2章
「はい、じゃあ今言った英文を誰か訳せるものは?」
9月に入りまだ生温い風が吹き荒れるこの時期、陸は窓辺で外をぼんやりと見ていた。
あの時の夢は何だったのだろう。何故あんな景色が俺の夢のなかに・・・。
この世界には予知夢という言葉がある。もしかしたら俺は未来を見たのかもしれない。
だとしたら大問題だ。この世界は近いうちになんらかの現象で滅ぶ。地震か、カザンの噴火か、それとも他の何か、世界中の人間は恐怖に怯えながら死んでいくのだろう。
そんなありえない妄想を暇な時間で陸は楽しんでいた。主につまらない教師の授業で。
まさか実際に起こるわけがないだろう。そんな非科学的なことが起こるのなら実際に体験して見たいと思える。陸は科学で証明できないものはまったくもって信じない人間だった。
美佐は超能力やら予知夢とかの非科学的なジャンルが好きでよくそのテーマのテレビを見ているが陸にはその良さがまったくよく分からない。
それにしても本当リアルで良くできた夢だった。それにしてもあの男もなんなのだろう。
まさか本当にリクと言うのは俺のことなのか?何故夢の中とはいえ知らないオッサンに
名前を呼ばれていたのか。これもあの夢の分からない謎だ。想像が膨らむ。
だが陸の夢物語の想像はそこまでだった。陸の耳に教師の怒号が襲いかかり脳が震えた。
「安藤!なにボサっとしているんだ?そんなに俺の授業がつまらないか!?」
英語教師の田中。この教師は怒るととても怖い。陸のボーっとしているのがバレた。
「この時期にボサーッとしていたら受験まで持たないぞ!」田中は陸を叱る。
だが陸はもう授業の内容は既に覚えていたので問題なかった。今の時間、陸はサボっていたというより休憩していたという方が正しいかもしれない。本当にサボる気ならそもそも授業にはでない。だがこの時期にそんなことできないので仕方なく形だけ授業を受けている。まぁ、でもそもそもそうでなくても授業をサボる勇気は陸にはないが。
それに田中は陸に対して「授業がつまらないか?」と言ったが実際そのとおりである。
田中の授業はつまらない。それは陸が前から思っていたことだった。
何故つまらないのか?授業内容はただひたすら単調でわかりにくく、黒板の書く量もノートを取る気が失せるくらいに無駄に多い。
あと英語は覚えるものじゃないぞとか言っているくせに生徒には英文の瞬間記憶暗唱をさせるという矛盾を平然とさせる。これで面白いという生徒が何処にいるだろうか。
いたらそれはそれで頭おかしいと思う。「すいません先生。気をつけます」
田中に火がつくまえに陸は早めに謝っておく。こうしないと後が大変だ。
教師の権限でなにをされるか分かったものじゃない。社会とはそういうものだろう。
早めに手を打つのはとても大事なことだ。「次からは気をつけろよ」田中は陸の机から離れる。対処が速かったので穏便にすんだ。万が一にもごねていたら田中の餌食になっていたところだ。危なかった。その後、陸は田中に怒られることなく無事に英語の授業を終えた。
チャイムがなる。四時間目の英語の授業を終えクラスの生徒達は皆自由に動き回る。
学食に昼ごはんを食べに行く者。教室で一人寂しくご飯を食べる者。
陸はどちらでもない。今日は目立たない場所で恋人と一緒にお弁当を食べる。
高校の時にしか味わえないリア充感はとても大事。この先も女子とは付き合うこともあるかもしれない。だが高校(青春)は特別だ。この時期の人間が一番淡い恋を抱ける。
それは男同士では絶対噛みしめることはできない幸せの時間だろう。
教室では一緒に食べられない。絶対に冷やかされるし、羨ましがられても嫌だ。
あまり目立つのは好きでは無いのだ。静かに恋愛したい。それが陸の考えである。
今日は屋上で待ち合わせをしてある。教室に香菜の姿はない。おそらくもう屋上に行ったのだろう。陸が屋上に向かおうとすると、「おう!陸。一緒に昼飯食いに行かね?」話しかけてきたのは敦だった。陸は階段を駆け上がり急いで屋上へ向かった。そして屋上のドアの前にたどり着き軽快にドアを開ける。陸の予想通り香菜はもう屋上にいた。「おそいよ、陸」
香菜の髪の毛は風にあおられ静かに靡いている。「ごめんね、遅くなった」陸は笑顔を浮かべ香菜の隣へ座った。「そういえば陸。あんたさっき田中に怒られたけどなにやってたの?」陸と香菜の席は廊下と窓辺でお互い逆側のはじっこだ。
なのでお互いの様子は同じクラスではあるが詳しくは分からない。「ボーっとしてた。授業中で暇だったから」「え?授業中だよね」
香菜は陸の言葉を聞き驚いた。「あれだよ。もう予習したところだったから。それに田中の授業つまらないからやる気にならない」それを聞き美佐は、「
だったらせめて上手くサボりなさいよ」少し、あきれていた。「ツイね」陸は少しこういう良くないところがある。おそらくだがこれは教師にもばれてるし絶対内申点に響いている。テストの点数が良いだけにもったいない。「これからは頑張って意識はしてみるよ」
意識はするけど改善するとは言ってはいない。
「しょうがないわね。だったらせめてあんまりバレないようにしなさいよ」そして陸は香菜を見つめた。そして「頑張るよ」そう言うと陸は弁当の方へ視線を移した。おかずを食べてご飯を口に入れる。「あんまり急いで食べると詰まらすよ」しかし陸は香菜の言葉に耳を傾けない。
「大丈夫、問題ないよ」だがそんなことを言うとやはり言葉は現実に起こるもの。「ウ!!」
言ったそばから陸はご飯を喉に詰まらせた。「ほら、大丈夫じゃないじゃないの」香菜は陸に飲み物を渡す。「ゴク、ゴク」陸は喉に詰まらせた食べ物をお茶であっさりと流す。
「フゥ、危なかった。窒息死するかと思った」大袈裟なリアクションに香菜は静かに笑う。
「フフ、大袈裟よ。そんなことしても今更心配しないわよ」香菜は笑いながら陸の言葉を軽く受け止める。だが時に現実は一瞬にして大きく状況は変わる。陸のお弁当箱が陸の手元から落ちる。だが陸はお弁当箱を拾おうとしない。「あれ?陸?」言葉をかけても陸に反応はなかった。
まるで感情のない人形のように陸は少しも動かず無表情で座り込んでいる。
香菜の表情は笑顔から心配する表情に変わり香菜は激しく陸の体を揺すった。「陸!!」
香菜の手の感触が陸の肩に触れた「ハ!」陸は一瞬意識を取り戻した。ほんの一瞬だけ
「ガ、ウガアアアアアァァァl!!!」意識を戻した次の瞬間、陸は頭を押さえ込み苦しみだした。
「陸!?」香菜は突然の出来事に状況を整理できず激しく動揺する。
「ハァハァ、ウ!ウアアアアアア!!!」自分ひとりではどうすることもできない。香菜は助けを求めに屋上から急いで出て行った。「誰か!誰か助けて!」香菜は必死になり夢中で周りに大声で助けを求めた。「どうした!?」香菜が助けを求めると一人の教師が香菜に話しかけてきた。その教師は田中だった。「陸が!陸が屋上で苦しんでいるんです。お願い、助けて!」
香菜は田中の両腕を掴み泣いていた。それは田中を含め教師全員と他の生徒が普段の香菜からは想像できないほど動揺していた。普段とは違う香菜の姿に田中は何かが起きていると察した。「冷静に話せ。アイツがどうした?」すると香菜は少し落ち着き騒ぐ心を静め冷静に話す。「陸が突然頭を押さえて苦しみだしたんです。お願い、早く救急車を呼んでください」その言葉を聞いた田中は近くにいた生徒に職員室まで行き状況を説明するように伝えた後香菜と一緒に急いで屋上へ向かう。そして先にたどり着いた田中は急いで屋上のドアを開けた。「安藤!!大丈夫か!?」田中は陸を見つけ出し陸に話しかける。「おい!安藤しっかりしろ」陸の体が揺らされる。陸の意識はなかった。だが引き金になったのはその行為だった。横に寝静まる陸が突如目を大きく見開き右手を空に突き上げた。そしてある言葉を言い放つ。
「リク オマエノセイデ コノセカイニ アクガ オマエハ ・・・ 」陸は謎の言葉を発した。しかし田中にはなにを言っているのかまるで意味が分からない。その時香菜も少し遅れて屋上に戻ってきた。
「先生!陸の様子はどうですか?」香菜は陸を心配そうに見つめる。
「とりあえず今のところは大丈夫かも知れない。あくまで素人の意見だがさっき喋ったし急いで病院に行けば助かるだろう」信憑性のない言葉に香菜は不安になるが、まぁしょうがないのか。少しすると学校の近くが騒がしくなってきた。救急車がきたようだ。職員室にいた教師が呼んでくれたのだろう。「とりあえず大丈夫そうだな」二人はとりあえず安堵し田中は救急隊員を呼びに行った。しかし香菜は陸を心配そうに見つめる「陸・・・」。そして陸は救急車で病院に運ばれた。
この世界には共依存という言葉がある。それは自分と特定の相手がその関係性に過剰に依存しており、その人間関係に囚われている関係への嗜癖状態の精神病である。
この世界に絶望し違う世界に現実を逃避する男。自分の体調など気にせず大事なのは自分が創りあげた世界であると、その為なら自分は何でもできる。男はそう考えていた。
どのみちあと数年で定年退職だった。それが少し早かっただけのこと。この世界はむしってもむしっても、雑草のように次々と現れる犯罪の芽はもう全国に広がり犯罪は警察の力を凌駕して人々に突然襲い掛かる。止めようがないのだ。たかが私一人、叶わない理想を描いたところでその先になにがある。
私が雑草を一つむしった間にもまたどこかに二つ、三つと犯罪の芽が地の栄養を吸い生えてくる。もう疲れた。前までは少しの希望を抱いてはいたんだ。でも、その希望も今は疲れに変わってしまった。男は警察官を辞め自分が創りあげた世界に完全にのめり込む様になった。プログラムを毎日のように確認し、トイレか睡眠をとるとき以外はいつも世界の目の前で自分が創り上げた平和な世界を満足そうに眺めている。
だが今は気楽な気持ちでは私の創りあげた世界は見れない。何故ならこの世界には今、害悪な悪魔がいる。日々このバグは大きくなっている。時間の問題だ。あと数日で何かが起こる可能性がある。即席で作った監視プログラムを植え込みはしたが注意はしなければならない。世界は私とは違い30分遅れている。効果がでるのは30分後だ。
だが男は知らなかった。この監視プログラムがすべての原因だったことは神ですら気づかない。
陸は病院のベッドに眠り込んでいた。陸のいる部屋には学校から連絡を受けた父と母が
ベッドのそばで座り込んでいる。父と母が心配そうに陸を見つめ言葉をかけるが陸には届かない。陸の意識は今深い場所にあり深海にいるような感覚だった。ここはどこなんだ。
この世界は?手も足の感覚もある。ここは本当に夢の中なのか?リアルな夢に陸は戸惑った。すると戸惑う陸にある異変が起こる。
(コワイ、タスケテ コロサレル。オマワリサンオネガイ)脳に謎の少女らしき声の言葉が陸の脳に入り込んできた。(サツジン、ゴウトウ、キョウモマタ、オナジ)今度は男の声だった。サツジン?ゴウトウ?どういう意味だ?
謎のよく分からない現象が陸を悩ませていると今度は周りの景色が漆黒の闇からとある何処の世界の景色に変わった。
それは大きいPCの前にのめり込みながら座り込む謎の男だった。何故俺は夢の中でこんな景色を見せられてる?年は推測ではあるが60歳ぐらいか。何をしている。だけどなんだろう。俺はこの男を知っている。どこかで会ったことがある。
理由はないが陸は何となくそんな気がしたのだ。
(私は創りあげた。偽りではあるがこの平和な世界を。これで私が創造神だ)
男がそう言うとまた場面は切り替わった。(素晴らしい笑顔だ。これこそが私が望んだ世界。創りあげたかいがあった)世界を創った?神?なんだこの男は。頭がおかしいのか?
パソコンの前で気味の悪い笑顔を浮かべる。その様はまるでニートの二次元オタクだ。
するとまた、場面は切り替わった。「またか、なんだよ。一体」しかしそれはどこか分からない場所ではない。当たり一面漆黒の闇だ。またここか。もう終わったのか?そう思ったがまだ続いていた。先程と同じく陸の脳に直接言葉が入り込んできたのだ。
(キミタチハワタシガツクッタンダ。コノセカイハタノシイダロウ。スバラシイダロウ。
コノセカイヲツクッタノモワタシダ。キミタチハワタシニカンシャシナケレバナラナイ。
デモワカラナイカ、ナゼナラキミタチハ・・・ワタシニ、アヤツラレテイルノダカラ)
陸の脳には先程と同じく謎の男の言葉が入り込んでくる。だがその言葉は衝撃的なものだった。嘘だろ・・・まさか、ありえない。そんなことあり得るが訳がない。非科学的すぎる。この声の人はきっと今そういう時期なんだ。そうに違いない。現実を逃避しようとするが普通に考えれば60歳の男がそういう時期になる訳がない。もうとっくに卒業しているだろ。
謎の男の言葉が終わった後、暗闇の中に一つの光が現れた。そして陸は導かれるようにその光の元へ急いで向かった。白い光に手を伸ばすと視界が強い光に塞がれ辺り一面が白くなった。その瞬間、陸は病院のベットで目を覚ました。陸はゆっくり、静かに目を開ける。
「あ、あなた。陸が、陸が目覚めたわ!!」すぐ横から声が母親の声が聞こえる。
戻ってきたのか、この世界に。
「本当か!!おい!陸!!」父親がベットの持ち手に手を持たれかける。
「ああ、良かった。無事に戻ってきてくれて」母親は歓喜のあまり涙を流す。
「とりあえず良かった。そうだ!先生呼んでくるよ」父親は病室から飛び出し陸の担当医師を急いで呼びに行った。陸は少し首を傾け母の姿を視界に入れる。
「母さん、良かった。俺、戻ってこられたよ」陸の言葉を聞き母は緊張から母は解放され先程よりも多くの涙を流した。そして涙を拭い右手を陸の頬っぺたに優しくあてた。そして母は安心したように言った。
「良かった、陸。何日も目覚めないからひょっとしたら死んじゃうんじゃないかって
あなたを失うと思ったらとても怖かった」何日も・・・母の顔は前に比べて少し痩つれている。そこまでして心配してくれていたのか。陸はこの時、家族の温もりというのを改めて大きく実感した。「母さん、ありがとう」陸は少ない力を振り絞り顔に笑顔を浮かべた。長い時間ずっと心配してくれたらしいので安心してもらいたかった。それが今、陸にできる最大限の恩返しだった。
しばらくすると医者が病室にやってきた。医者からは今日は細かい確認をしたあと、あした詳しい検査をすると言われた。退院できるのはまだ少し時間がかかりそうだ。
夕方になり親は一時的に家に帰った。かなり疲労していたのでゆっくり休んでほしい。
しばらくすると夕飯が運ばれてきた。あんまりお腹は減ってはいないが久しぶりに食べると病院食でも美味しく感じる。夕食を食べ終えると辺りが暗くなり夜が来た。病院の夜は不気味だ。自分の病室から一歩出るとそこはもう違う世界に感じる。まるで夢の中で見た漆黒の闇のように。
もしも仮にあの夢の中で聞かされた言葉が本当なら俺はどうすればいいのだろうか。
今の状況でも別に悪いことが起きている訳ではない。ただ一つ気がかりだ。リクという名は俺自身のことなのか?仮に今までの出来事が本当に現実でありこの先に起こる予知夢なら・・・俺はどうなってしまうのか。いや、予知夢なんて存在しない。きっと心が疲れているんだ。だからあんなよく分からない夢も見た。変に考えるのはやめ、陸は病院のベットに潜りこんだ。
病院の就寝時間は早い。いつの間にか病院は静寂に包まれている。皆、もう寝ているのか?他の入院している人で起きている気配は一切ない。うちの家族は多分まだ余裕で起きている。美佐なんてテレビを見て笑っているだろう。
そういえば美佐見舞いに来なかったな。忙しかったのだろうか?実の兄が危険な状況だったと言うのに、アイツは気楽にもほどがあるだろう。まぁいいや、今度あったら軽く文句言ってやろう。
そんなことを考えながら陸はベッドで眠ろうとするがここである大きな問題が起こる。
(ヤバい、まったく眠くならない・・・)今までずっと充分なほどに眠り続けた。医師によれば俺は二日間眠り続けていたらしい。それだけ寝ていたのにまた寝ろなんて病院はかなり無茶を言う。
結局陸は今宵の夜、眠ることができなかった。夜中の最中ずっとベッドで苦しんでいた。
トイレに行くときも若干恐怖を感じた。何故なら病院だから、多少は怖く思ってしまう。この病院は多分人たくさん死んでいるし気味悪い。暗い道通るとなんか変な気配したんだけど、絶対なにかいる、この病院。
そして、夜の長い時間が終わり少し窓の外の景色に明かりが差し込み始めた。
朝になり軽い検査を終え朝食が運ばれてくる。昨日の夕飯と味があまり変わらない。
違うのは食材だけだ。朝食を食べ終わると検査までまた暇になった。昨日親になにか持ってきてもらえば良かった。まぁでもこれ以上無理させるわけにはいかなかったかしこれ位は我慢しなくてはいけないか。陸はそう考え何とかして午前中、暇な時間を一人で潰した。
そして午後になり今度は脳の詳しい検査を始めた。しかし結果は陸の予想どおり、
「異常なし」
今までと同じだ。原因不明の頭痛。しかし今回の頭痛は今までとは違い今までとは比にならないぐらいの頭痛だった。何故今回あんな激しい痛みだったのだろう。もしもこの先この痛みがずっと続くのなら俺はこれからの人生を普通に生きていけることができない。
そんな人生は嫌だ。俺は普通に平和に生きたい。陸は病室でそんな不安に包まれた。
自分の体が怖い。これからは自分になにが起こるかまるで予測がつかないのだから。
そんな時、頭痛に対しての不安を一人で抱え込んでいると病室のドアが何者かににノックされた。コンコン、陸はドアの向こう側にいる人に声をかける。「どうぞ」
陸がそう言うと部屋のドアが開かれた。そこに現れたのは意外な人物だった。
「やあ、安藤君、体はもう大丈夫かい?」それは陸のクラスメイトで生徒会会長の小田だった。「小田・・・なんでお前が?」
小田は見舞い用に持ってきたであろう袋を近くのテーブルに置いた。「僕だけじゃないよ。もうすぐ青葉さんや新井君もここに来る。親友なんだろ?」小田は続けた。「ちなみに僕はクラスの皆を代表して君の見舞いに来た。大勢で押しかけても迷惑だからね。皆も君のこと凄い心配していたよ」自分にそこまでの人徳があったのか?陸は小田の言葉を疑いはしたが学校であそこまでの騒ぎになればさすがに心配はしてくれるのだろうか?
「ありがとう。心配してくれて、でももう大丈夫で明日には退院出来るって」陸がそう言うと小田は安堵したような表情になった。「そうか。それは良かった」だが陸はそれよりも気になることが一つあった。「それよりあの二人はあとどの位したらここに来るんだ?」陸は小田に聞いた。
「病院に来るまでは一緒に来たんだけどね。病院に着いたら何故か新井君が先に行っていてくれって言ったから最初は青葉さんと二人で行こうとしたんだけど新井君が青葉さん来いって。二人だけの大事な話でもあったんじゃないのかな?」
「そうか」言葉では不安を見せないようにした。でも何故だろうか?嫌な予感がする。最近色々あったから心がビビってしまっているのだろうか?「でも多分もうすぐ来るよ」
その小田の言葉どおり陸の病室の前に香菜がやって来た。
「ほら、まさにナイスタイミング。ってあれ?青葉さん。新井君は?」小田が香菜に近づいた。しかしこの時小田は思った。香菜の様子がどこかおかしいと。
寒いわけでもないのに体が震え目の色が赤くなっている。「オダ 君、お願い。ドイテ」香菜は目に涙を浮かべていた。香菜の口調もおかしい。「あ、うん・・・」小田は香菜に言われるままに道を開ける。そして香菜はゆっくりと陸の方へ近づいた。「香菜?・・・」陸が香菜に言葉をかける。
香菜は陸の言葉を聞いた後、笑顔を浮かべながら言った。「ダ、イジョ、ウブ。陸、ノ セイ ジャ ナイカ ラ。この、サキ なにが、 アッテモ ジブンヲ 否定、シナイデ」
香菜はそう言い残した後、走って病室から出て行ってしまった。「何だったんだ。一体」
小田はあっけに取られた表情をしていた。陸もなにが起きたのかがよく分からない。
香菜のあの言葉と口調は何なんだ。夢の中の口調とはよく似ていたがまさか関係あるのか?
俺のせいじゃない?どういうことだ。やはりこの先、俺がなにかが起きるのか?
香菜になにが起きた?敦は大丈夫なのか?考えたくはないが香菜と二人で一緒にいたなら敦にも香菜と同じ異常が起きている可能性が高い。陸はたまらずベットから飛び出し香菜を追おうとした。だが小田に止められる。「僕が行くよ。安藤君は念のためにも今は安静にしておいた方がいい」だが陸は感情を抑えきれない。「香菜に何かが起きているんだ!俺が行かなきゃ駄目なんだよ」陸は小田の静止を振り払い病室を飛び出して香菜の後を追った。「ちょっと!安藤君!」小田は度重なる不思議な出来事に頭が理解を追いつけないでいた。しかしただ一つ察した。あの三人の中には自分達、いや、世界の人間全員が知らないような不思議な感情があると。その感情はなんなのだろうか。小田はその感情の正体を知る由も無かった。
陸は香菜の後を追っていた。まだこの近くにはいるはずだ。あの笑顔の意味を知りたい。
香菜の笑顔は今まで何度も見たがそれとは全然違う。俺には分かる。
なにか俺に隠さなきゃならないことがあるのか?なら一人で苦しまず俺に言ってくれ。俺はそれを受け入れる。香菜、俺は君の本当の笑顔が見たいんだ。
陸は真剣な様子で香菜を探し回る。その時だった。香菜を探す陸の前にとても正気を保っているとは思えないような乱れた歩き方をした男が陸の前に現れた。「・・・お前、敦か?」敦は香菜と同じ症状にかかっているようだった。体が震え目の色が赤くなっている。
「陸・・・オマエハ オレカラ カナヲ 奪った。俺 カナノコト 好きだった オマエハ オレノ 敵ダ。ユルサナイ・・・ユルサナイ!ユルサナイ!!ユルサナイ!!!」
敦の目からは涙が流れていた。それは今までずっと二人の為にと黙っていた思いが自我で制御できなくなり暴走した瞬間であり同時に香菜と陸に対しての嫉妬が暴発した瞬間でもあった。
「おい、どうしたんだよ敦。お前頭でも打ったのか?ああ、そうか。分かった!ドッキリだろ?俺を驚かして楽しんでいるんだろ?二人で一緒に」その時だった。
敦は今までどこに隠していたのか分からない。だが今、敦の手にはナイフが握られていた。
「嘘だろ・・・敦。そのナイフどうする気だよ」陸は恐怖と身の危険を感じ思わず後ずさる。敦の手は震えていた。「リク、リク・・・・・シネーーー!!!」
ナイフを振り上げながら敦は陸に襲い掛かった。だが陸は恐怖と現実逃避の影響で動くことが出来ずその場で立ち尽くすのみだった。そして敦の振りかざすナイフが陸に襲い掛かる。「ウオオォォォォ!!」 グサ・・・ナイフは陸の心臓を貫きその瞬間陸の意識がこの世界から遠のいた。(ああ、俺は死ぬのか)不思議だ。
死ぬ瞬間なのに自然と落ち着いている。陸は不思議と落ち着いた様子で目を瞑った。
「陸!?ちょっと陸!?大丈夫?」あれ?誰かの声が聞こえる。誰の声だろう。
俺のよく知っている声のはずだが・・・陸は今の状況をよく分からないまま目を覚ました。
ここは病室じゃないか。俺は敦に殺されたはずなのに何故生きている。
「大丈夫か?夢の中で魘されていたようだけど?」隣から知っている声が聞こえた。
「敦・・・」敦だけじゃない。香菜もなにも変わりなくその場所に立っている。
「二人とも、なんともないのか?どこか異常は?辛いこととかないのか?」陸の問いに
二人は困惑した。「・・・?陸、なに言っているんだ?俺達どこも異常はないぞ。まさか夢の中で俺達のことを見ていたのか?」陸は言葉に詰まった。夢の中とはいえあんなことになってしまったので正直に言っても良いか迷ってしまう。「うん、でも大したことじゃないよ。全然気にしないで」すると敦は陸のおでこに向かってデコピンを食らわせた。
「痛った!急になにすんだよ」
「辛いなら隠し事はやめろよ。顔は笑っているけどお前自身は笑ってないんだよ」言っている言葉の意味はあまりよく分からなかったが言いたいことは分かった。
「そうだな。隠し事はよくない。でも敦。もう少し待っていてくれ。ちゃんと整理してから話す」陸がそう言うと敦は安心したのか、口元を少し上げ荷物の整理を始めた。
「え?ちょっと敦!もう帰るの?」香菜は戸惑った。「そうだよ。深刻だって言うから来たのにこんなピンピンしている。だからもう心配してない。それに俺がいるとお前らカップルが存分に病室で存分にイチャイチャできないだろ。だから俺はもう帰る」そう言うと敦は病室から出て行ってしまった。「おい、敦!」陸は声をかけるが敦は気にせず帰ってしまった。「ゴメンね。でも多分、敦も凄く心配していたと思うから敦のことは深く考えないであげて」「そうか・・・」俺が倒れてから色んな人に迷惑をかけた。陸は申し訳なく思う。「大丈夫。皆、陸が好きだからあんなに心配したんだよ。だから気を落とさないで」香菜は陸の心情を察したのか。陸の手を握りしめながらそう言った。「・・・ありがとう」感慨深いものがある。改めてこれが愛というものなのか。陸はその言葉を深く心になじませた。
そして気が付いたらいつの間にか夕方になっていた。香菜は惜しんでくれながらも暗くなる前に病院から帰った。香菜の親の人を心配させるわけにはいかない。
それにしても、俺はどこからまた夢を見ていたのだろう。だが自分ではよく分からない。
結局現実でも小田は来てくれていたのか?それとも小田の出来事は全部夢だったのか?
そんなことを考えていた時、病室に母親がやってきた。「陸?なにボーっとしてるの?そんなことしている暇あるなら明日退院なんだからちゃんと帰る支度しなさい」
「母さん、急に入ってきて怒らないでよ。あとノックもちゃんとしてくれ」母は荷物を窓際のテーブルに置き、持ってきたバッグから荷物を取り出した。「はい!陸お望みの暇つぶしグッズよ」母親の手から現れたのは色んな教科の参考書だった。
「いや・・・母さん、違うそういうことじゃない」もっと別のものを持ってきて欲しかった。何故いろんな選択肢の中から勉強道具を持ってきた?「これで良いのよ。もうここ最近ろくに勉強してないんだから今日はリハビリのつもりで勉強を頑張りなさいって、お父さんが言っていたわよ」「父さんかよ!なんて余計なことを・・・」
陸の様子を見て母は笑いながら言った。「まぁまぁ、そんなこと言わないであげて。それはあの人にとっての陸に対して最大限のエールなんだから」それは父親からの早く元気になれよというエールだった。父さん・・・堅苦しい感じの人だったけどまさかツンデレだったのか。18年一緒に生きてきて初めて見た父親の一面であった。「ツンデレのクセが強すぎだろ。普通でいいんだよ、普通で」
「昔からそうよ。お父さんは昔から恥ずかしいことをするとあんな風になっちゃうの。我慢してあげて」
これが父親の本当の姿だった。ツンデレ・・・いや別にそんな話はもうどうでもいいよ。「そういえば母さん、美佐は元気にしているの?」母さんを見て思い出した。ここ最近ずっと会っていない。何故病院に見舞いに来てくれないのだろうか?今は難しい時期で気楽な性格とはいえ実の兄が倒れたら少しは心配してくれているはずだ。もう相当な用事があるのとしか思えない。
陸は母に質問したが母からの返答はまるっきり予想外の言葉だった。
「え?美佐って誰?私そんな人知らないわよ?」陸は驚いた。「え・・・!?」
母に思ったように伝わらなかったのか。そう思った陸はもう一回質問した。
「いや、だから美佐だよ」だが母親の反応は先程と変わらなかった。
「美佐・・・そんな人やっぱり私知らないわ」母は嘘をついているようには見えなかった。
「美佐だよ!?俺の妹!安藤美佐!!家族じゃないか!?」すると母は陸を見ながらこう言い放った。「なに言っているの?私達の家族に美佐なんて人はいないわよ。もしかして長い時間眠っていたから夢と現実が区別出来てないの?」母親は至って真剣な表情だ。そんな母の様子を見て陸は戸惑った。認知症にでもかかっているのか?いや、今までそんな様子は微塵も見せなかった。しかし母は嘘をついているようには到底見えない。
「いや、だって・・・美佐は俺が倒れる前から」
陸の言葉の終わりを待たず母は陸に言い聞かすように言った。
「陸、いい?聞いて。私達の家族に美佐なんて人間はいない。今、あなたは夢と現実の区別が出来ていない。美佐なんて人間は存在しないの。分かった?」母に強く言い寄られた。
なんなんだよ。次から次に、俺の知らないところで一体なにが起こっているんだ・・・
この時、陸の脳裏にある言葉が思い浮かんだ。「この世界の人間は操られている」
それは夢の中である謎の男の声から聞いた言葉だった。まさか・・・夢の中の言葉は本当なのか。普通ならありえない。実の娘を親が忘れるなんてことはどんな親でもありえないことだ。
それが例え、子供にDVをする親であっても、育児放棄をした親であっても・・・
どう想っても子供のことを忘れるなんて病気以外は絶対ありえないはずだ。
「陸、冷静になりなさい。あなたは多分、今かなり心が疲れているのよ」
もうこれ以上いっても今はどうにもならないだろう。「うん、分かった。母さん、俺が間違っていたよ」もう、こう言うしかなかった。このまま話してもきりがない。諦めるしかなかった。「じゃあ陸、私はもう帰るけど勉強は程々にして早く寝るのよ」
そう言うと母は病室から出ていく準備を進めた。「明日退院だからお父さんと一緒に迎えにくるわね」「ああ・・・うん。ありがとう」そう言い残し母は病室から出て行った。
窓を見るとオレンジの空が既に薄い黒に覆われている。今日が病院での最後の夜だ。ここ最近で起きたことは余りにも謎で数が多い。
これから俺はどうなってしまうのだろう。美佐は消えたのか?夢の中での出来事も・・・
おそらくだが今まで起きた謎の出来事はすべて繋がっている。陸はある仮説をたてた。
夢の出来事はこの先必ず起こる出来事でおそらく黒幕は夢に出てきたあの謎の男だろうと・・・暗くなり不気味にカラスが鳴き始める。そして陸は病院での最後の夜を過ごした。
その夜、体は眠たいのに全く眠ることが出来なかった。今、頭の中にあるのはこの先の不安だけ。ズキ!「ウッ!・・・」それは久しぶりにきた謎の頭痛だった。
(そうだ・・・これもあったな)俺の周りには謎が多すぎる。もうどうすればいいんだ。
誰か教えてくれ。俺はどうすればいい?どうすれば正解なんだ。
18年前から創りあげたこの世界は今壊れようとしている。
きっかけは些細な傷であってもそこに危険な菌が入り込んでしまったら人間はすぐにボロボロになる。この世界も人間と同じだった。今、この世界に危険な菌が芽生えた。
下手したらこの先,菌が繁殖する恐れがあるかもしれない。私のせいだ。私が甘かった。
でも、こうなってしまったら申し訳ないが・・・死んでもらうしかないよな。
しょうがない。この世界の為だ。綺麗ごとはこれで終わり。俺が蒔いてしまった負の種だ。世界の為に偽りの命とはいえども、恨まないでくれよ。お前には迷惑をかけた。 妹が消えたのも私が原因だ。だからそれで良い。私の心を黒に染めよう。
退院当日の日が来た。陸は病院の入り口で迎えを待っている。
空は青く雲一つない快晴だ。だがまだ外は少し暑い。
クーラーの効いた病院の中で過ごしていたのだからそう思うのは当然だろう。
約一週間、そのうちの半分は暗闇で過ごした。闇の中で俺が見た景色の真実の恐怖は
夜、陸の心を暗く臆病にさせるには充分だった。
全ての出来事の中心に俺がいる。そう思ってしまった時からもう心が弱ってしまったのかもしれない。だったら敦と香菜の夢は単に精神的なストレスが原因だったのか。
もしそれすらも後に起こる真実なら・・・陸は敦と香菜の顔を思い浮かべた。
二人は死んでしまうのか?もし仮に死の原因が俺にあるなら俺は死んでいた方がよかったんじゃないか。待っている間、ふとそんなことを考えてしまう。
静かに病院の入り口で待っているとやっと親が迎えにきた。
「陸~お待たせ」母親から機嫌が良さそうな明るい声が聞こえてきた。
「やめてくれ母さん。恥ずかしい」だが母は一切気にする様子はない。
「なによ。一週間も入院していたのよ。ずっと目を覚まさないし、
言い忘れていたけど、陸が倒れたって聞いたときは私、焦りでどうかしそうだったんだからね」続けて母は言った。「でも後からお父さんが来てくれて凄い安心できたわ」
すると母の後ろから父が出てきた。「よく帰ってきてくれた。ありがとう」
短い言葉の中に全ての想いを込めた父の言葉はとても心に刺さった。
気難しいのか、ツンデレなのか、違いはよく分からないが良い父親なのは間違いない。
それは実の息子の陸から見てもそう思える尊敬できる父親としての理想像だった。
そんな父でさえ美佐のことを忘れているのか。「・・・父さん、美佐って人知ってる?」
僅かな望みをかけた。もしかしたら父さんは美佐のことを覚えているかもしれない。
「美佐?いや、知らないな」分かっていた。帰ってきた答えは母と同じだった。すると、
「ちょっと陸!あなたまだそんなこと言っているの?」母は昨日とは違い怒号とも言えるような声で周りを驚かせた。
しかしそれ以上に予想外の母の反応に陸、本人が一番驚いている。
先程、30秒ぐらい前までの母とは別人みたいだ。「ゴメン・・・」陸は謝るしかなかった。
母さん、いつものあなたはそんな小さなことでは怒らないよ。いつものあなたはとても優しく料理が上手い。そしてとても素晴らしい母親だ。まさかもう・・・母さんすらも。
「あ・・・ゴメンナサイ陸。言い過ぎたわ」母は正気に戻ったのか、母は陸に対して軽く頭を下げた。
一抹の不安が陸の心を暗くした。もう少しのことでさえネガティブに考えてしまう。
「母さん、言い過ぎだよ。陸は疲れているんだからしょうがないんだよ」
しかし父の目を見て陸は思う。
(父さん、俺にそんな目をしないでくれ)父は陸を哀れな目で見ていた。
違うんだ父さん、俺の言っていることは本当なんだよ。だが言ってもどうせ信じてはくれない。陸が暗い顔をしていると陸の様子に気づかない母が嬉しそうに言った。
「じゃあ陸、お父さん、早く家に帰りましょうか。私達の家に」そう言って母は一足早く車に戻っていった。そして母を追うように陸は父と二人きりで車に向かった。その時、
「陸」父は言葉を詰まらせたあとただ一つ陸の目を見て言った。
「お前は悪くない。気にするなよ」「え・・・?」ただ一つ、父はその言葉を発した後、一人で車に歩いて行った。しかし陸にはその言葉の意味がよく分からなかった。今その言葉を言う意味があるのか?あるとすれば・・・まさか。いや、そんな訳がない。もし仮にそうならば父はそんなこと言うはずがない。いや、考えすぎだ。俺に警告することなんて・・・。いや・・・思い過ごしか。
しかしこの時、陸の脳に再びあの言葉や色んな出来事が脳裏をかすめた。
「この世界の人間は操られている」「大丈夫、陸のせいじゃない。この先なにがあっても自分を否定しないで」そして今言い放たれた「お前は悪くない。気にするなよ」言葉だけじゃない。夢の中で見た景色、そして謎の男。
美佐はこの世界から存在が消えた。まるで最初から完全にこの世界に存在していなかったかのように思われている。いや、抹消されたと言うべきか。
まさか次は俺の番か。次は俺が消えるのか。・・・消えるってどんな感覚なのだろう。
死ぬとは違うものなのだろうか。だめだ。せめてこの今だけは・・・まだ普通でいられるなら俺は・・・なにも考えないし言わない。美佐のこともいずれなんとかなるかもしれない。「陸、なにしているの?早く行くわよ」母から早く車に来てと言われた。
「うん。今行くよ」こんな気持ちで家に帰るのはとても心苦しい。でも帰ろう。
平和なわが家へ。そして車に乗り込み20分、赤信号で車は止まっていた
車の中で陸は、母親からこん睡状態の間に起こった色んな出来事を聞かされていた。
昏睡状態の最中に学級委員の小田がクラスを代表して見舞いにきてくれたこと、
そして昏睡状態の時、なにやら奇妙な言葉を発していたことだった。
「母さん、奇妙な言葉ってどんな言葉?」陸がそう言うと母は思い出しながら
話始めた。「何だったかしら。たしかいつも小さい細々とした声で「タスケテ」って言ってたらしいわよ。あなた」その言葉は夢の中の出来事に対する思いか、それとも・・・。
陸が考え込んでいると母がこう聞いてきた。「ネェ・・・陸?夢の中で何を見たの?」
母の問いに陸はどう答えればよいのか分からなかった。本当のことは言っても信じてはくれないだろう。陸は言葉に詰まりながらも、「受験へのストレスかな?なんでなのかな?今からでも凄く緊張してるよ」陸は笑いながら言った。勿論今の笑顔は強がりだ。
しかしこの時母は気づいていた。陸が嘘をついていることを、だが聞くことはなかった。
話したいときに話してくれればいい。そう考えたからだ。
「ソウ・・・じゃあこれからは私達も色々あなたの為に気をつけなくちゃね」
・・・?「ありがとう」そう言ったが陸は母の言葉に多少の違和感を感じ取った。
そういえばさっきも・・・「陸 ゴメンナサイ」
いや気のせいだ。俺が勝手にそう思い込んでいるだけだ。夢の中の口調と同じだったなんて・・・俺は信じない。車の中で重い空気が流れ始める。その時、信号は青になった。
青になった瞬間、車は勢いよく再度走り出し、車は家の方向へ走っていく。
陸は顔を手で包み込み深く考え込んだ。するとその時、何処からか声が聞こえた。
(スマナイ。オマエタチハ・・・コレデオワリダ)陸は辺りを見渡した。しかし誰も言葉を発した様子はない。目の前にいる親はまっすぐ前の道を見続けている。
まさかいよいよ来るのか、なにか分からない恐怖が・・・。
陸は恐怖を堪え、車が家に着くまでただひたすら待った。それは10分位だっただろうか。
短い時間だったはずなのに体感時間は一時間のように長く感じた。なにも考えず、ただずっと座って待った。そしてようやく家にたどりついた。その瞬間、陸は逃げるようにして鍵を開け、家に入り自分の部屋に急いで向かった。久しぶりのわが家だがそんなことを考えてはいられない。「陸、どうしたのかしら?あんな急いで」外ではまだ父と母が車から出たところだった。
「さぁ?自分の部屋に懐かしさでも感じたんじゃないのか?」二人は陸の真意を知る由も無い。その頃、陸は自分の部屋に鍵を掛け、机に座り込んでいた。
途中、美佐のあった部屋を見てきたがそこはやはりもぬけの殻だった。前まで美佐がいたようすはもはや見る影もなかった。「お父さん、この荷物どこへおきましょう?」
母は陸が車に置いてきた荷物を父と持ち運んでいた。
「2階の部屋でいいじゃないか。あそこはずっと空き部屋だし特に問題ないだろ」父の言う空き部屋は前までは美佐の部屋だった場所だ。美佐だけでなく美佐の物も一緒になくなっていた。(俺の命も危険だけどそれよりも・・・)陸は考えた。
おそらく今、起きている出来事の中心にいるのは俺だろう。しかしおそらくことの発端はあの謎の男だ。昔から続く頭痛、その頭痛とは違い昼休みに突如襲った激しい頭痛、夢での出来事、美佐の謎、この時、陸は自然に手を強く握りしめた。何故美佐を消した?
俺へのなんらかの当てつけなのだろうか。だとしたら俺はその男を許せない。
俺だけじゃなく美佐にまで危害を加えるなんて。ここ数日、気持ちが短時間で大きく変わる。それは激しいストレスからだろう。 今、陸は冷静さを著しく欠いている
そしてこの時、世界に初めて・・・陸により憎しみの感情が生まれた瞬間だった。
「済まない、お前たちはこれで終わりだ」この言葉をリクのプログラムに埋め込んだ。
男は自分が創った全世界をただずっと見つめる。あの数々の警告は私の慈悲だ。
一部の人間にだけ言わせたが言った本人はそのことに気づかない。夢の中でも十分見せた。
お前には申し訳なく思っているよ。恨むのは私で正解だ。なにも間違っていない。
ただその感情はこの世界にはあってはならないものなんだ。繁殖させるわけにはいかない。
男には未来が見えている。それは神の特権である。全てはこの男の思いどおり。
ただ一つ、ある一つの誤算はある16歳の少女だった。彼女を私は消してしまった。
私がリクに対して作った監視プログラムが暴発したせいでこの様だ。
一言で言うならそれは神の初めての失態だった。今までこういうことがなかった訳ではない。その時は完璧に対処した。
「猿も木から落ちる」その言葉の意味がたまたま彼に起きてしまっただけだ。辛い、とても辛い。私が偽りと間接的にとはいえ命を滅する。
フッ・・・これでは私はこの世界とやっていることが同じだな。結局、私もお前らと同じだったのか。
警告からまる一日が経った。しかし陸にはまだなにも異変は起きていない。
高校からの帰り道、約20分のいつもの道のりを陸は静かに歩く。
学校でも特に変わった雰囲気はなくごく普通に生活できた。入院した影響で話題をあつめたのか、いつもより話しかけてくるクラスメイトは多かったがそれ以外は特になにも変わらない。しかし陸は気づくわけがなかった。
脅威は陸じゃなく陸以外の身近な人間に向いているということを彼は今、知ることになる。
いつもの帰り道を歩き、陸は家に帰ってきた。そして当たり前のように陸は玄関のドアを
開ける。「ただいま」陸はいつも通りに靴を脱ぎ、まずリビングに向かった。
だがこの時、リビングに入ると陸は違和感を感じ取った。どこか家の雰囲気が違う。薄暗い部屋の中で陸の背中の背筋が震えた。
「イタ、リクガ イタ」後ろから知っている声が聞こえる。「母さん・・・」
声の正体は母であった。だが陸は後ろを振りかえることはしなかった。
今の声質は知っている。何度も何回も夢の中で聞いた。だが今は現実だ。
「リク イタ スマナイ サキホド イッタ トオリ キエテクレ」
とうとうやってきたのか、粛清の時が。だが俺は素直に死ぬことはできない。
俺は消さなきゃいけない存在だとしても俺にはまだ大事なものがある。
希望が存在するのに死ぬことはできない。あなたにもゆずれないことがあるように
俺にもあるんだ。それはお互い同じだろう。「創造神」 陸は存在を知っていた。
陸は昨日、頭痛の際に脳にある情報が入ってきたのだ。それは創造神、この世界の成り立ち。この情報を陸が知っていることを神は知らない。たまたまの偶然の産物だ。
今日、神が陸を消すことを決めた前日に陸がこの情報を手にしたことは運命の巡りあわせなのかもしれない。だが心配事として粛清されるタイミングだけが分からないままだったがこれほど分かりやすく出てきてくれるとは。神もたいしたことはないな。所詮人間だ。
すると陸は後ろを振り返った。
「見ているのか?神様。これから俺が粛清されるのを楽しみそうに画面の前で眺めているのか?」陸は母を通して神に直接話しかけた。聞こえているのか、そもそも見ているのかすら分からないが、陸は続けた。「よくも母さんを巻き込んだな。これは見損なったよ。
これじゃあ、神様の世界にいらない人間は神様、あなたじゃないか。神様、お前が一番ひどいよ」操られた母は黙り込むが陸は怒り気味で話を続ける。
「俺の自由は自由じゃなかった。すべて偽りだったんだよ。
俺が父さんや母さんの子供として生まれたのも、美佐が生まれたのも、俺の本当の気持ちも、俺が香菜を好きになった気持ちさえも・・・俺は、不自由だった。
俺の本当の気持ちは今までどこにあった?今の気持ちすら俺はお前に操られているのか?」
操られた母から答えは返ってくることはないと思われた。だが、
「イヤ チガウ サイショカラ オマエハ ・・・・・・・・・・・・・・・。オマエハ トクベツダッタ。チカイ、バクテリア キカナイ。 オマエノ バグ ノ セイデ ワタシト オマエ クルシンダ」
すると操られた母の手にいつの間にか包丁が握られていた。
そしてその力が影響し、陸は神の言葉を包丁の歪みの影響で話の一部分をよく聞けていなかった。
「意志と神経もつながっているのか。俺が言うのはあれだけどそれはそれで悪趣味だな。
殺し方も物理的に殺るのかよ」空間の歪みを利用して神は母に包丁を持たせた。
「ハナシハ コレデオワリダ。ワタシニハ モウ ジカンハナイ」
包丁の先が陸の方に向けられる。すると陸は最後に神に向けてあるとこを言った。
「神様、最後に一つ聞かせてくれ」包丁を陸に向けたまま神は少し考えた末、許可をだした。
「・・・ナンダ?」
「俺を殺せる機会は今日だけじゃなくて前からあったよな。なぜその時に殺さなかった」
「・・・・」数秒の間が空いたところで神は答える。
「オマエハ シッテイルンダロウ ワタシハ クルシカッタ。オマエヲ コロスシカ ホウホウガ
ナイコトニ ワタシハ ココロヲ イタメタノダ」
「つまり俺を殺すことにためらったということか?」
「ソウダ オマエハ ワタシノ ナサケナサニ イカサレテイタ ダケダ」
そしてこの時、陸はバッグからあるものを取り出す。「・・・それはなんだ?」
「ナイフだ。この世界には凶器がろくにないからね。」陸はナイフの先をじっと見つめる。
「本当にこれでサツジン?ってやつができるのか?凄く不思議だ」
この瞬間、神は察した。この男は私がよく知っているアイツらと同じ目をしている。
「マテ! マサカコロスキカ? オマエノ ハハオヤダロウ?」
だが陸にはもう迷いがなかった。「母さんじゃない。どうせ母さんはもう操られて本来の母さんはいない。俺の家族を二人も奪ったお前に・・・今から俺もお前と同じになる」
陸はここ数日で「犯罪」という恐怖の全貌を知った。この世界にはない異世界という場所で繰り広げられる恐怖の出来事。
「止めるにはもうこれしかないんだ。お前のしている行為は俺からしたら犯罪だ。それでも俺は苦しんだ。でも理解した。犯罪という行為には犯罪でしか対抗できないんだよ。人はそれぞれがそれそれで違う考えを持っている。それを強引に抑え込んでもし解き放たれたら今の俺のように暴発してどうしようもなくなってしまう。悪い事なんだろ?サツジンは・・・。でもこの世界では神のお前がそれを自発的にやった。ならそれはもう決まったルールだ。倒したい敵が目の前にいる。・・・ならお互い殺し合うしかないだろ」
この世界には決まり事、司法 法律が存在しなかった。平和な世界に司法は必要ないだろう。犯罪を犯すこともないのだからそれを定める法律も必要ない。
理想には間違ってはいなかった。ただ一人、18歳の少年は人を殺すことがどういうことなのか具体的にはよく分かることはできなかった。
「ごめんね。でも母さんも分かってくれるよ」
そう言って陸は母の体に向けてナイフを向ける。「じゃあ、また今度ね」
陸は笑顔で母にナイフを向けながら近づく。母の体を操っている神も陸に包丁をむけ近づいた。「オロカダ ワタシモ ソシテ オマエモ」
「「死んでくれ、(ワタシ、俺)の為に」」陸と神が包丁とナイフをお互いにかざす。
そしてこのままいけば先に相手の体を刺すのは陸になるだろう。
だがこの展開は神にとっては想定内のできごとだった。
ナイフを振りかざそうとした陸は自分の背面からある感触を感じとった。
それは自分の背中からヘソの緒に銀色の包丁が貫かれた感触だった。
この時、陸は激しく口から血を吐き包丁をお腹から抜き取られた刺し傷から大量に出血した。「ウカツ ダッタナ。 ヒトリ ジャナイ オマエノ テキハ ミンナ テキ。
ワタシノ ミカタ コノセカイ ニ イッパイ イル」
陸は力を振り絞り後ろを向いた。声の正体はよく知っている。
「父さん・・・。父さんもかよ」
「オマエモ サッキイッタダロウ フツウノニンゲンハ イシ ト シンケイガ ツナガッテイル。オマエイガイノ ニンゲンヲ アヤツルコトナンテ カンタン ナンダヨ」
父親と母親を乗っ取った神は続けて陸に止めを刺そうとする。
「く・・・そ」陸の意識が朦朧としてきた。おそらくもう陸は助からないだろう。
放っておいてもいずれは死ぬ。そのことはもう陸自身もよく分かっている。
「可哀そうな、奴だな。神様って人は・・・操ることでしか世界を救えないなんて・・・。
そこに本当の喜びはあったのか?神様の、人生。可哀そうで、同情するよ」
陸は最後に神に向けてそう言い放った。
しかし陸は神に起きた悲しい現実を知らない。神は強く拳を握りしめた。
「サイゴ ニ ヒトツ オシエテヤル。リソウ ナンテ ゲンジツ ニハ ナインダヨ」
神の言葉を聞き終えた陸は薄れる意識に逆らうことなく静かに目を瞑った。
これで当初の神の目的どおり、このデータの陸は永遠の眠りにつく。
陸が消えたことによる世界の影響は多少あるが、意志を操れば問題ない。
青葉香菜、新井敦、その他のクラスメイト、高校の教師、家族。
すべての陸の記憶と騒動のデータ、完全削除。
・・・・・・・・・・・・・・・・・「ここは・・・どこだ?」