗面台の方へ歩いて行った。その隙にレイはご飯を適当に食べ終え急いで自分の部屋に戻った。「危なかった。中々大変だな」
陸の部屋の中でレイは落ち着きを取り戻す。だがこんなことでは後1年身が持たない。レイは気を引き締めなおした。そしてこの時、レイはある重要なことを思い出した。「・・・そういえば学校での交友関係は知っているけど肝心の学校の場所知らないな」根源をすっかり忘れていた。場所を知らなければこのままなにも始まらない。「急いで見てくるか」レイは毎度のように陸の記憶の中に入り込む。携帯で調べればすぐに解決する問題なのだがレイはそこまで気が付かなかった。「どこかな~。近くにはあると思うけど」少し歩いているとレイは記憶の中の地面に違和感があるように感じた。「なんか粘々してる。気持ち悪い」この粘々はなんだ?地面が滑りやすくなっている。それに心なしか何かが溶けているような匂いもする。触ってはいけない。レイはこの様なことを教えられたことはないが本能で粘々の成分に危険性を察した。「まさか溶かす気か!?自分の記憶を。消したい過去を全部脳から溶かして無くす気か!?」溶けて記憶が消えてしまったらどうすることも出来なくなる。感情を奇跡的に取り戻せたとして記憶が無ければなにも意味はない。もう二度と元には戻れ無くなるぞ。君が生きる可能性を捨てるのは自分勝手すぎるだろ!君だけ現実から目を背けるな。生きて戦え。死んでも生き続けてほんの僅かな可能性に全ての想いをぶつけろ。今、君を僕は完全には死なせない。ここは君の場所だが僕達に共有する僕の場所でもある。僕でもある程度なら制御は可能だ。今の君の意思の強さに僕の意思が負ける訳がない。レイは意思を強く念じた。すると一瞬で辺りの粘々は消えた。
「身勝手な理想だけじゃ僕の強い意志には勝てないよ」その後レイは楽々学校の情報を入手し記憶から戻る。そのついでに少し寄り道をした。「楽になりたかった?残念だったね」
(よ・・けいな・・・こと・を。あと・・・すこ・・し・だった・・・のに)陸は悔しそうな様子だった。「僕も流石に油断していたよ。まさか記憶を溶かそうとするなんて予想外だった。偶然学校の場所が分からなくて助かったよ」(もう・・・きりょく・・・を・つか・・い・はた・・した。しばらくは・・・また・とかせ・そうに・・・・ない)「それは助かる。じゃあ僕はもう行くから。しばらくしたらまた来るよ」だが陸はレイの存在を望まない(くる・・な)陸の言葉を待たずレイは意識の世界から去っていった。
(あい・・つ・おぼ・・えて・・・おけよ)そしてレイは無事に現実世界に戻ってきた。
「焦ったな。これからは溶かしにも気を付けなくちゃ」正直言うと溶かしは想定外だった。心が弱くなり死んで行くのは想像していたが、まさか意図的に記憶を溶かそうとするとは。だがもう学校に登校しなければならない時間帯だ。この問題は一旦後回しにしてレイは先に学校へ向かうことにした。「大人しくしてね。心の中で騒ぐなよ陸」そして始業式の日から二日後。「いつか覚悟が出来たら私から話しかけようとしたのに・・・嬉しい誤算です」とある場所で二人は落ち合った。「こちらこそ、友里さん」まだ友里は陸のことには気づいておらず今の人格がレイであることを知らない。「それでは会って早々ですが友里さんには最初に言っておくことがあります」「なんですか?」友里はレイの言葉を聞いて驚き、そして戸惑った。「陸さんの心が壊れたってことはまぁ・・・ギリギリ理解しましたが今のレイさん?に言われたことだと私はもう11回も同じことをしているんですか?」友里の仮説は少し違う。正しくは今の友里本人ではない。11年前、10年前の友里達はそれぞれ年代の次元で窮屈ながらも生活している。あくまで周りの人間は陸の輪廻に巻き込まれることはない。ただそれぞれの次元で香菜と陸が死んだと認識されるだけ。
「承知出来ないことは残念ながらこれ以上答えることは出来ません。ですのでこの話題は申し訳ありませんがこれで終わりにして下さい。本題に入りましょう」「本題?」「そうです。最初に友里さん。今、友里さんは感情を操作され憎しみや恨みの感情が出せない。勿論陸本人も」体感時間で約11年前に友里から聞かされたことだ。「それで11年前、友里さんはこう言いました。神に悪戯してやりますと」「そうです!悪戯レベルじゃないと体が拒否反応を起こしてしまうんです。あなたと同じで」ここでレイはこの話し合いの最大の論点をつく。「僕は友里さんと同じではありません。僕自身は神に感情を操作されてなどいない」僕自身、これが非常に大事なことだ。
何故、同じ体に存在しながら操作を受けなかったのか?答えは単純だ。今、神が操作しているのはあくまで陸の人格であるからだ。人格が違えば人それぞれ感覚も違う。しかもレイは元々存在するはずのない人格。神に気づかれない限りレイは憎しみも恨みもずっと抱ける。「レイさん。レイさんはどうしてそこまでするんですか?私達にとっては頼もしいけどレイさんにはなにもメリットがないように感じるんですけど」するとレイは陸の心に手を当てた。「僕の使命は陸を救うこと。はっきり言ってしまえば友里さんは陸を救う為に利用していると考えてくれて結構です。だから気にしないで下さい。お互い様ですよ」利害は一致している。友里は特に動揺することはなかった。「内情は分かりましたが私を利用するということは一体どんな計画なのですか?」問題は今まさにそこにある。「分かりません。だから出来れば一緒に考えて下さい」友里はレイの意外な言葉に驚いた。友里は何かは考えてあると思っていたが普通に考えればあの状況なら誰だってそう思う。「考えるって・・・神について明確なことはまだ何も分かっていないのに何を考えるの?」目的まだハッキリと言ってはいなかった。「神、又の名を手塚 明。この男を殺します」
「殺すって・・・確か人の生命を奪うことですよね?でもどうやって殺すんですか?」友里に罪悪感はなかった。陸の捨てられていた記憶を見た友里は「殺し」の全貌を少しは理解した。不罪の契りやバクテリアに影響されない。何故なら友里は外からではなく自分の目でハッキリと見たのだから。「それをこれから一緒に考えます。付き合ってくれますね?」レイは手を差し出す。「面白いですね。是非ともお願いします」友里はレイの差し出した手を強く握りしめた。ここに成立した殺害計画。二人には迷いは微塵もない。蹴散らす。ただそれだけだ。
・・・「被害者はどうして死ななくてはいけなかったのでしょうか?運命だから?違います。奪われた命に運命もクソもない。と言いたいのですが日本のみならず世界を震撼させた日本大震災から早1年。滅び生き残った日本人は隣国韓国と日本と友好関係にあったトルコに保護され我々は生き別れました。だからこそ1年経った今、もう一度集まりましょう。残り少ない我々日本人はまだ同志達を供養出来ていない。他国に任せっきりだ。1年経った今だからこそ勇気を出して一時的に帰り祈りましょう。我々には責任を果たす義務と使命があります」突然襲ってきた日本を崩壊させるほどの大地震。日本の土地はすでに荒れ果て崩れた大地と化した。被害者は国民の90パーセント。奇跡などない。ただ次元が違えばいずれ喜ぶ人間も現れるのかもしれない。2068年、梅雨。ここ最近、やけに天気が荒れ、よく地震が起こる。まるでなにかの前触れなのかと思うほどに。レイはこの約2か月、人体のある人間として日々を過ごした。4月に友里と誓った殺害計画の案は未だになにも閃かない。よく考えればそもそも次元が違う。この世界から間接的に次元の違う神を殺すのは容易なことではない。不罪の契りやバクテリアがあるせいで他人には計画を漏らすことも出来ない為、頭の中で計画を思い描くしかないのだ。「後少しか。陸の方は望みが出てきたがまだ可能性は薄い。決定打を打つためにも何か心を救う情報が欲しい」この期間、陸の心はレイによって少しはマシな精神状態に戻った。だが今も危険状態に変わりはない。
(かな、ごめんな。でも無理だ。俺はもうお前を見ることに耐えられない)とりあえず陸の言葉が途中で途切れながら話すことは無くなった。「陸、君には少し前にも言ったけど僕は君がどうなろうと一年後、強制的に消えてしまう。それまでに戻ってもらわなくちゃ困るんだ。このまま何もせず僕がいなくなったら君はまた元の状態に戻ってしまうからね」
陸は少し前から香菜に対する罪悪感の気持ちを四六時中喋るようになった。精神の自傷行為をしていた時期に比べれば良くなった方だ。だがレイが問いかけても陸は聞き耳を立てず香菜に対する罪悪感を喋り続けることには多少困惑している。「これは前とは別に面倒な状態だな。今度はいつまで言い続けることやら」少しずつ元に戻る陸をレイはずっと見続けて来た。長いようで短い残り約半年、レイの願いは叶う時が来るのか。それは陸次第だ。
「頼むよ・・・本当に」2068年、終わりなき世界に現れた救世主は感情の支配を受けない。神にバレることはない。だがレイの考えはあまい。普通ならばもうとっくにバレていた。
ならば何故何も起きないのか。理由は一つ。神はもうこの世には存在しない。死んだのだ。
日本大震災の手によって・・・一人部屋の中、皮肉にも創り上げた世界の下敷きとなって。
「ま・・・だ・・死ねない。わたしは・・・生きる」無念だったであろう。まだこれから楽しみが一杯待っていたはずなのに。PCに埋もれた体は静かに永遠の眠りに付き遺体と化した。(地獄が私を待っている。これはお前の悪戯か?憎しみなんて出せないはずなのだから)2068年、初夏。
奇妙だ。季節は夏なのにまったくもって気温が暑くならない。この間から続いている天候の荒れや地震に加え異常気象まで追加された。これにより周りの人間も不安がっている。終いには物騒な噂まで立つ始末だ。「何が起きているんだ?このまま続くと流石に少しテンションが下がるな」レイは家の中で自宅待機している。高校から自宅待機のメールが来たのだ。「そうだよね~私も暇だもん」美佐の学校も自宅待機のメールが来たそうだ。退屈そうにリビングにて夏近くであるがココアを飲んでいる。「でも良かったじゃん、宿題やり忘れたことをバレずに済んで」「それもそうだね。あ!じゃあお兄ちゃん一緒に宿題手伝って」そう言って美佐は部屋から自分の宿題を持ってきた。「数学か・・・別にいいよ」レイ(陸)は理系数学が特に得意だ。今更高一の数学など間違える要素はない。「流石!最近のお兄ちゃんは優しいから絶対手伝ってくれると思ってたよ」どうやら美佐は始めからその気だったようだ。美佐だけはずっと何も変わらない。「やっぱり手伝うのやめようかな。コーヒーゆっくり飲みたいし」レイは少し意地悪をした。「それはズルいよ。後から色々言うのはナシだよ。お兄ちゃん」いつの間にかレイの目の前には美佐の宿題が並べられていた。「分かっているよ。それで、どこが分からないの?」「全部!」「おい」それから一時間後後、美佐の宿題はレイのお陰で大体は片付いた。「終わった?」「いや、後はこれだけ」渡された問題は今までの問題と比べれば少し難しい。これは美佐には無理だなとレイは思った。「あー、これは地味に難しい問題だな。ちょっと待って」・・・少しリビングが沈黙となった。「ねぇお兄ちゃん」「うん?」美佐は突然、最近レイに対して気になっていることを聞いた。「最近、何かあったの?雰囲気や仕草も全然違うし別人のように見えるんだけど」レイは考えることをやめた。流石兄弟。確信ではないだろうがまさかここまで気づくとは。でも僕は事実を隠さなくてはならない。「何を言っている?俺は普通だよ。今までと何も変わらない」心は若干苦しくなった。嘘をつき続けなければならないことに自分の使命を黄色く照らす。「別に何でもいいけどさ。私は今のお兄ちゃんも好きだけど、前のお兄ちゃんもウザかったけど兄弟としては好きだったんだよ」陸は今、レイの中にいる。美佐が考えている以上に真実は闇深い。「ありがとう。俺も兄弟として美佐のことは好きだよ」兄弟間の間にはちゃんと絆が存在する。陸、香菜さんだけじゃないだろう。美佐だって君のことを待っている。(美佐・・・お前、やっぱり馬鹿だよ。大馬鹿だ)陸は精神の中で泣いた。ほんの少しずつ陸に感情が戻っていく。だがまだ完全には遠い。最後のピースはやはり・・・。未来なんてどうなるか分からない。だが可能性がある内に止まっては何も変えられない。僕は絶対に殺る。あの男を消し去る。例えこの心が黒く染まろうとも。それから真夏日、今は本当に真夏と言えるのか?冷気が街を包み込み本来盛況している夏の風物詩のプールさえも寒さによって人が誰一人としてもいない。寒さ故、夏祭りもどこか一つ面白みに欠ける。「今年は海行かない方がいいよな?」「ていうか、そもそも図書館で勉強する意味ある?誰かの家で良くない」去年までは涼みながら勉強をはかどらす為、図書館で勉強していたが今年は涼みなど必要ない位の異常気温が街を異様な空気に包んでいる。今の夏の時期に海に行くなんてとんでもないだろう。「でも俺は図書館で勉強するのは普通に好きだよ。雰囲気が変われば勉強もしやすいし」レイ(陸)、敦、香菜は図書館で3人一緒に勉強中だ。「流石、陸。勉強は雰囲気を変えることが大事だよな。分かったか?香菜」「敦、あんたに勉強で色々言われたくはないわ。学力が全て物語っているもの」理系と文系で違えども総合の学力は香菜が上回る。3人は勉強を続けた。それからしばらくして敦が勉強に飽き始めた。「な-、寒くて海行けないなら温水プールにでもいかない?」敦はどこまで夏が好きなのだろうか。思い出とは夏だけに埋まるものでも無いのに。「敦は水辺しか興味がないの?たまには他に案も言ったら?」確かに2年前から一緒に行動していたらしいが夏に行ったのは1年目が大きいプールで2年目が海だった。「泳いでいると夏だわーって感じしない?陸」そこは僕に振るのね。「いや、何も変わらないと思うけども・・・」結局、その日の内に結論は出ず勉強を終え図書館を後にした。その帰り道、携帯の着信音が鳴った。「もしもし」声の主は当然聞き覚えのある声だ。「もしもし、急にすみません。友里です」急にどうしたのか?「何か用?」「レイさん、やはり止めませんか?殺すのは・・・もう戻って来てますよね。陸さん」確かに友里の言う通り、陸は戻って来ている。後少しで完全に回復出来るだろう。「そうだね。元々殺す目的をたてたのは陸の為だった。その陸が戻って来ているのならもう無理して殺らなくてもいいのかもしれない。・・・でもね」レイは言葉は急に重くなった。「根源を完全に止めなければ絶対に陸が救われることはないかもしれない。今、友里さんが考えていることだって操られているからかもしれないよ」友里はこの時、固まり込んだ。「でも!そうだとして私を利用し、レイさんに忠告をして計画を止めることがあの男の考えだとしたら、やはりこれ以上はやらない方が陸さんの身の為です。レイさんには陸さんを守る使命があるんですよね?」なるほど、確かに友里さんの言う言葉にもハッキリとした意味がある。考え方としたら正解だろう。「・・・そうですか。いや、そうですね。陸の安全を考えればこれ以上は止めておいた方が良さそうだ」それを聞いて友里は安心した。だがそしたらレイが今、生きている意味が消える。「なら僕はもういらないな。陸はあと少しで元に戻れる。僕が消えても友里さんがいれば陸は無事に元に戻りそうだ」レイの言葉には寂しさが含まれていた。自分の使命は陸を元に戻す。陸が人格を再び支配し元に戻れば僕は見ず知らずの内に消えるのだろう。勿論、自分の意志でも消えることが出来るが、今までそれはしてこなかった。だが今、「使命」の形に捕らわれ危うく危険に晒そうとした。その時、突如携帯越しのレイの悲しい声を黙って聞いていた友里は突然、何かを言い返すかのように話だした。「レイさん。言って置きますけど私は陸さんの面倒は見ませんよ。それはレイさんが居続ける限り見てくださいね」友里から帰ってきた言葉は多少予想外だった。確かによく考えたら早とちりだったかもしれない。「レイさん。私は思ってたことがあるんですけどレイさんは自分のことを犠牲にしすぎてません?いくら使命だからと言ってもレイさんにはレイさんの自由がありませんか?」友里からそう言われたが自由とは何だ?存在する意味が決まっている精神だけの奴に自由など必要あるのだろうか。「分かりません。僕には自由が分からない。ただ陸を助けたい。明確に僕はこれだけを思っているよ。僕に自由があるなら使命通り、僕が陸を救う。また地道にね」レイの言葉を聞いた友里はこれ以上、何かを言うことはなかった。「そうですよね。レイさんは私が何と言っても陸さんのことしか考えていないと思ってました。分かってたんですけどね。一応です。では、これでこちらから失礼します」通話が終わった。自由か・・・仮にもし僕が普通の体のある人間だったら何を好きになり、誰に恋をするのかな。・・・やっぱり同じ体同士、一緒だよね。君のだろ?香菜さんは。いい加減にしろ。(ありがとう・・・でも後少しだけ・一緒にいよう。お前との思い出、まだ作ってないよ)レイは目を手で覆い隠した。「フフッ・・・でも一体どうやって一緒に思い出を作るんだ?君はまだ残念ながら何も出来ないよ」寒夏となった今日、一つの感情に温かく灯が付いた。猛秋、前の夏とは相反し季節の気温が逆に猛暑と化した。地震も夏に比べて更に増えてゆく。「流石に明らかにおかしいよな。レイ」(そうだね。この世界はあの男が別次元から操っている。今までこんなことはなく今年から突然起こりだしたとしたら、男が住む別次元の世界で何かがあったのかも)予想よりも早く陸は元の感情を手にすることが出来た。それにレイは体の中から存在が消えていない。それは陸がレイの存在を強く望んだからだ。使命だからではなく、心を共にする友としてずっと陸の心に居続ける。奇跡は等しい、永遠に。「何か起きたって・・・じゃあ仮に推測だけど死んでいる可能性もあるのか?」(その可能性は高い。この異常気象や地震が男が死んだことが原因だとしたら、この先もっと最悪なことが起きる可能性がある)もっと最悪なこと。陸は思い描いた中で一つの考えが浮かんだ。「この世界が滅亡する・・・」(そうだ。仮に男が生きている間、この世界のことをずっと見続けメンテナンスを繰り返していたとして、それが無くなった今、もう誰もいない。皆、平等に消えるか死ぬだろうね)必ず訪れる死。そう考えると怖くなると同時に一つあることを考え付いた。「この世界が滅亡する・・・それって俺の輪廻も終わるってことだよな」陸はほんの少し喜びの感情が湧いた。(でも今までとは違くて君だけじゃないよ。皆死ぬんだ。永遠にもう会えなくなる)陸はどちらが幸せなのか。永遠の悪夢を見続けること。もう片方は残り約少しの人生を死を一人で受け入れながら楽しく過ごすか。普通の人間ならどちらを選ぶだろうか?陸は今までの経験で選ぶなら後者だ。「レイ、まだ俺は100パーセント治った訳じゃない。もう一度、香菜が死ぬところを見たらどうなるか分からないから・・・だったらせめてワガママだけど一緒に死にたいって思う」それは陸にとって当然の選択だ。自分が生きた経験を他の人間が体感しても果たして皆のことを考えれるままでいれるのか。(でもこの話はあくまで推測だ。今はこれ以上考えてもどうしようもないよ)周りの外の景色を見渡しても紅葉は一切咲いておらず夏と同じく異様な空気を放つ。嫌な雰囲気だけが時経つに連れ増していく。
仮説として意見を述べたレイだったが最近思う。(異常が起きている事実、そして冷静に考えれば陸の行動はずっと見張っていたはず。僕が隠し続けていたからと言っても気づかないことがあるのか?だとしたらとっくに対策を打っているはずだ。まさか本当に・・・死んだのか)そして猛秋を超えた直後、世界に明らかな異常が起きた。「・・・体温を感じない。手に持つ感覚や周りからの感覚情報が全部無くなっている」陸は自分自身の手で自分の体を触ってもまるで感覚が無くなっていた。(仮説が真実になろうとしているんだ。残念だけど何か最悪なことは少なからずこれから起こる)外からの情報を意図的かまぐれか一切遮断された。陸はそう考えた。「バクテリアだっけか?他の人も同じ症状を訴えてる。これはバクテリアの仕業なのか?」(いや、バクテリアは脳の支配を邪魔されないようにプログラムされた寄生虫のような物で感覚に影響を及ぼすことはないはずだよ)「ということは、またお得意の誤作動バグか?勘弁してよ、本当」何度も陸が苦しんできた自身本人だけに起こる特殊バグ。それが今は、皆に起こっている。(・・・・・)経験とは全てを記すツールとなる。だがこの場では経験を生かすことは全く出来ない。「もうあれだな、これは。全部運に任せるしかないな」・・・・・1、2,3、4、5、時は確実に一秒進み続ける。無常にも進む時間と比をなし異常は刻一刻と大きくなっていった。空は一日、暗夜のように漆黒に包まれ、元の感覚が無くなった他に世界に「色」が無くなっていった。目に映る人や物が昔の昭和テレビのように肉眼でも白黒でしか認識が出来ない。「これはもう、確信的だろ。レイの予想通りだったな」(ここまで来ると確実に何かが起きて死んだと考えるのが正しいな。当たっていてほしくは無かったけど・・・)このまま滅びへの時間を受け入れるならどう過ごせば正解なのか?ただレイの個人的予測だが滅ぶのは卒業式3月9日のような気がする。(この世界が無くなるまでに陸、君は香菜さんに自分からちゃんとやらなきゃ駄目だよ?)体感11年前に起きた出来事はずっと陸の心の片隅にも存在した。思い出し、陸は少し照れた後、顔を染めた。
「分かってるよ。今は出来る気がするけど、いざ目の前にするとね」(意気地なしは治らないか。
それか僕がやってあげようか?)「それは嫌だ!」同じ体の感覚で口を交わすことになるが感覚を共有する為、余計嫌だそうだ。今更だが陸は自分の部屋の中で、傍から見れば一人で喋っているかなりシュールなことをやり続けている。最近は警戒も薄くなってしまい、かなり声も大きくなる。「お兄ちゃん?一人で何をしてるの?」隣にいた美佐は陸の様子が気になり部屋に入ってきた。陸とレイ以外の人間には今、世界に何が起きているかは誰も理解していない。世の中には色々な噂が広まり、あらゆる場所で混乱が起きている。世界が滅ぶ前兆である噂があるがまさかそれが正解だと思うことは、そのとき実感しない限りないだろう。そうで無くても未知な出来事に皆とても不安がっている。美佐も勿論その内の一人だ。日常が突如滅び、リアルで未知数な現実だけが人々を苦しめる。「よく元気でいられるね。不安じゃないの?」真実を知っていれば怖さも半減する。陸の場合、他にも理由があるがもう慣れた。「美佐、もしかして怖がってる?」「そんなの怖いに決まってるじゃん!どうなるか分からないのに・・・父さんや母さんだってどこかへ行っちゃったんだよ」そう、美佐の言う通り両親は急にどこかへ消えた。世間の情報に目を向けると割と最近起こっている一つの現象のようだ。神隠しじゃないかと言われているが、おそらく抹消プロフラムが暴走して記憶を残したまま存在を消してしまったのだろう。「・・・美佐、父さんと母さんは居なくなったんじゃなくて消えたんだよ。もう存在すらこの世界にいない」陸の言葉を聞いた美佐は陸が何を言っているのかがよく理解出来なかった。でもそれは当然だ。「何言ってるの?お兄ちゃんもやっぱり辛いんでしょ?そんな非現実的なことを真面目そうな顔で話すなんて普段のお兄ちゃんからしたらありえないでしょ」だがこの世界その物が非現実だった。気づいたときにはもう遅かった。「俺はこの2068年に非現実なことを色々経験した。最初は美佐が誰の記憶にも残らず存在を消され、俺は神と名乗る男に殺人って方法で消された。それから体感時間で11年か・・・内緒にしていたけど俺には恋人がいて、卒業式の日にその恋人が目の前で11回死んだんだ」美佐は陸の顔が嘘を付いているようには見えなかった。今までの兄弟として過ごした時間はお互いの考えを察することが出来る。美佐は察した。今、この世界で起きている現実と陸が言った言葉を照らし合わせ、陸が言ったことは全て本当の事だと。
「色々突っ込みたいけど・・・そうだったらお兄ちゃん、もうオジサンじゃん」普通なら今頃30歳近くか。確かにオジサンだな。「突っ込む箇所そこなのかよ。相変わらずじゃん、お前はずっと」二人は不思議と笑いあっていた。「それよりご飯とかどうするか?どっちが作る?」・・・妹だからか、誰にも言っていない真実を少し話したがやはり最後に起こる結末だけは言えなかった。
最後・・・陸は携帯で香菜にあるメールを送った。今度は俺から・・・好きだよ、香菜。
翌日、待ち合わせ場所は陸の通う高校の3-Aの教室。高校はもうとっくに休校している。学習している余裕も安心も今の世界にはない。若干、廃校と化している。それに誰も学校内にはいないので好き放題自由に入れるのだ。(いよいよだね、陸。緊張してる?)「来てくれるとは書いてあったけど、やっぱり緊張する。出来るのか、俺に」(僕は助けないからね。でも影から応援するから一人で頑張って)そうこうしている内に廊下から足音が聞こえた。「陸-・・・あ!良かった。ちゃんといた」扉から少し顔を出し様子を眺めた様子だった。「ゴメンね、急にこんな場所呼び出して」「別に良かったけど、どうしたの?」2069年、3月9日、俺たちはここで毎年口を交わす。だが香菜はそのことを知らない。今年は3月9日まで世界が存在しているか分からないから「今」自分から交わすことにしたのだ。「香菜は俺のこと好き?」陸の突然の言葉に香菜は当たり前に戸惑った。「え・・・そりゃ好きだけど」「ゴメンね、急にこんなこと聞いて。でも確認出来て良かった。嘘じゃなかった。間違っていなかったよ」突然何を言い出すのか。香菜には理解出来なかった。「どうしたの?陸、変だよ」「最初に言っておく。本来俺達は来年3月9日、ここでキスをするんだ」卒業式の日、いつもは香菜の方からキスをする。ただそれは雰囲気もある中でだ。何もない空気からすることは絶対ない。「!・・・どうして知っているの?どうして先のことが分かるの?」「11回、俺は2068年を過ごした。訳は言えないけど卒業式の日に毎年キスをしたんだ。その出来事はずっと忘れられない。でも今年は世界がこの状態だからさ、11年前の香菜と約束したんだ。今度は俺からキスをするって」そう言われても香菜には陸の言うことが全く理解出来ない。(不器用だな。相変わらず)レイは宣言通り静かに心の中から見守るだけだ。「つまり、だから・・・今からするの?」香菜は素直になり陸の言葉の表面だけを受け取った。「あ、いや、うん」何故か陸が一番戸惑った。「いいよ、陸なら」陸は何度も香菜とのキスを経験している。だが今の香菜は初めてのキスなのだ。二人にとってキスの意味が違う。それでも香菜は受け入れた。理由は複雑なことはない。ただ陸が好きだから。「俺がこの場所でキスをすることは大きな意味がある。ありがとう香菜」(いよいよか)急に雰囲気が固まってきた。キスの前、香菜は最後にこう言った。「ねぇ陸。私、幸せそうだった?」先程話した11年前の話か。「とても幸せそうだったよ。そしたら俺は香菜のことずっと大事にしたいと思えたよ」「そう・・・じゃあ、伝えてね。いつかの私にも本当のこと。今度は全て」香菜は目を閉じた。静かに陸を迎え入れる準備は整え終わった。「分かった。いつか、また伝えるよ。じゃあ・・・いくよ」「うん」静かな校舎の中、感覚はなかったが確かに口同士が重なり合った。温もりがあればどれだけ君を強く抱きしめたいと思うだろうか。陸の目からは涙がこぼれた。(お疲れ様、君にしては立派だったよ)愛は永遠、後悔は一瞬。後悔のない選択を生涯しない人間などこの世にはいるのか?断言しよう。絶対いない。それでも人は前を見て進み続ける。そこに人の意志があり、自由があるのだから。縛られた狐の幻を見せられた神の名をした男は自分の運命を恨み、夢を実現しようとした。だが結局それは下らない子供の創り出した創造物。最後まで本当には叶うことは無かった。一時の快楽に身が沈み、落ちこぼした己の意志は崩れ去りそれが原因だったかもしれない。最後まで・・・神はただの精神が幼い子供だった。重すぎたんだ。釣り合わない世界を持ってしまい、世界を創れるだけの技量をたまたま持ってしまった。自分の時代を恨んだ。「犯罪のない平和な世界」意志と世界と共に命を燃やす。それがせめてもの本望なのかもしれない。そして陸の世界、しばらくして世界はレイの予想通り、終焉を迎えた。最後にお互いの身を固めあい、冷静な最期を迎える。他の世界に住む人々は恐怖に泣き崩れ、最愛の人間と身を寄せ合いながら死を受け入れる者。又、己一人で生き続け最後の酒を嗜む者。最後を様々な形で過ごす穏やかな一瞬は世界で最後の平和を生み出した。世界の意志が皆、同じで最後だけでも良く過ごそうとしたからこそだろう。「陸には悪いけどやっぱり言っておくべきだったな」・・・「好きだ―――――!!!」最後に素直な気持ちを若人は世界に向けて大声で放った。他にもとある英語教師は静かに酒を飲み運悪く陸の巻き添えを受けてしまった少女は違う次元に存在する自分に将来の願いを託した。
「バイバイ、今度世界を創るなら本当に平和な楽しい世界にしてくれよ。・・・じゃあな」辺りは暗くなった。人々の意識は全て無くなり、データと共に完全に消滅した。神が狐と見た景色は現実か、幻か、少なくても真実はない。永遠に終わった。さようなら、いつか本当の世界でも本当の「平和」が訪れることを俺と僕は、切に願う。悲劇は我々だけでもう良いのだから。・・・・・「ニュースをお伝えします。先程、午後10時頃殺人事件がありました・・・」僕の周りには殺人という言葉が日常化されている。これを普通と考えるのか、異常と考えるのか。僕は後者だ。僕はこの国の革命者として英雄になる。法など全くの役には立たないのだから、僕が変えるしかない。現実を・・・創り変える。(さぁ計画の時間だ。始めよう、戦いを)