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終末的日常論  作者: 杉下 徹
一章  黒
5/54

1-4

 軽いチャイムの音を背に、四人で並んで校門を抜ける。

 遅刻だとばかりに駆けてくる男子生徒とすれ違うも、朝から校舎を後にする四人組に特別驚いた様子もなく、慌ただしい足音はすぐに離れていった。

「やっぱり、まだまだポジティブな人もいるんですね」

 感心したような声を漏らしたのは、遥香だった。

「どっちがポジティブなのかは、微妙な話だけどな」

「たしかに、それもそうですね」

 言葉を交わし、どちらからともなく目の前の街並みを眺める。

 昨日までと同じ風景は、少なくとも特筆するほど悪くはないのだろう。広めに幅を取った道路は真っ直ぐに伸び、両脇には民家や花壇が立ち並び、そしてそんな中に一つ、唐突に、そして不自然に、【無】が口を開けている。

「まずは駅前に行って、それから電車で他の場所に行く、でいいか」

「それでいいんじゃない? 3つの順番はどうでも同じだし」

 俺の提案を可乃が受け、白羽と遥香も頷く。

「…………」

 誰が引き起こしたでもなく、むしろ誰もが会話を切り出さないが為に、妙な沈黙が生まれていた。

 黙っていても気まずいような仲では無いが、今に限っては余計な事を考えないよう賑やかにしていたい。適当な話題を探すも、すぐには思いつかずに頭を掻く。

「そう言えば、みんなは今度のテストどうするんですか?」

 会話を切り出してくれたのは、またも遥香だった。はっきり言ってどうでもいい話題だが、この場合はどうでもいいからこそ良い。

「テストって、学校のテストか?」

「はい、そうです。先輩達も勉強してないでしょうし、どうするのかな、と」

「達、って、一括りにしないでよ。私はちゃんと勉強してるから」

 口を尖らせた可乃は、遥香の言う先輩三人の中で唯一、真面目に授業に出ている。保健室登校ならぬ屋上登校の俺や、放課後登校の彼方と括られるのは不満なのだろう。

「可乃ちゃんは真面目だもんね」

 微笑みを浮かべる白羽も、なかなかに真面目な方だ。時々授業を抜けたり、学校を休んで俺や彼方と遊ぶ事もあるが、その程度ではテストの点数に支障が出る事もない。

「テストは受ける。彼方も、前のテストでは来てたから、次も来るだろ」

「たしかに、彼方先輩は前回の成績優秀者のところに名前出てましたもんね」

 納得したように頷く遥香を、可乃が不満気に見つめる。

「一応、私も乗ってたんだけど」

「そうだったんですか? すみません、見逃してました」

「あんなもの、一位くらいしか見ないから仕方ない」

 謝る遥香にフォローを入れておくも、そもそも彼方が学年一位を取っているという事実に納得していない可乃にはあまり意味が無い。

「それはそうだけど……ったく、彼方の頭はどうなってるんだか。実はテスト前に猛勉強したりしてるわけ?」

「お兄ちゃんは、教科書を一回ずつ流し読みくらいはしてたけど、それくらいかな」

「うぅ……なんなのよ、もう」

「諦めろ、彼方と張り合うのは分が悪すぎる」

 打ちのめされた可乃の肩に、軽く手を置く。

 こう言っては何だが、彼方は紛れも無く本物の天才だ。何をやってもトップに立てるどころか、何もやらなくても何でも出来るような化け物じみた才能は、競争相手にするには適切ではない。

「うっさい、志保も志保で勉強せずテスト通ってるじゃない」

「俺は勉強しなくても解けるのを解いてるだけだ」

 まともに学校に通わない生徒が相当数いるおかげで、テストの平均点はおそらくかなり下がっている。そんな中で赤点を取らないくらいの事は大して難しくもない。

「そんなやり方があるんですか? ぜひ教えて下さい!」

「志保なんかに教わるより、勉強なら私が教えてあげるわよ」

「えーっ、勉強はしたくないんですよぅ」

 俺達の中で最も勉強面での問題を抱えているのは、おそらく遥香だろう。授業にはそれなりに出ているようだが、それも主にクラスメイトと話すためらしく、元々勉強が苦手だという遥香はテスト前にはいつもこんな調子だ。

「テストさえどうにかなればいいんです、噂では、それだけで進級できるらしいですし」

「まぁ、機会があったらだな」

 どうせ毎日のように顔を合わせているわけで、勉強を教える時間くらいなら、いつでも作れる。俺が人に勉強など教えられるのかどうかは、また別の問題だが。

「あっ……あれ、かな?」

 白羽の声につられるようにして、自然と視線が前へと向く。駅前の道、幾度も見た風景の中、明らかな異物がそこには存在していた。

「うん、そうだね。思ってたより大きいけど、位置的にはあれで合ってるかな」

 進行方向の先、道路の半分とその脇の喫茶店があった場所までを塗り潰す巨大な【無】を目にして、俺達の足取りはわずかに重くなっていた。

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