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終末的日常論  作者: 杉下 徹
三章  刹
36/54

3-11

「……もうこんな時間か」

 なんだかんだゲームセンターで数時間を潰し、そのまま遥香と別れた時には、すでに時刻は六時を回っていた。少し寄るところがあるから、と言った遥香に従って現地解散したが、念を押して送っていった方が良かったかもしれない。

「まぁ、別にいいか」

 後悔に変わりかけた思考を、声に出して断ち切る。

 小柄で華奢に見えて、遥香は意外と動ける。もし何か面倒な目にあったとしても、遥香一人ではダメで、俺がいればどうにかなるという状況もそうは無いだろう。

 止まりかけた歩みを再び進めてすぐ、足が重い事に気付いた。

 疲れは多少あるが、そういった肉体的なものとはまた違う精神的な重さ。家に帰り、可乃に会う事を尻込みしている自分がいる。

 一応とは言え、恋人の関係になった俺に、可乃はどう接してくるのか。俺はどう返せばいいのか。本来、その未知は心が躍るものであるべきなのに。

 いつしか、足の向かう先は自宅ではなく白羽の家になっていた。

 いつか訪れるであろうと、訪れてくれと思っていた白羽の家を訪れるきっかけは、奇しくも『家に戻りたくない』という負の欲求によるものだった。結局、逃避によってしか行動を選べない自分を、どこか俯瞰で見ている自分が皮肉気に笑う。

「……………よし」

 迷う事なく辿り着いた白羽の、そして彼方の家。一度は止まりはしたものの、自分でも意外に、すんなりと指がインターホンを押す。

 間の抜けたチャイム音が響き、それで終わる。家の中から生活音も聞こえない。

 それでも、二度、三度と繰り返し指を動かす。なにせ、リビングの照明は点いているのだ、出掛けているという事はあるまい。

「志保?」

「ああ、俺だ」

 予想通り、やがて根負けしたのか、扉を開けた間から白羽が小さく顔を出してこちらを覗き込んできた。

「何か用事? それとも、遊びに来ただけ?」

「なんだろうな、特に用事ってわけでもないんだけど」

 外見的には特に変わったところは無いものの、白羽はどことなく常よりも元気が無いように見える。

「とりあえず、入ってもいいか?」

「ダメ、とは言わないよね」

 笑みの表情を作り、白羽は招き入れるように扉を大きく開け直す。

「どうぞ、あんまり片付いてないけど」

「いや、綺麗なもんだ」

 急な訪問にも、廊下から居間まで乱れたところは見当たらない。どうやら、掃除や整頓をする程度の心の余裕はあるようだ。

「ちょうど、これからごはん食べるところだったんだけど、志保も食べてく?」

「食べてくっていっても、一人分しか作ってないだろ」

「実は、一人で夕飯作るのめんどくさいから、最近はいつも鍋にしちゃってるの。そういうわけだから、材料を多めに足すだけで大丈夫だよ」

「それなら、お言葉に甘えようかな」

 白羽の鍋も魅力的だが、何より白羽だけが食事をしながら話をするというのはいささか不自然だ。ここは提案に乗っておくのがいいだろう。

「そうだ、可乃も誘ってみてもいいか?」

 俺が白羽の家で食事を取るとなると、俺の家にいる可乃を放置しておくのも薄情に思える。昨日までは食事を取る様子を見せなかったものの、一段落付いた様子の今の可乃であれば、あるいは来たがるかもしれない。白羽と立ち入った話はしづらくなるだろうが、共に食事をして団欒を過ごすだけでも十分と言えば十分だ。

「可乃ちゃんは、志保の家にいるの?」

「今いるかどうかはわからないけど、寝泊まりはしてる」

「そっか……」

 何か考えるように目を細めると、白羽は黙り込んでしまう。

「……志保がいいなら、それでもいいよ」

 含みのある言葉に、携帯電話に伸ばしていた手が止まった。

「ああ、そうだな」

 掴んだ携帯から、夕食は外で食べてくるという内容のメッセージを可乃へと送り、すぐに鞄に仕舞う。

「白羽、話がある」

 どこまでかはともかく、白羽は俺が訪ねてきた用件をある程度まで見抜いている。あるいは、そうなるように仕向けたのか。どちらにしても、ここで問題を曖昧にする事は許されないと、場の空気がそう告げていた。

「どうして、俺達の前に顔を出さなくなったんだ?」

 問い掛けの瞬間、俺はまっすぐ白羽の顔を見ていたから。薄く浮かべた笑み、その裏に寂しげな感情が潜んでいる事まではっきりとわかってしまった。

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