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終末的日常論  作者: 杉下 徹
一章  黒
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1-5

 世界は終わる。

 世界で最初にそう言い出したのが、誰だったのかは知らない。ただ、俺が最初にその事実について知らされたのは、他でもない彼方によってだった。

 もっとも、強がっているわけではないが、その時には俺もなんとなく似たような事を想像してはいた。あるいは、もしかしたら、世界中の誰もがそうだったのかもしれない。その頃にはすでに、【無】はこの世界にいくつも存在していたのだから。

 虚空、喪失、あれ、など、呼び名は【無】以外にもいくつかあり、統一されているわけではないが、それらの意味するものは全て同じ、黒に塗り潰されたような球形。世界を終わらせる理不尽なまでの【無】だ。

【無】がこの世界で最初に発生したのは、おおよそ五年ほど前と言われている。あくまで五年ほど、であり、正確な時期、場所については明らかになってはいないものの、気付いた時にはそれは世界中に現れていた。

 この駅前周辺だけでも、つい先日の喫茶店跡を始めとして、反対口の古着屋、十階建てビルの七階部分、そして迷惑なところでは地下鉄プラットホームの入り口を丸々覆い尽くし、その使用を今も中断させ続けているものなどもある。

 もちろん、【無】の発生は何もこの駅前に限った事ではなく、世界の各地で今この瞬間にも増え続けている。

 あるいは、減り続けていると表現する方が相応しいのかもしれない。【無】と呼ばれる黒の半球が出現したという事は、同時にそこにあった空間が消え去った事を意味するのだから。

 その中にあった建物や人だけでなく、空間自体の消失。

 光を反射しない絶対的な黒が示すように、【無】はただ何も無い空間ではなく、空間の無い事を示す記号だ。その端と端は繋がっていて、それがいくら大きな【無】でも、そこに入った瞬間、物質は向かい側から排出される。

 つまり、【無】となって見える体積分の空間は、実際はこの世界から丸々消え去っている。少なくとも、そういった考え方が現在の主流だった。

 だから、この世界はいずれ終わる。【無】の発生頻度と範囲がこれまでと同じと想定すると、地球の表面積が【無】に埋め尽くされるには短くても五十年以上は掛かる計算らしいが、その半分にも満たない時点で十分に今の社会は崩壊するだろう。

「……これは、また、近くで見るとやたらと大きいわね」

「位置も面倒な場所にありますね」

 今、俺達四人の前にある【無】は、これまで実際に見た中では一番と言っていいほどに大きい。道路の半分、車道の一方に完全に重なっている事もあり、場所としてもかなり邪魔だ。物質が【無】の中を通り抜ける事ができるとは言え、先の見えない漆黒が交通の妨げにならないわけもない。

「喫茶店、か。ここの発生時刻は何時だった?」

「昨日の7時37分ですね。人通りも多いので、誤差はほとんど無いかと」

 遥香が鞄から取り出したノートパソコンの画面には、【無】の発生地点と最初に目撃された時刻を纏めたサイトが写っている。あくまで目撃情報のため、完全に正確というわけではないが、有名なサイトのため、集まる情報は多い。

「そのくらいなら、まだ営業時間内だな」

 喫茶店でくつろぐ彼方の姿を想像してみても、それほど違和感はない。ただ、わざわざ家から出てコーヒーなりを飲みに行くものかというと、俺の知っている彼方にはそんな趣味はなかったように思える。

「とりあえず、一度周ってみよう」

 光を無視したような【無】の周囲は、距離感というものが曖昧に見える。全体像を掴む為にも、周りを一周してみるのがいいだろう。

「それなら、右回りと左回りで二手に別れない? その方が効率良さそうだし」

「どうせ一周するんだから、変わらないだろ」

 可乃の提案は、合理的なようで実はそうでもない。

 俺達はここの探索を終えたら駅に行って電車に乗るため、向こう側で合流したところで結局はこちらに戻ってくる事に変わりはない。

「でも、なんとなくですけど、二人組の方が良くないですか?」

 しかし、遥香は可乃の意見に賛成のようだ。

「まぁ、俺は別にそれでもいいけど」

「それならそうしましょう、組み分けはグーチーで」

 俺としてはどちらでも構わないわけで、白羽からも反対が無かったため、遥香の掛け声に合わせて四人で手を振る。俺と白羽がグー、可乃と遥香がチョキと、一度で二人組が二つ綺麗に決まった。

「可乃先輩とですか。じゃあ、次は両チームでじゃんけんして代表を決めてから、代表同士がじゃんけんして右回りか左回りを選ぶ事に……」

「どれだけじゃんけんしたいのよ。どっちでもいいから行くわよ、ほら」

「あ、ちょっと、まだ……」

 言葉を終えるより先に、遥香は可乃に【無】の右へと引きずられていく。

「じゃあ、俺達も行くか」

「うん、そうだね」

 俺も白羽に声をかけて、左向きに歩き出す。

 表面上取り繕ってはいるが、まだ白羽には元気が無い。そして、嬉しくない事に、おそらくこの探索から劇的な良い結果は得られないだろう。これは彼方の痕跡が無い事を確認するための行為であり、もし新たな発見があれば、それはほぼ間違いなく彼方が【無】に飲み込まれた事を裏付けるものになる。

「…………」

 互いに言葉も無く、【無】の周りを歩きながら視線を散らす。

【無】は綺麗に喫茶店を消し去ったようで、周囲には壁の残骸一つ残っていない。となると見るものもほとんど無く、探索は手早く進んでいく。

「あれ、もう会っちゃいましたね」

 大きいとは言え、所詮は喫茶店の外周と少し。程無く、先程別れたばかりの遥香と可乃に正面から合流する。

「何かあったか?」

「こっちは、特に何も。そっちは?」

「こっちも何も無かった」

 短く情報交換するも、互いに成果は無かった事がわかるのみ。

「一応、このまま行って、またあっちで合流しよっか」

「そうね、もしかしたら何か見落としてるかもしれないし」

 白羽が提案し、可乃が賛同するも、どちらもそれほど期待しているわけではない。とは言え、念を入れておくのも悪い事ではない。

「じゃあ、また、向こうで」

 一旦の別れは簡単に済ませ、すれ違うようにして可乃達が来た方へ向かう。

「……志保は、お兄ちゃんは無事だと思う?」

 背後の足音が遠ざかっていったところで、白羽は俺だけに聞こえる声で呟いた。

「俺には、彼方がそんなに簡単にどうにかなるとは思えないな」

 返した言葉は、紛れも無い本音である事はたしかだ。しかし、唐突に空間とその中の人間を消し去る【無】の前では、如何に彼方が優れていようと抵抗する余地すら無いだろうと、冷静に分析している自分もいる。

「だよね、お兄ちゃんだもんね」

 笑みを作って見せる白羽にも、そのくらいの事はわかっている。結局、彼方と接触が取れるまで、俺が何と言おうが不確定な不安は残り続ける。

「そろそろ一周だね、何も無かったけど」

「そこは、彼方の携帯なんかを見つけなかっただけ良しとしよう」

 これと言った手掛かりを得られないままに、再び可乃達の姿が見えてきた。首を横に振る可乃の様子から、あちらも何も見つけられていないようだ。

「……あれ、何だろう」

 歩調を速めて二人と合流しようとしたところ、後ろからの白羽の声に足を止める。

「どう? そっちも何も無いでしょ?」

 早足で寄って来た可乃と遥香を余所に、白羽はしゃがみ込み、【無】へと手を伸ばす。

「羽……かな?」

【無】へと消えていったようにも見えた白羽の手が引き戻された時には、その指の間には彼女の名前と同じ、白く輝く一枚の羽が挟まれていた。


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