3-8
「可乃と付き合ってるって、本当?」
いつかと似た構図、学校の屋上で南雲が俺を見下ろすようにして問いを投げる。
「授業はどうしたんだ?」
「志保くんと同じ。だから、非難される筋合いはないと思うけど」
「ただ聞いてみただけだ、非難なんてしない」
午前中で授業というものの退屈さを再確認して逃げてきた俺と、普段から授業に出席している南雲のサボりでは意味が違う。ただ、そこを掘り下げる気にもならなかった。
「可乃と俺が付き合ってるか、だったか? なんでそれを俺に聞くんだ?」
「なんでって、当事者だからでしょ。他に誰に聞けば――」
「可乃に聞けばいい。可乃とはそれなりに仲は良いんだろ?」
「それは……」
一言、指摘するだけで南雲は押し黙ってしまう。
元より、南雲は理性的な人間とは言い難い。それほど付き合いの無い俺にすらわかるほどに、非常に感情に振り回されるタイプの少女であり、はっきり言うと相手をするのは面倒な類だ。
「南雲は、屋上は好きか? 空を見て、安心するか?」
だから、追い払ってやろうと思った。
「えっ、何、屋上? 空?」
「ただの質問だ。答えてくれれば、俺もお前の質問に答える」
初めは戸惑っていた南雲だったが、すぐに上を向いて考え始めた。
「空は、好き。安心するかは、良くわからないけど。それに、屋上も好き」
「そうか」
なんとなく、そう答えると思っていた。
「じゃあ、彼方とは逆だな」
「彼方くん?」
「彼方は、空が嫌いだった。【無】に呑まれない空が、ただひたすらに青さを保っている空が、地上を這い回るしかない俺達を嘲笑っているみたいだ、なんて言って」
南雲は、彼方の事が好きだ。
特に彼方に関して、極端に感情の振り幅が大きくなり、理性的とはほど遠い行動を取る南雲を見てきた俺だから。ここで彼方の名前を出した事で、弾けるように逃げ出す南雲の姿が簡単に想像できた。
「でも、志保くんは好きなんでしょ、空も屋上も」
だから、そんな事を冷静に指摘されるだろうなどとは思っていなくて。
「それなら、私も志保くんと同じように、彼方くんと仲良くできるよね」
いつからか南雲が俺を『志保』と名前で呼んでいた事に、やっと気付いた。
「ねぇ、答えて。志保くんは、可乃と付き合ってるの?」
最初は理解できなかった問いの意図が、奇妙な形をもって浮かび上がってくる。
「もしそれが嘘なら、そうじゃないんだとしたら、私と――」
「冗談じゃない」
こんなもの、悪い冗談だとしか思えない。
彼方が消えたから、だから俺に乗り換えるなどと、南雲は俺がそんな事を受け入れるとでも思っていたのだろうか。
「俺は、彼方の代わりにだけはならない」
彼方に勝てない事は、とうの昔に知っていた。諦めてもいた。
だからと言って、こうも露骨に彼方の予備として扱われる事に耐えられるほど、俺は自尊心を捨てきれていたわけではない。
「違っ、そういうわけじゃ……」
「何にしろ、俺はお前の事が嫌いだ。だから、そういう気はない」
南雲の本心については、実のところ確信はない。
一昨日の件で、何かまかり間違って俺が『暴行されそうになっているところを助けに来た王子様』にでも見えていた、なんて事も否定はできない。
ただ、結局のところ、俺がどう思ったかが俺にとっては絶対で。それは南雲がどれだけ綺麗に理屈を並べ立てたところで、覆る事はないだろう。
「……可乃と付き合ってるのかどうかは、俺にもわからない」
去り際に残した約束の問いの答えは、南雲にはどう聞こえていたのか。




