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終末的日常論  作者: 杉下 徹
四章  類
41/54

4-2

「あっ、志保! まさか、こんなとこで会えるとは」

 最初に声を掛けられた時、それが誰だったか完全に忘れていた。

「誰だ?」

「あー、やっぱり忘れてるか。ほら、ボウリング場で会ったじゃん、覚えてない?」

「……ああ、悠、だったか」

「そうそう、それそれ」

 話を聞いても、顔にピンと来たわけではなかったが、それでも出会った時の事くらいは覚えている。可乃や白羽、遥香に声を掛けていたナンパ男。その片方の、なぜか自分の名前と連絡先の書かれた紙を俺に渡した悠という男が、今目の前にいるのだろう。

「って言うか、俺、連絡くれんの待ってたんだけど」

「本気で連絡すると思ってたのか?」

「いや、半々くらい。でも、そんくらいの方が気になったりするじゃん」

 そう言って無邪気そうに笑う悠は、やはり少しおかしな奴なのかもしれない。

「紙、失くしたんだよ」

「あー、なるほど。それなら、もう一枚、いや、四枚やるわ」

「……何の為にそんなに持ってるんだ」

 前にも受け取ったのと同じ、『愛を込めて』というメッセージと連絡先、そして名前の書かれた紙を四枚も押し付けられ、ただ呆れる。

「そりゃ、ナンパの為だよ。こうして物にして渡しておくと、気まぐれに連絡してきたりとかあるじゃん?」

「あるのか?」

「……実際、あんま無い」

 げんなりとする悠をおかしく思うも、俺自身がその思惑に乗りかけた事もあり、あまり笑うに笑えない。

「それで、志保は何してたん? 暇だったら、少し駄弁るのとかどうよ?」

「何、と言われると、野次馬、かな」

 俺が一人で最寄りの駅から駅二つほど離れたこの場所に足を運んだのは、新たな【無】の発生の噂を耳にしたからだ。

 単なる【無】なら、今もこの世界で絶え間無く発生し続けており、それほど気にする事ではない。しかし、俺の向かっていた先の【無】には、噂通りなら、人間の子供ほどの大きさの白い翼が三枚、重力に逆らうようにして聳え立っていたという。

 それが意味する事はわからないし、わかったところでどうなるものでもないかもしれないが、そんな異常現象の噂は、時間を持て余していた俺の暇を潰すには十分だった。

「野次馬? って事は、あれか。でも、今はもう羽も撤去されてるから、見ても面白くないと思うけど」

 俺の言わんとした事を察したようで、悠は大仰に首を振った。

「この近くに住んでるのか?」

「近く、って言えば近くだけど。トモっていたじゃん、あの、ボウリング場で俺と一緒にいた奴。あの黒いのが出たの、あいつの家の跡地なんだよね」

 悠はそんな事を、何でもないように言ってのける。

 家が【無】に呑まれたという事は、その中にいた人間の消失と同義だ。あるいは、可乃のように、その時に家にいなかったという事もあり得るが。

「そいつは、どうなった?」

「多分、ダメだった。まぁ、見てたわけじゃないけど、連絡付かないし」

 赤の他人だからこその無遠慮な問いにも、悠は顔を軽くしかめただけで平然と返す。

 消えたところで、それほど心が痛む仲ではなかったのか、ただの強がりか、それとも悠がそういった事に鈍感なのか、判断できるほどの材料は俺にはない。

「そんなわけで、暇なわけ。野次馬の後でもいいから、どうよ?」

 先程の口振りでは、悠は翼が撤去される前の【無】の様子について知っているのかもしれない。ここに来た目的を考えれば、話を聞いてみるのも悪くないだろう。 

「ああ、わかった。少しなら付き合おう」

 そして何より、悠との会話はきっと面白くなるような予感がした。

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