4章
・・・・・・・・・・・・「ここはどこだ」暗闇の中から急に目の前が明るくなった。
「!?」今、陸は自分が夢を見ているのかと錯覚した。何故なら目の前に家族がいるから。
陸は今、食卓の場に座り込んでいる。目の前には父の好物の豚カツが熱そうに湯気を立てていた。「お兄ちゃん!どうしたの?ボーっとしちゃって」気がつかない内に美佐が陸の目の前で手を振っている。美佐は存在を消されたはずなのにどうして俺の目の前にいるんだ。「美佐、俺は今、生きているのか?」急に訳の分からないことを言い出した兄に対し美佐は思いっきり困惑した。「お兄ちゃん、なに言っているの?勉強のやり過ぎで頭がイカれたの?」美佐はおそらくなにも知らないようだ。それより美佐のことも気になるがまず俺自身はどうなっている。神に殺されたはずなのに・・・何故俺はこの世界でまだ生きているのか。いや、生き返ったと言った方が正しいのかもしれない。「ごめん、夢だった」今の状況なら誤魔化した方がいいだろう。なにも知らない奴に言ったところで信じることは不可能だと思うから。「そんなに疲れているならストレス発散でもすれば?男子高校生のたしなみがお兄ちゃんの部屋にはいっぱいあるんだから」美佐は笑いながら言った。それも母親が近くにいる場所で。コイツ狙っている。明らかに冷やかしながら美佐は俺の恥を狙っている。「いっぱいはないぞ。数冊だけだ」陸は小声で言った。「エロ本のこと認めるんだ」「あっ・・・」口が滑りつい言ってしまった。
「なに?二人でなんの話をしているの」母が二人に近づいてきた。
「大人の話だよ。思春期のだけど」「おい!」美佐の言葉に陸は思わず反応する。「陸、慌てなくても大丈夫よ。私は分かっているから」母は察したような顔をした。それを見て陸は動揺しながら弁解した。弁解といっても言っていることは真実なのだが。「誤魔化さなくてもいいのよ。男の子だもの。いずれこうなることは分かっていたから」やりやがったよ、この妹。人の恥ずかしい話を間接的にとはいえまさかバラすとは、前はいなくなって寂しさを覚えたものだがやはり普通に一緒に過ごしていると妹とはいえムカつく。だが陸にとってはこれも戻りたかった日常の一部である。当たり前になったことで陸は気づくことはない。「おい美佐、お前やりやがったな!俺のデリカシーは一切無視かよ」
「別に家族なんだからいいじゃん。ていうか皆薄々気づいてたわよ」「え?嘘でしょ」「本当」その瞬間、陸は恥ずかしくなる。その時、リビングの扉から父が入ってきた。髪が濡れている。シャワーにでも入っていたのだろうか。そう思っているとなにやら父の様子がおかしい。何か喋りづらそうにしている。「陸・・・私もそうだった。気にするな」聞かれていた。てか、父さん、あなたもか。凄く気まずそうに話すのをやめてほしい。どうせだったら笑いにして空気を盛り上げてくれよ。余計恥ずかしくなる。大丈夫とか言うならせめてもう少し笑いながら言ってくれ。陸はこの一連の流れでそう思った。それと父さん、俺はあなたのそんな言葉聞きたくなかったよ。「お兄ちゃん、御覧の通りお兄ちゃんのことはもう皆分かっているから。これからは安心してリフレッシュしていいよ」美佐はこう言った。気を使っているつもりか?流石に余計なお世話すぎる。
「なんなんだよ、もう」そもそも家族にバレることが男子にとっては一番嫌なのに全然嬉しくないフォロー。そこまで気にしているなら初めから言わないでくれよと陸は心の中で深く思う。まぁでもそんなことではあるけども、脇道に逸れてしまったがそれよりも大事なことがある。それは何故俺と美佐は生き返ったのか、父さんと母さんは操られていないのかだ。今の様子を見れば大丈夫そうだがまたいつ来るか分からないので用心しておくに越したことはない。
俺と美佐の件はまだ色々謎が深そうだがこればっかりは対策の仕様がない。今度から目を付けられないように静かに生きることくらいか。それだけだろう。
ところで今は何月何日何曜日で今は何時だろう。それにより少なくともなにかは分かるかもしれない。陸が家族の誰かに今の月日を聞こうとしたがやはり止めた。言ったらまたなにか言われるかもしれない。そう思い陸は自分で調べることにした。だがその前に夕飯の時間がやってくる。豚カツを食べ始めると食卓は他愛もない話で盛り上がった。そして数分した時、話が変わる。「そういえば陸。明日始業式だが新学期に向けて準備は万端か?」父が突如聞いてきた。
明日始業式・・・と言うことは今日はまさか四月七日か?時間が戻っているじゃないか。
「そうだったわね、それに今年は大学の受験もあるから特に大事だしね」受験ってことは今は2068年か。年は変わっていないんだな。それにしても丁度良いタイミングで話を父が降ってくれた。(ありがとう)心の中で陸は父に感謝した。「あーあ、明日からまた学校か・・・ダルイなー」
前の世界ではあるが美佐は春休みの間、遊びまくったせいで課題にとても苦労していた。万が一ここでも同じことが起こるなら美佐は春休みの終盤、新入学する高校の課題に苦労したはずだ。陸は試しに美佐に話を振ってみた。「美佐、学校をダルく思うのは勝手だけど宿題を手伝わせるのは頼むからやめてくれないか」「それはちょっと無理かな。だってお兄ちゃんがいるもん」「それってどういうことだよ?」「秘密」美佐に言われたことが多少気にはなるがやはり前の世界とまだ確実ではないがこの先も似たようなことが起きるかもしれない。「秘密ってそこまで隠すことなのか?」話を戻し陸が美佐に聞くと美佐は照れくさそうにした。「別にいいじゃん!もう忘れて」美佐に強引に話を終わらせられた。秘密ってなんなのだろう。だがそれを更に問い詰めたら今度は美佐が怒りそうなのでこれ以上は詮索しないでおく。そして夕飯を食べ終えた陸は自分の部屋に戻った。部屋の中に無造作にバッグが置かれている。陸はバッグの中身が気になり中を確認した。
(・・・)やはりだ。前とまったく同じ。物を入れている箇所から課題の文字の筆跡まで、全てが前の世界とまったく同じ。ここで陸の中である仮説が浮かぶ。時間が戻ったのか?
あくまで前の世界の記憶を持たせたままで、今度からは二度と馬鹿なことはするなと。
この状況はあの男からの情けであるかもしれないと陸は考えた。そうでなければ陸を蘇らせる意味がないからだ。だがわざわざ、ただ単純に生き返らせた可能性もなくはないがあの男がそんなことをするはずがない。やはりなにか俺が生き返った理由には裏がありそうだ。陸はそのことに不安を覚えながらも明日の始業式のため眠りについた、眠るまでの間、陸は前の世界での出来事を思い出す。前の世界で俺が殺されたのは夏休みが明けしばらく経った頃、その日が俺自身、この世界で生きてゆくうえでとても大事な日になる。なにかがあれば現実は変わらない。なにもなければ少なくとも俺の危険は減るだろう。平和を望んだあの男ならこれ以上、俺を殺すことはないだろうから。しばらくすると陸はいつの間にか眠っていた。眠りの中では久しく夢を見ることはなく、ただゆっくりと眠りについた。
翌朝、陸は久しぶりに気持ちの良い朝を過ごした。ただの純粋に眠りにつけたのはいつぶりくらいだろうか、それは体が気持ちよく夏の暑さを感じさせない程の熟睡だったようだ。
陸は朝起きた気分の良い状態のまま残りの学校の準備を済ませリビングへ降りた。
リビングでは母が台所で目玉焼きを作り父は椅子に腰かけ新聞を読みながらコーヒーを飲んでいる。味はおそらくブラックだろう。「陸、おはよう」母親から挨拶が来る。
「おはよう」陸はちゃんと返事をした。「あら珍しい。私にちゃんと挨拶をするなんて」
陸の態度の変わり具合に母は驚いた。「なにか良いことでもあったのか?」父が読んでいた新聞を下ろし陸の顔を見つめた。父から見れば陸は特に変わったところはないように見える。「いや、特にないよ。ただの気分だよ、気分」陸は大事なことを分かっていた。
ただそれは他の人に聞かれたら恥ずかしいし家族なら余計恥ずかしい。昨日のことがありまた更に恥ずかしい目にあうのはもうたくさんだ。想いは胸の内に秘めているだけで良い。
そう思い椅子に腰かけた直後、美佐が上から降りてきた。「あら美佐起きたのね。起きるのが遅いから今から部屋まで起こしに行こうと思ってたのに」美佐は豪快なあくびをしながら自然と椅子に座ろうとした。「眠い、学校だるいな―」美佐の髪は起きたばかりでボサボサだ。そんな美佐の様子を見た母は美佐にこう言った。「美佐、朝ご飯食べる前にまず顔洗ってきなさい」しかし美佐はその場を動こうとしない。「え~、後でいいよ。ダルイし」だが美佐のワガママを母は許さなかった。「駄目よ。ちゃんとしっかりやりなさい。女の子なんだからちゃんと外見を気にしてよ」母の言葉の迫力に美佐は怖気づいた。「うぅー、分かったよ」そう言って美佐は渋々洗面台の方へ向かった。
その間に陸は朝ご飯を食べ進める。そして数分した後、美佐が洗面台から戻ってきた。
「あ―、スッキリした」リビングに戻ってきた美佐は戻ってきてすぐに椅子に座った。
この時、前の世界では美佐に小言を言ったが今は面倒くさいのでやめた。学校へ行く前に色々身近なわかる限りのことで確認したいことがあるからだ。そして陸は朝ご飯を食べ終え急いで自分の部屋まで戻った。仮説は立てたが万が一もあるし不安になることがある。
それは友好関係の問題だ。これまでのことを考えれば大丈夫そうだがあの男が嫌がらせで万が一にも俺の友好関係に手をかけているかもしれない。死する時まであの男を決して信用だけはしない。信用できる訳がない。俺を殺しただけじゃなく身内にまで手をかけたのだから。陸は部屋に置かれている最新の携帯を手に取る。ちなみに説明しておくと携帯機種は月が経つにつれてかなりのスピードで進化をしている。スマホなんてものはもう古すぎる旧型に過ぎない。分かりやすく2018年の年代で考えると黒電話みたいなものだ。
使っているのは今の最新機種の性能と使い方についていけず通話することのみに携帯の需要を考えている人だけだ。今の携帯は無限バッテリーで容量も昔とは比べ物にならないくらいにある。携帯といえばアプリも楽しみの一つだが昔のようにぼうパズルゲームや冒険、スポーツゲームのような表面的で楽しむものではなく、4Dと人間の錯覚を利用して、まるでゲームに入り込んだ感覚でゲームを楽しむことができる。話をもとに戻すがちなみに陸は高校から携帯を持ち始めて2年経つがまだ完全には携帯の全貌を把握できていない。
今、メールや電話帳を確認しているがまだ操作がおぼつかない。苦労しながら中身を確認すると陸の思いに反して男が手をかけていることはなかった。どうやらそのことは考えすぎていたようだ。安心した陸は携帯をバッグの中に入れ学校に行く準備を整えた。
そして陸は勢いよく家から飛び出し学校へ向かった、約20分の道のり。前の世界でならこんな雰囲気の時にいつも頭痛が来た。だが今回は違った。一切頭痛が起きない。陸はそのことに安心するがまだ絶対に安心はできない。頭痛がくるタイミングはいつも不定期だ。
そう思ってはいるがやはり嬉しいものは嬉しい。陸は学校への通学路を気持ち良く通過し久しぶりのような感覚で学校の敷地内へ足を踏み入れた。そして靴箱で靴を履き替え3-A の教室に向かう。教室に入ると教室の中には既に香菜と敦がいた。分かってはいたが一緒のクラスだ。他の人は靴箱らへんに張られているクラス替えを見て一喜一憂しているだろう。陸はそれを既に前の世界で知っているので見る必要がなかったのだ。「あ!陸、おはよう。今年は一緒のクラスだね」「そうだね。仲が良いお前らと一緒になれて良かったよ」教室に入り香菜が声をかけてくれた。香菜が話しかけてくれることもしっていたがやはり分かっていても嬉しいものは嬉しい。二人が教室の前付近で話していると今度は敦が二人に話しかけてきた。
「お前らさ、一応俺がいるんだけど。仲良くするのは二人だけの時にしてくれ」「なに?私に嫉妬してるの」香菜は敦が陸を香菜に奪われて寂しいと思っているが実際は逆。敦は香菜のことが好きだ。だが香菜は陸と恋人関係にある。二人の関係を認めてはいるがやはり目の前で見せられるとどうしても嫉妬の炎が心の中で熱く燃え上がる。「全然違うぞ。香菜、お前には嫉妬するだけ損だからな」敦は顔には出さず香菜に気持ちがバレないよう強がりを見せた。
「あ、そう。でもまぁ別にそんなことはどうでもいいんだけどさ」「おい」香菜の言葉に敦は若干のショックを受けるが強気に振る舞う。「二人共、教室の前で話すと邪魔になるから俺の席に行こうよ」二人の会話を黙って聞いていた陸は通路の邪魔にならないように二人を誘導しようとする。「そうだね。陸の席はどこなの?」「窓辺の方だよ」これも元から知っていることだ。
陸と香菜が陸の席に向かおうとした時に敦は他のクラスメイトに呼ばれて行ってしまった。
敦はとても人気がある。陸とは異なる人種なのだが、陸が敦に対して一つ強く思うことはよく仲良くなれたなということだ。普通に考えれば接点など生まれなさそうな二人だが香菜が二人の中間にいることによって疑似的ではあったが友好関係が築かれた。しかし今は疑似的ではなく普通に二人の仲が良い。最初は香菜を通じて3人でなにかすること位だったが時が経つに連れ二人でも遊ぶようになった。最初がただの細い友情の糸だったが今はロープのように糸が太くなっている。いい友人を持った。陸が敦に思うことはただそれだけである。
そして陸は自分の席に荷物を置き椅子に座った。香菜は陸の机の目の前に立っている。
「ねぇ?今日午前中で終わるし午後にどこか遊びに行かない?」今日の学校は新学期の初めで始業式で終わりだ。今年は3年で受験生でもあるし時間が経つに連れ勉強で忙しくなりそうで遊ぶ暇がなさそうなので陸は香菜の提案に乗ることにした。「いいね!どこ行こうか?」すると香菜は陸の言葉を待っていたかのように楽しそうに話した。「今、街中でね、人気のケーキ屋があるんだ。私、そのケーキを食べに行きたい」それなら特に問題はない。内心は街中で普通にショッピングされたら少し嫌だなと思っていたがケーキなら問題はない。問題といえば並ぶことくらいだろう。「じゃあそれでいいよ。じゃあ待ち合わせはどこにするの?」「う~ん、じゃあいつもの駅で」「分かった。じゃあまた後で、もう始まるし」陸が時計を指さす。香菜が振り向いたその方向には既に担任が教壇の前に立ち、時間はもうギリギリだ。「わわ、大変」香菜は急いで自分の机に戻ろうとした。「陸、約束ね」時間ギリギリだが香菜は陸にそう言ってから戻っていった。そして香菜が椅子に座り込んだタイミングで学校内に朝のチャイムがなった。
チャイムがなり英語教師の田中が教壇の前で話し出す。これも変わらないのか。始業式の日。本当の担任は季節遅れのインフルエンザになっていた。なので今年にこのクラスの副担任となった田中が一時的に任されることになったのだ。「はい注目!今日は担任の先生が個人的用事で学校へ来れなくなってしまったので今日は副担任の俺がやります」ちなみに他の生徒が担任の休んだ理由を知るのは始業式の日から2日後だ。しばらくして田中の指揮のもと、始業式を行うため体育館に集団で向かった。そして式の間思ったことは相変わらず校長の話が長い。ベタなセリフを要領悪く話し続けている。校長の話が終わるまでの間、陸は足が少し疲れ両足をムズムズしだした。それでも校長の話はまだ終わらない。このムズムズした足の疲れから早く脱したいのに中々話が終わらず内心で陸の心は曇っていく。それから少ししてやっと校長の話が終わり、新任の教師の紹介や今年の抱負などをやった後にようやく式が終わった。
体育館から出てようやく足のムズムズから解放された陸は静かに喜びに打ち震えた。
そして教室に戻った陸達は残りの時間でそれぞれ課題を提出し、少しだけこれからのことを話してから午前の授業は終了し今日の学校は終了した。帰りのクラスではすぐに帰る者や友と一緒に談笑をする陽気なグループ。陸はすぐに帰ったが少し違うのは香菜と一緒に帰ったことだ。一緒に帰るといっても校門までだが。「じゃあね陸、また後で」「うん、じゃあね」約束は午後2時。いつもの場所で。陸は桜が咲き乱れる20分の道のりを一人でゆっくりと歩く。桜は何度みてもとても美しい。春の短い季節に一面に咲き誇る花は短い季節だからこそ美が光るのだろう。普段とは違う道を辿り陸は家に帰った。「ただいま」玄関で靴を無造作に脱ぎ捨てる。そして陸は部屋には戻らず喉が渇いたので水を飲みに台所へ向かった。「あら陸、帰ってたのね。ごめん気づかなかった」母は食卓で手を枕にし、顔をうつ伏せて寝ていた様子だった。「別にいいよ。ゆっくりしてて。どうせすぐに友達と遊びにいくし」前も言ったが香菜が彼女のことは家族には言ってはいない。何故言わないかといえば単純に色々面倒クサいのだ。特に美佐の場合は簡単にそのことを察することができる。
「そう、夕ご飯までには帰ってくるの?」陸はコップに注いだ水を勢いよく飲み干す。「うん、準備はお願いだけどよろしく」そう母に言い残し陸は自分の部屋に戻っていった。香菜との約束の時間まで後、1時間30分ある。待ち合わせの場所に向かうまでに30分かかるとして一時間の暇があるので陸は少しベッドの上に倒れ込んだ。とりあえず午前中の内は頭痛がくることはなかった。残りの12時間で頭痛がこなければこれで一つの懸念は抜ける。ベッドでそんなことを考えた後、陸は制服からそのまま外出用の私服に着替えた。今の時刻は1時20分。時間までには10分早く着くが念には念を入れて早く行くことにした。玄関に向かう途中、陸は台所にいるであろう母に向けて少し大きな声で言った。「じゃあ母さん、行ってくるよ」「うん、いってらっしゃい」母の声が眠そうだ。この時間の主婦は寝ているものなのか?しかし陸にとってはそのことは大してどうでもよく陸は玄関で靴を履き待ち合わせ場所に向かった。その頃の同時間、美佐はまだ新入学した高校にいた。先日入学式を済ませ晴れやかな高校生活をスタートさせる。だがそれは色々大変であるのだ。美佐の他のクラスメイトは元の中学校の同級生同士で固まって話していたり、一部他のクラスメイトは他クラスまでいったりしている。せっかく一緒のクラスになれたのだから仲良くなりたいものだがこの状況ではまだ厳しそうだ。美佐はまだクラスメイトとは細々としか話せていない。始まったばかりだがどこか寂しさを覚えている。そんな時だった、友里との出会いは。「あなたも一人?知り合いがいないと色々大変だよね」「あ、うん。そうだね」急に話しかけられて美佐は困惑していた。だが友里は美佐の内情をしることはなくズカズカと話しかけてくる。「突然だけどさ。一人者同士、私の友達になってくれない?」言葉道理突然の友達勧誘だった。しかし美佐にとって勧誘を迷うことはない。「うん!いいよ」
これが始まりだった。美佐を起点にした友里の本当の目的をまだ、誰もしらない。
場面は再び陸に戻り、待ち合わせ場所にて。
陸は待ち合わせの2時より10分早く来ていた。だが香菜は既に待ち合わせの場所にいた。
「あれ?香菜。俺時間、間違えた?」陸は思わず香菜に聞いた。「間違ってないよ。私が早く来すぎちゃっただけだから気にしないで」どうやら香菜は陸よりも更に10分早く来ていたようだ。
「じゃあ少し早いけど行こうか」陸がケーキ屋の道筋に足を向けようとした。その時、陸の手に温かい温もりが陸の手を包んだ。「今日は・・・手を繋ぎながら歩こうよ」香菜は照れくさそうに陸の手を握りしめた。「うん。じゃあ・・・行こうか」予想外の出来事に陸もどうしていいか分からず照れるだけで言葉が詰まる。そして二人は手を繋いだまま歩き出した。春、二人の純愛の出来事は桜のように美しく心の中を桜雲のように咲き開かせた。
その日から約4か月後、季節は8月の猛暑。
陸と香菜、そして敦は今、海水浴をしに海に来ていた。何故海へ行くことになったのか。
それは一日前に遡る。街の中央図書館にて。
この日は珍しく陸と香菜だけではなく敦も一緒に図書館で勉強をしていた。
「はぁー・・・。どうして俺は理系を進路希望にしてしまったんだ」敦は勉強の疲れに嘆いていた。
「敦、それはお前が文系が絶望的すぎるからだろ」陸も一緒に理系の問題集を解いている。
ちなみに陸は文系も理系に負けずかなり得意だ。「陸。お前はいいよな。勉強ができるから。俺の場合はまだ理系の方が学力的にマシだったから仕方なくこっちにしようとしているだけだぞ」事実、敦はどちらとも陸の足元にも及ばずそれどころか学年の平均点より少し下という学力的にかなり際どい箇所にいる。「俺に文句言ってないでやれよ」敦が分からないところは陸が色々教えている。敦から一緒に勉強しようと誘われ一人で勉強するのも飽きたし、なんとなく勉強会を承諾したがこの勉強会で陸の学習はまったく進んでいない。敦の目的は最初から陸に全部教えてもらうことだったのだろう。「ねぇ二人共。文系の私を会話からハブかないでくれない?なんか悲しいんだけど」香菜は二人とは違い文系を進学希望だ。ちなみに陸のいなくなった世界では二人共、同じ文系に進んでいるがこの世界では陸が存在していることで出来事にずれが生じて敦は理系、香菜は文系に進む。出来事が変わらないのは元から陸が干渉していた出来事だけだ。「そんなこと言ったって。お前理系だと全然バカじゃん。この文系人間」
「はぁ~!?両方とも平均以下のバカのダメ人間に私をバカにする資格があると思ってるの?」
二人のにらみ合いはいつものことだ。陸はまったく気にしていない。「いいから早くやれよ」陸が一言そう言うと二人のにらみ合いは収まった。「そもそもさ。夏が暑すぎてちゃんと集中できないんだよ」敦は外を見ながら言った。窓越しに外を見れば外の景色がぼやけて見える。
「だから図書館来たんだろ。涼しいんだし文句言ってもこれ以上なにもないぞ」その陸の言葉を聞いた直後、敦はふと頭にある考えが浮かんだ。「だったらさ。明日皆で海いかねー?」
「い「それいいね!」陸はこの時、嫌だと言うつもりだった。理由は混んでいるし暑そうだから。
しかし嫌だのいを発した直後、すぐ横から勢いよく元気のよい言葉が陸の言葉を遮ったのだ。
その声の正体は勿論香菜だ。「だろ!たまには休息も必要だしさ。受験生といっても一回は夏っぽいことしたいし」「敦にしてはいいこと言ったわね」この空気は完全に嫌な予感がする。
俺の気持ち無視に話し合いがどんどん進んでいくこの感じ。「それじゃあ明日海で決定な」
ほらやっぱり。こうなると凄い断りずらい。「陸も明日一緒に行くよね?」香菜から言われたらもう断れない。特に用事もある訳でもないし行ってもいいが内心で言えばクーラーの聞いた部屋でゴロゴロしたいのだが。「分かった。俺も明日海に行く」 と、こういうことがあったのだ。
砂浜の上に太陽の光が眩しく照らし砂浜の気温を大きく上げる。夏休み中だけあって人はそこそこ多いようだ。一方の二人は既に水着に着替え敦が持ってきたテントみたいなものをセットしていた。「陸-!熱いでしょ!早くここ来なよ」香菜が呼んだので陸は二人のテント場所に向かった。「にしても暑くない?このままじゃ日焼けしちゃうからクリーム塗らなきゃ」この時陸は内心ドキッとした。別に下心があるわけではないのだが。「陸、クリーム塗ってくれない?」本能と欲求は正直だ。「うんいいよ」陸の答えは即答だった。「お前一人で塗れよ。陸が純粋じゃなくなるだろ」敦が香菜の体を見ながら言った。「なに敦?私の体が気になるの?」香菜はすぐに手で胴体部分を隠した。すると敦の顔が急に笑顔になった。「大丈夫。大きさが例えブドウでもそれが二つ重なり合えばミカンサイズにはなるよ」敦に胸のサイズをバカにされた香菜は敦に腹パンを食らわせた。「グホッ・・・」かなりの痛さに敦は倒れ込んだ。「香菜、敦大丈夫なの?」
「大丈夫よ。どうせ数分後には復活してる。それよりも早くクリーム塗ってくれる?」香菜からクリームを渡され、香菜は背中を向けた状態で寝ころんだ。そういえば恋人関係なのにまだ自分から香菜に触りに行ったことはまだない。この時、陸は何故か恥ずかしくなった。陸は割とチェリーボーイなのだ。自分から男らしく触りに行くのは中々勇気のいる出来事だ。
今回の場合は香菜から許可を貰っている状況なのだがそれでも緊張する。「じゃ、じゃあいくよ」
「うんよろしく」香菜は陸の緊張になど気づかない。陸はクリームを手に付けゆっくりと香菜の背中に向けて手をさすりつける。スゥー。この時、なんともいえない空気が二人に流れた。
1分後。
「よし!じゃあ泳ぐか!」敦は知らぬ間にいつの間にか復活していた。だがお腹にはまだグーパンされた跡がまだわずかに残っている。どれだけ凄い衝撃のパンチだったのだろうか。陸の興味はそこに移った。「私はまだ後でいいわ。クリームがまだあんまり馴染んでる感じがしないし」
「別にお前の顔や体なんて誰もみな」ドゴッ!!「陸、敦を引っ張って先に行ってきちゃって」香菜はとても素晴らしい笑顔だった。だが右手を見ると手はまだ強く握りしめた拳が・・・・「いや、行っちゃってというか、敦が逝っちゃってるんだけど」陸が心配していると香菜が自信有り気に言った。「さっきも言ったけど全然大丈夫よ。今度は2度目だからすぐ起きるわ」なにその独特な理論。聞いたことないよ。陸は心の中で突っ込みながらもあえて口には言わないでおいた。
「じゃあ、行ってくるよ」陸は敦の片足を持ち引きずりながら波打ち際に向かった。
「いってらっしゃ~い」香菜はクリームが馴染むまでの間テントで静かに休憩するようだ。
一方の陸は敦を引きずり振り回す感じで敦を海の浅瀬に放り投げた。「ブハァ、なにすんだ!」無事に目覚めたようだ。いや、色々無事じゃないか。「気絶してたから海に放ったら起きるかなって思って」「普通に起こしてくれよ。それより起こして」敦は手を差し伸べてほしそうな目で陸を見つめた。「分かったよ」陸は察して敦に手を差し伸べる。「おらっ!」「うおっ」バッシャーン!敦に手を掴まれ勢いよく海に叩きつけられた。「ゲホッ、うわしょっぱい」陸は海水を勢い余って飲み込んでしまった。「仕返しだ。悪く思うな」「それを言うならこちらのセリフだ」陸は瞬時に敦に近づき海水を打ち上げた。「うわっ!」顔にぶつかった海水が敦の身を引かせた。「海水目くらまし」「技名ダセーな」この時、陸と敦の様子を香菜は遠くから静かに楽しく見つめていた。
(あの二人、楽しそうだな。今は私が行きべきじゃないな。邪魔はできないもん)陸と敦は楽しそうに海水でやりあっている。初めの頃は全然想像出来なかった。こんなにも楽しそうに笑う陸の姿を。敦、ありがとう。敦がいたから陸は変われたんだね。私は陸にとって小さな存在だった。
けどそれでもいいんだ。陸に一目ぼれをした日から今まで、今日はとても最高の日だ。
それから,時刻は丁度昼頃になった。夏休みだけあって浴場には海の家が開いている。
お腹が空いた陸達は昼ご飯を食べに海の家に入った。「なんにする?」香菜が壁の上に張り付けられたメニューを見渡す。「俺はベタに焼きそばでいいや。大盛で」敦は即決で焼きそばに決めた。
「陸はなんにするの?」陸も壁に貼り付けられたメニューを見渡す。「そうだな・・・俺も焼きそばでいいや。普通盛りの」「それなら私も焼きそばでいいや」結局3人とも普通に焼きそばにした。
数分後、3人のテーブルの場所に3つ焼きそばが運ばれてきた。味は至ってシンプル。だが海で食べる特別感が焼きそばのおいしさを自然と引き上げた。そして昼食後、3人は再び波の近くに歩いて行く。太陽が照らす世界。光の眩しさと共に3人の心も眩しく光り輝き続ける。
今日は2068年8月10日。カウントまで、残り211。
その頃、美佐と友里は街中でショッピングを楽しんでいた。主に人気のファッション店の中で。
誘ったのは美佐だった。理由はただ単純に暇だったから。だが理由は過去の口実に過ぎない。
「これ美佐に似合うんじゃない?」友里に渡されたのは薄いピンクのブラウスだった。美佐はその服をジッと見つめた後で、「うーん、私はこっちの青い方が好きかな~」美佐が取り出したのはブラウスの色違いだった。二つの服を比べ友里に見比べてもらう。「青は派手過ぎじゃない?薄い方がいい感じになると思うけどな」友里にそう言われて美佐は渋く青い服を元の場所に戻す。しかし「いや・・・でもやっぱりこっちの方が・・・」悩む美佐を友里は静かに優しく見つめた。(美佐、あんたはとても良い奴だよ。前の世界でもこんな良い奴はいなかった。ありがとう。そしてごめんね。あんたを利用しようとしたこと、言葉では言えないけど心では謝るよ。安藤 陸。私はあなたと一緒だ。私も死んで前の世界から来た)
陸と同世界。陸が消えてから一週間後、神は有害の排除を一人に執行した。神にとって彼女は気づくことのない盲点だった。記憶を消し忘れた少女。神は苦しみながらも仕方なく友里の存在を消した。そして記憶を持ちながら改めて陸と同じ仕組みで新たな世界に送られた。・・・・・「じゃあね」
秋、山の上では既に紅葉が咲き誇る。既に志望校を決めた陸は受験勉強に向け着々と準備を進めた。「これは・・・難しい」今、陸が解いているのは受験の最終問題に出てきそうな難問だった。
自分の部屋で問題を解き続け、脳の身が固くなったと思った陸は一時、休憩をとることにした。
ふと、陸は家の外に出て辺りを散歩しようとした。その途中だった。陸の行く道には友里が歩いている。「こんにちわ」友里の方から陸に話しかけた。「ええっと、確か友里さん・・だっけ?いつも美佐がお世話になってるようで」陸と友里の面識は数回美佐を通じて知りあっている。だが話したことがないのでこれ以上の沈黙は辛い。「美佐になにか用なの?」だが友里の答えは意外な答えだった。
「いいえ、陸さん。今日はあなたに話があり来ました」「話!?俺に?」なにを話すことがあるのだろう。陸は友里の目的がまったく分からない。「あの男、いいえ、創造神と言うべきでしょうか。陸さん、単刀直入に言います。創造神に対して陸さんの知識を私に共有してくれませんか?」その瞬間、陸は衝撃を受けた。「友里さん。知っているのか?俺のことを・・・あの男のことも・・・」陸が衝撃を受けている中、相反し友里は冷静に話を進めた。「男については正直全然知りません。ただ私が前の世界で消える前、急に頭の中に男に関する知識がほんの少し入ってきました。陸さんのことは陸さんの記憶だけPC上のゴミ箱に放置されていたので勝手に拝借させて頂きました」記憶が捨てられていた?「俺の記憶が捨てられていたってどういうことだ?俺は前の世界の記憶を今も持っているぞ」
「記憶が捨てられたと言っても出来事や土地などの記憶は捨てられてません。だから記憶があるんです。捨てられていたのは陸さんの感情の記憶です」そう言われたが陸は頭の中で理解の整理が出来ない。「ごめん。できればもう少し分かりやすく説明してくれない?」友里はそう言われたが少し言葉が詰まる。だがシンプルな頭の良さで陸に対して言葉を更に分かりやすく説明した。
「要するに感情の出し方を忘れているんです。主に深い恨みや憎しみや悲しみを」だが陸にはまだ思い当たることがない。自覚できなければ確信に迫ることは出来ないのだ。「一応言えば私も陸さんと同じです。恨みや憎しみが心に出せません。私もされているんです。感情の消去を」それから数秒、二人の間に沈黙が流れた。事が衝撃的すぎて言葉があまり出てこない。この場合、言葉のキャッチボール的に陸が喋った方がいいのだろうが次の言葉が一切思い浮かばない。「無理しなくて大丈夫ですよ。私も最初はそうでした」友里から励まされ、なんとか陸は次の言葉を出した。「君だけじゃないだろ?俺も君に教えなきゃいけない事がある」そして陸は約10分間、自分に起きた全ての出来事を余すことなく友里に伝えた。「そうですか・・・陸さんは私よりもずっと大変な思いをしてきたんですね」友里は陸の過去を知り自分と身を重ねた上での同情で悲しくなる。「私とは違う。私は黒い心がなくなってもあの男に復讐しようとしてるのですから」しかしその想いは叶うのか?
「もうすべてを受け入れた方がいいよ。やれば今度はなにをされるか分からない。今過ごしている現実でさえ偽物なのに、これ以上失ったら偽物さえなくなるんだよ?少なくても俺にはもうそんな事は出来ない」実際に体験した男の言葉には重みがあった。友里は自分の浅はかな考えをジッと見直す。だが、「でも私は自分を止められません。もうあの男には復讐って言うか子供の悪戯のように地味に困らせてやりますよ」似たような体験をしたのに、この考え方の違いは何故だろう。勇気か?単なる無謀か?「そうか。じゃあ協力は出来ないから俺は影ながら君を応援するよ。俺もあの男には子供みたいにムカついてるしね」「はい!ありがとうございます!」友里は別れ際、笑顔だった。友里と別れ家に戻る時も友里の笑顔がどうも頭から離れようとしない。(そういえば、悪戯ってなにするんだろう)
陸は想いを胸に秘めた。そして静かに家のドアを開ける。さようなら、友里さん。
秋が終わりいよいよ冬がやってきた。あっという間だったかもしれない。今日は大晦日12月31日。一年の終わりだ。今はコタツの中でミカンを貪りくいながらだらしなくテレビを見ながら寝ている。美佐と母さんは年越しカウントダウンをしに神社に行っている。
家に居るのは父さんと陸だけだ。「奥葉和葉はまだ歌ってないよな?」今二人が見ているのは紅白歌合戦。その中の出演者で父が好きな演歌歌手、奥葉和葉は昔美人過ぎる演歌歌手として世間を騒がせ演歌ブームを巻き起こしたが波はやみ、年をとった今は実力派演歌歌手として活躍している。時代でいえば丁度父の青春時代で父は昔からのファンとも言ってもいい。しかしテレビの前で父が登場を待ちわびているなか陸は演歌のことはまったく分からない。と言うかよく今の時代まで演歌が生き残ったもんだと陸は感心している。今の時代はアイドルや普通の歌手人気が凄まじい。と言っても人気があるのは歌ではなくルックスだが。日報テレビでも演歌が放送されることは全然ないのに何故か未だ人気がある。演歌に対する情報が集めにくい時代でよく世代交代が続くものだと陸は素直によくやるなと思った。「あと二人後だね」陸は番組表を確認した。別に順番など、どうでもいいのだが。「それにしてもこのアイドル、歌合戦なのに歌が口パクじゃない?」それは最近人気の女性アイドルグループだ。陸は見ていたが明らか口パクっぽいところがある。「そりゃ、これだけ激しく踊っていればそうなる」コタツの中で力の抜けた声同士の会話が続く。「歌の題名が泥棒怪盗グループ少女だって。・・・よく売れたな」「歌の品性は当の昔に消えたからな。昔のように売れるのが今は対して難しくない」歌に独特の考えを持つ父だが実際まったくの素人の考えに過ぎない。「考えすぎだよ。もっと素直に見てあげようよ」そんなことを話し合いないながらあっという間に年越しの時間を迎えた。歌合戦も終わり、テレビにはどこかの神社が映し出された。そして12時「ゴ-----ン、ゴ-----ン」
日本中の除夜の鐘が大きく鳴り響いた。2069年、干支は羊年、スタート。
その日の翌朝、朝ごはんは雑煮。「このお餅、あまり伸びないね」美佐は餅を食べづらそうにしている。「ちょっと古いからね」。なにげにこの餅は賞味期限ぎりぎりの物だ。「そういえば初詣は行くの?」美佐は雑煮を食べ口に餅を含みながら言った。「美佐、それより口の中隠した方がいいよ」陸の小言が美佐の気分を下げる。「そうよ、気をつけなさい」小言を連続して言われ正月早々、美佐はあまりいい気がしない。「そんな話は今どうでもいいでしょ。それより私は初詣、友里と行くからね」美佐は頬っぺたを少し膨らませた。
「俺はおみくじだけ買いに行こうかな。受験のご利益がありそうなやつ」陸の言葉に美佐は反応した。「あ-、もう少しだもんね。受験」大学受験まで後僅か。勉強はしてきているがやはりどこか不安を感じる。少しでもご利益があるなら猫の手も借りたいのだ。「でも一人で行くの?」母からそう聞かれたが実際は香菜と敦と行くことになっている。「友達と行くよ。流石に一人では寂しいから」それを聞き母は何故か安心したような表情を見せた。「そう、気を付けていくのよ」安心は時に人を地に落とす。時は近づいていく。彼らはその時、希望に満ちる顔をしているだろう。「もしもあの時」そんな後悔な言葉は存在しない。結果のみが否応にも真実を照らす。1月1日、カウントまで残り68。
それから季節は廻り,楽しく、そして緊張した時間はあっという間に過ぎた。今日はカウント0.
3月9日卒業式。道に自然と桜が散りばめられ、まるで卒業生の新たな道しるべをしるし、新たな門出を祝っているように見える。「今日で終わりなんだよね。なんだか寂しい」卒業式が始まる前、陸を含めた卒業生は教室で待機していた。その中、教室の中でいつもの3人は最後まで同じように話している。「高校は終わりだけど俺は別にあまり寂しくはないな。クラスではあんまり思い出がないし」陸は確かにどちらかと言えばドライな方だ。「お前・・・本当に寂しいな」敦の口調が僅かに涙ぐんでいる。「もう泣いてんの?その調子じゃあ本番がきたらどうなんの?」敦の場合は陸達だけでなく他のクラスメイトとも仲が良かったので余計にだろう。「俺の悲しみはお前らの2倍なんだよ」
「敦は青春をちゃんとしてたんだよね。まぁ、そのせいか大学はあれだったけど」陸と香菜は無事に一次志望の大学に受かった。だが敦は一次志望の大学に落ち、結局滑り止めの大学に行くことになった。「それを言うなよ。同じ理系には変わりない。あと余裕もあるから俺はそこで更に青春するから」大学は敦は県外であり寂しくなるが敦は別になにも問題がない気がする。むしろ問題は陸自身にあることに陸も感じていた。特に人付き合い。すると陸の不安を香菜は陸の顔から感じ取ったのか。「大丈夫。陸はもう私と会ったばかりの頃の陸じゃない。自分に自信をもって!」香菜から励まされるがやはりいまいち自信が持てない。その時、担任から教室中に声がかかった。
「お前ら、これが最後だ。しっかり行くぞ」そして一同は下級生が待つ卒業式が行われる体育館へ。
体育館に入るとまず感動的な音楽と共に拍手で出迎えられた。卒業生全員が座るまで拍手と感動的な音楽はやむことはない。時間が経ち全員が座り終わると今度は一変、辺りは静寂に包まれる。静寂の中で校長が全体の前に出る。そして式辞を言い始めた。「校庭の花々もほころび始めた今日の良き日に、多数のご来賓、地域、保護者の皆様をお迎えして、本校第78回の卒業式授与式を挙行できますことに、関係者一同、心より感謝いたします・・・・・・」校長の話の感想を一言で言えばかなり長かった。まるで小学生のような感想を陸は抱く。校長の話の次は来賓の紹介、それが終わりいよいよ卒業証書授与が始まった。3-A の陸達のクラスが一番初めだ。「出席番号1、安藤 陸」
早速だ。陸は授業で練習通り、礼儀良く壇上に上がり校長の所まで向かう。「はい、お疲れ様。よく頑張ったね」校長から卒業証書を渡される。「はい」小声で話し終わり陸は壇上の正面の階段を静かに降り椅子に戻った。これで後はずっと暇である。強いて知り合いが壇上に上がる時に意識を傾けるぐらいか。それから陸が卒業証書をもらい約1時間30後。授与式がやっと終わった。あとは前に出て卒業生最後の言葉と合唱。だが陸は当たり前のようになにも言うことがないので立っているだけだ。周りには泣き始めている生徒もいるが今の所、陸の涙腺にはまだ刺激がこない。合唱曲は「大地讃頌」という曲だ。陸はあまりよく知らなかったがこの学校の昔からの伝統で有名な曲らしい。「「「母なる、大地の、懐に・・・」」」ゆっくりと高校での出来事を思い出すかのように深く味のある合唱が体育館全体を包んだ。そして歌が歌い終わりいよいよ退場の時間。曲は2040年リリースの曲「桜夜吹雪」ただし音源のみ。いよいよ感動的な音楽と共に最初に陸が体育館を去る。なんだかんだで3年間、いやそれ以上に過ごした場所だ。少しだけ陸は感傷に浸り続ける。
終わりなんだな。色々あったがこれで俺は先に進み続けられる。もうすっかり頭痛も消えた。まるで初めから、なにもなかったかのように消えた日から今日まで正常だったかのように。
そして最後のホームルーム。担任は泣いている。「お前ら・・・本当に良かった。本当に良かったよ。このクラスは最高だった。文化祭も体育祭も全部!本当に最高だった。今はバカの一つ覚えに最高としか言えないが本当に・・・最高だったよ」担任は笑いながら涙する。その様子を見たクラスメイト達はつられてもらい泣きをした。「うるせーよ!分かってたんだよ。このクラスが最高だったってことわさ!」「別に、この後の打ち上げでたくさん嬉しさを吐いてもらうからな」教室の前付近には担任と生徒が喜びで打ちひしがれていた。その様子を見て、いや今まで、特にこの一年を普通に生きてみて思った。(これが本当の平和なのか?)答えはわからない。むしろ平和に答えなんかない。
人は十人十色であり本当に人同士が分かち合うなんて不可能に近い。ただ今、陸は見ている。
犯罪がなくこんなにも人の目が光り輝いている。もしや、あの男の考えが平和に一番近かったのか?だとしたら、俺とあの男は同じだ。操られていない純粋な意思でこのことを思うとは。
「陸、どうしたの。黙り込んじゃって?」香菜が話しかけてきてくれた。最高の空気の中で今の陸は落ち着きすぎている。そこに違和感を感じ取ったのか?「香菜、最高だよ。俺は」だが陸には黙り込む姿はもうなかった。陸は香菜を思い切り抱きしめる。「え!?ちょっと、急になに?」香菜は驚いているが嫌がってはいない。「俺からは言ってないよな。だから言うよ。香菜、お前が好きだ」
その瞬間、クラスの注目は二人に向けられた。「ヒュー!ヒュー!いいぞ!」「お前ら、いつの間に」
クラスの皆はかなり驚いた様子だった。前の世界では例の騒動があったため周りに広まったがこの世界ではなにも騒動がなかったためバレることはなかった。「キース!キース!キース!」クラスのテンションは最高潮だ。この空気だがやはり人前でキスはどうも恥ずかしい。「それは勘弁して、キスは二人だけの時だから」だが周りのテンションは下がることはない。「ブー!イチャつけよ~」
「敦、お前が言うのかよ」「当然だろ?俺はお前らずっと見てきてるんだぞ。正直、今凄い興奮してる」
だがこの雰囲気なら正直いけそうな気がすると陸は思う。だがやはり恥ずかしい。その時だった。
「しょうがないな」陸が気が付くと陸と香菜の口が合わさりキスになっていた。キスは香菜からだ。
そして香菜は合わさった口を放す。「またいつか、今度は陸からね」初めての感触。時は過ぎたが陸は何故か今、緊張が走った。(またいつか・・・か)先はまだ長くなりそうだ。クラスでの最後を過ごした陸と香菜は最後に靴箱に足を運んだ。敦は他の友達と別の場所に行っている。多分だが陸達にも気を使っているからだろう。「俺の靴、いつの間にかボロボロになってたよ。長かったんだな。ここでの生活は」3年間過ごした時間の証明は物によっても大きく表れる。「なんだかんだ言ってたけど結局楽しそうだったしね」高校での最後の二人の会話はとても和やかだ。だが今日はカウント0。幸せなどあっという間に消える。午後12時まで、5,4,3,2,1、0。神への償い、執行。
その瞬間、香菜の目は白くなり力なく倒れ込んだ。まるで突然眠りにつくかのように。「香菜?どうした」陸は突然の出来事だからか、起きたことが衝撃的だったからか、分からないがあまり驚くことはなかった。(死んだことを自覚し、永遠泣き、悲しめ。それがお前の償いだ)陸の心から声が聞こえた。その声の主はもうとっくに知っている。香菜を死なせたのか。俺が犯したお前のルールへの恨みで。変わるべきではなかった。お前と同じ考えを抱きそうになったことに俺は今、自分に怒ってる。悲しみと感情に出せない憎しみをなんとか出そうとするもどかしい感情。あいつに対する怒りが湧いてこない。憎しみを抱こうとすれば憎しみは自分に全部戻ってくる。「クソ!!!」憎しみは抱けない。陸はすぐ横に死に転がっている香菜の顔の温もりに触れた。(まだ温かい)すべて俺のせいだ。香菜を死なせてしまった自分が憎い。心に錠をかけられた陸にはもう香菜の近くにいることしか出来ない。「あまくなかったよ。神様、あなたは、なにも変わらなかったんだな」そして陸の目からは涙が流れた。「こんなことがあるのか。俺ほど数奇な人生を歩んでいる奴は世界中にどのくらいいるんだよ。創られて、あっけなく死んで、そしてまた生きて、今度は目の前の香菜が死んだ。俺をどうしてまた生かした。神の!・・・」クソ野郎、この言葉が陸の口から出ようとしない。無駄と悟り陸の体は力を無くした。出るのはただ悲しい大粒の涙だけ。「クソ野郎、それは俺だろ・・・」その瞬間、陸の意識は消えた。ショックで倒れたのか。いや、意図的だ。時間は去年の始業式前日。すべて元通りに、そしてまた一年後に、後悔に苦しみ続けることがお前のたった一つの償いだ。
2068年、神が住む現実世界。感情の記憶を操作し、二人は新たな世界に放り込まれる。
特に安藤 陸。お前は特別だ。二人、通ずる意思を持つ者同士楽しく永遠に時を過ごそう。
神の意志は自分の理念を自分自身で破っていた。平和な世界とは?根本が腐り去っている。
この時、陸は陸が望んだパラレル世界へ移された。そこには創られた家族、彼女、親友があった。陸と友里以外、過去の記憶を出来事を知っている人間はいない。何故なら彼らはその世界で創られた、前の世界の顔とそっくりだが実際まったく別の人間であるからだ。その者の顔も声も記憶も、前の世界の特徴をパラレル世界で新しいその者の体にデータを植え込んだに過ぎない。このパラレル世界は陸が望み、神が望みを叶えた永遠の高校3年生を実現する世界。ただその代償は卒業式の丁度昼12時、いかなる条件でも陸の目の前で恋人の香菜が死ぬ。これは神の陸に対する憎しみの気持ち。両方の気持ちを持ち合わす神の判断は間違いではないと今の神は自分を肯定する。香菜が死んだ瞬間の陸を見た神はなにを思ったのだろうか。
神が警察時代見てきた感傷の景色と重なるとは思わなかったのだろうか。しかし神は分かっていた。私がしていることはアイツらと同じだと。ただ復讐心に捕らわれた自分の心はどうやったら収めることが出来るのか。人は誰しもその感情を持つ。心を満たしたいと。ただそれが罪か正義かなだけだろう。神が創った世界では神が正義だ。逆らう者は神の情と共に理想の世界から消える。それがアイツらとの絶対的な違いだ。「素晴らしい。私の理想の体現者達は、美しい」
・・・・・本来ならば今は2078年。もうとっくに自分は公務員になっている頃だろうか。もう10回は見た。卒業式の日、香菜が死にゆく様を。本当の年は2068年。何度見てもこの年の桜はとても美しい。香菜が死んでから一回目の2068年。意識から目が覚めるとまたあの食卓に座っていた。食卓には父の好物の豚カツが。また前と同じだ。陸は今までの経験から察した。繰り返すのか、俺が香菜を目の前で失い苦しむ気持ちを何度も。一年間、散々楽しい思い出を与えておいて最後に一瞬で香菜を殺す。素晴らしいな、とても人間が考えることだとは思わない。流石神だ。「お兄ちゃん、どうして泣いてるの?」気づいたら涙を流していた。そして察しの通りここからが地獄の始まりだ。香菜との良い思い出を作りたくなくても、どうしても良い思い出ばかりが創られてしまう。おそらく、こうなるように初めから決まっているのだろう。文化祭、体育祭、そして卒業式、教室で香菜とキスを交わす。そしてその後に香菜はまた死ぬ。これだけをずっと繰り返すのか。何回2068年を繰り返せば香菜が死ぬことに慣れるんだろう。そんなこと・・・俺には出来るのか?いや、できる訳がない。心が俺自身のものである限り悲しみから逃れることは出来ない。誰か・・・俺の心を殺してくれ。何度死のうと思ったか分からない。実際、物理的に死ぬことは出来る。ただ死んだとしてもすぐにまた始業式の前の日に戻される。終われない。この最悪の悪夢から。そしてふと思う。もし香菜が卒業式以外の日に死んだらどうなるのか。僅かな希望がその可能性に沸いた。憎しみや恨みで殺すわけではない。純粋に自分が助かりたいから殺すのだ。神のルールには該当することはない。ただそれは世界の根本をまた犯すことになる。でも・・・可能性が少しでもあるなら・・・俺は。2068年、悲しみに膨らんだ愛は悲劇を生んだ。
殺す、この言葉の本当の意味を陸は知り、そして後悔した。憎む奴を殺すんじゃない。好きな香菜を自分の手で殺めたのだ。初めて知った時、それはもう遅すぎた。陸はただ大声で泣き叫ぶ。(俺は・・・もう心を無くしたい!!!)陸は手に持っていた鋭利なナイフで自分の心臓を刺した。刺した後も残された力を振り絞り自分の心臓を更にえぐり込む。「ヴアアアアアアア!!!」
だがその行為は無駄に終わった。また時は戻る。「お兄ちゃん、どうして泣いてるの?」すべて始まりの始業式前日へ。そして当然次の日、香菜は当たり前のように生き返っており陸に優しい笑顔を向ける。「あ!陸、おはよう。今年は一緒のクラスだね」俺はお前を殺したのに・・・その笑顔を俺に向けないでくれ。残忍な俺を好きになんかならないでくれ。お願いだから。香菜の目の前で陸は泣きそうになった。どうして?どうして俺は今、香菜と一緒に手を繋ぎ歩いている。
本当はもう、パンケーキなんて食べたくない。パンケーキのクリームを口の周りに少し付けながら美味しそうに食べる香菜の様子なんて、もう見たくない。何故ならすべて、最後の終わりの為なのだから。現状、いや一生かけてこの輪廻から抜け出すことはもう出来ない。結末は全部、死だ。そして早10年、色んなことがありすぎた。もう2068年をずっと続けているせいであらゆることが完璧に分かる。志望校の受験問題。賞金や旅行券がでるテレビ番組の難問視聴者問題。政治の不祥事や芸能界の色んな出来事、はやる言葉、食べ物。賭け事の結果。全部知っている。だがそんなことはどうでもいい。その先の出来事が見たい。大学生になり楽しく過ごしたい。
そして11回目の卒業式。分かりながら当然、香菜は死んだ。人間は繰り返せば出来るものだな。もう涙が流れない。悲しみがすべて枯渇した。バイバイ、人間だった頃の純粋な俺へ。
「香菜は・・・俺のことを好きだってよ。こんな俺を好きになったなんて馬鹿だよな。いつもだ。その純粋な笑顔を俺に向ける。でも俺は正直には語らないよ。だって、香菜の愛は俺だけのだから。語ってしまったらそれは捨てると同義だよ。俺は香菜を捨てたくない。一生だ」
そして12回目の2068年、いつも通り死ぬまで全部香菜を愛そう。「アハハハハハハハハハ」
時を戻る直前、陸の中でなにかが壊れた。それは前、陸が望んだこと。陸の心はどこか少しずつ壊死するように壊れてしまった。12回目の2068年、安藤 陸。いや、これからは「僕」の番だよ。僕の名前はレイ。陸はもう戻らない。永劫の暗闇に包まれて。だから僕は僕の生まれた意味を果たす。陸、僕は君の心を生き返らせる。