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終末的日常論  作者: 杉下 徹
一章  黒
7/54

1-6

「……意外と早く終わったな」

 日が沈むどころか、これからやっと下り始めたくらいの時刻。

 俺達は昨日の夜から今日にかけて近辺で発生した4つの【無】の見回りを終え、最初に足を運んだ駅周辺にまで戻って来ていた。依然として残る【無】は、今日見た中でも最大の大きさという事もあり、一際負の存在感を放って見える。

「手掛かりは無し、ですね。良かったんだか、悪かったんだか」

 予想通りと言うべきか、俺達が見て回った限りでは、彼方に関係のあるような物は見つからなかった。そうそう都合良くストラップなり携帯なりが落ちているものでもないだろうが、それでもやはり徒労に終わった感は否めない。一応、近辺の住民に聞き込みなどもしてみたが、そちらも結果は同じで、有力な手掛かりは無し。

「何も無かったんだから、良かったんじゃない? 少なくとも、彼方はあの四つのどれかの被害にあったわけじゃないって事だし」

 可乃の言う通り、彼方の目撃情報なり私物なりが見つかっていたら、そちらの方が彼方が【無】に飲み込まれた可能性を強める事になる。何も無かった現状は、俺達としてはむしろ喜ぶべき事には違いない。

「……うん、そうだね」

 ただ、この消極的な朗報だけでは、白羽を安心させるには十分では無かったらしい。ここまで彼方と連絡が取れていないという事もあり、事態としては好転したと言い切れるものでもない。

「とりあえず、これからどうする?」

 彼方の件については解決していないが、これ以上何か出来る事があるわけでもない。差し当たって、一端はその事を忘れて次の行動を選ぶ必要がある。

「私は、午後からでも授業に出ようかと思ってるけど」

「真面目ですねぇ、可乃先輩は。私は、今から学校に戻るっていうのもあれなんで、家に帰るか、誰か遊んでくれるならそれで」

「私は……ごめん、帰ろうかな」

 返事は三者三様だった。

「じゃあ、先輩、遊んでくれますか?」

 残りの二人が遊び相手から除外された事で、消去法的に遥香は俺に照準を定めていた。

「いや、俺も帰って寝る」

 学校に戻るつもりも無いので、遊んでやっても良かったのだが、朝からの眠気が幾分強くなってきている。正直、今は遊びたいよりも眠りたい欲求の方が強かった。

「むぅ……いいですよーだ。一人でゲームでもしてますから」

「悪いな、そうしてくれ」

「と言うか、暇なら授業出なさいよ」

「それは勘弁です。私は遊びたいんですよ!」

 声を張り上げる遥香は、その実、気晴らしをしたいのかもしれない。彼方の行方不明が気に掛かっているのは、何も白羽だけではないだろう。

 可乃も、傍目にはわかりづらいが、普段よりも落ち着きが無い。あるいは、俺がそうだからそのように見えているだけかもしれないが。

「とりあえず、一旦、ここで解散にしよう。何かあったら、連絡でもしてくれ」

 区切りとして解散を宣言すると、可乃は学校へ、遥香は駅の方へと散っていった。それぞれ不安はあるだろうが、それは各々で解消するしかない。

「じゃあ、帰るか」

 白羽とは家が近いため、普通に行けばここからは二人で帰る事になる。一応は解散したからといって、わざわざ別々に帰る必要は無いだろう。

「うん、そうだね」

 どちらからともなく一歩を踏み出し、そのまま肩を並べて歩く。

 何と声を掛けていいのかわからないままに、見慣れた街並みが過ぎていく。白羽も特に話したい事も無いのか、無言のままだ。

「……じゃあ、また」

 気付くと、白羽の家の前まで来ていた。このまま別れていいものか悩むが、特に呼び止める理由も見つからず、短く別れの言葉を告げる。

「うん、またね」

 小さく手を振り、白羽は家の扉へと向かう。鞄を開いて、鍵を取り出すところまでをなんとなく眺め、俺も再び歩き出す。

 それからほどなくして、俺も自分の家に辿り着いた。鍵を開け、玄関で靴を脱ぎ、部屋に鞄と脱いだ制服を投げ、無人のリビングに向かう。

 一年前、高校に入って少し経ったくらいの頃から、この家に暮らすのは俺一人になっていた。原因は両親の離婚であり、その際にどちらにも着いて行かない事を望んだ俺と、おそらくはどちらも俺を引き取りたくなかった両親の意見が合致し、家族三人は別々に暮らす事になった。まだ生活能力の低い俺には、元々家族で暮らしていた家としばらく生きていくには十分なだけの金が与えられ、なんとかこうして生活している次第だ。

 なんて話をすると、大抵の場合は家族仲が悪かったと思われるが、実際のところは、特にそんな事はなかった。俺は父母共にどちらかと言えば好きだったし、両親の仲も最後まで穏やかに終わっていった。家と貯蓄の内いくらかを残してくれるくらいには、俺の事も気に掛けてくれてはいたのだろう。

 きっと、俺を含めた家族が【無】が世界を終わらせると信じていなければ、こういった形にはならなかったのだと思う。世界の終わりを前にして、それぞれが本当に自由に過ごすには、家族という関係が少しばかり重過ぎる枷だっただけで。

 冷蔵庫から麦茶を取り出し、コップに注いで口に運ぶ。喉の乾きを潤したところで、棚から菓子パンを手に取り、立ったまま数口で食べ終える。あまり腹が空いているわけでもなく、昼はこの程度で十分。寝起きに腹は空くだろうが、それはその時に考えればいい。

 丸めた袋をゴミ箱に投げるも、宙で解けてそのまま落ちる。わざわざ拾いに行くのも面倒なので、そのまま放置して自室に向かう。

 部屋に戻ると、先程放った制服がベッドの上に乗っていた。これから寝るのに邪魔なので、床に払い落とす。一旦横になり、布団を被ってみると、日差しが鬱陶しい事に気付いてしまい、一度起きてカーテンを閉める。これで寝る準備は万端だ。

 目を閉じると、まるでタガが外れたように一気に睡魔が押し寄せて来た。苦痛にも似た目の疲れは、それゆえに快感へと変わって俺を眠りに誘っていく。

 何を考える猶予も無く、ごく自然に意識は消えていた。

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