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終末的日常論  作者: 杉下 徹
一章  黒
3/54

1-2

「ねぇ、ちょっと、何なの?」

 俺が屋上からいつもの溜まり場、今は俺達しか使っていない別館の旧応接室へと移動を終えるとすぐに、不満気な表情を浮かべた少女が白羽に手を引かれてきた。

「先輩、おはようございます」

 そのすぐ後、更にもう一人の少女が二人の後ろから顔を覗かせる。

「ああ、おはよう」

「おはよう、じゃなくって、何なの!?」

 やかましい方の少女が、俺や彼方と同級生の七星可乃。

「今日は彼方さんはいないんですか?」

 敬語の方が俺達の一学年下、白羽と同学年の望月遥香だ。

「白羽から何も聞いてないのか」

 息を切らした白羽に可乃、そうでもないがやはり事情を把握していない様子の遥香。どうやら白羽は話をする間も惜しんで二人を連れて来たようだ。

「まぁ、とりあえず座れ」

 今は彼方がいないので、とりあえずは俺がこの場を仕切らなくてはならない。各々なんとなく決まっている自分の席に座ると、まず口を開いたのは白羽だった。

「お兄ちゃんがどこにもいないの! 二人とも何か知らない!?」

 その言葉はつい先程屋上で俺へと向けたものと全く同じ。

「そんなのいつもの事じゃない」

「行方はわかりませんけど、彼方さんなら大丈夫でしょう」

 それに対する二人の反応も、また先程の俺と同じようなものだった。

「それだけ? なら私はもう教室に戻るけど」

「私はせっかくだからこのまま遊びたいです」

 生真面目な可乃は、授業の開始が気になるのか時計へちらちらと視線を向け、遥香は棚から遊び道具を漁り始める。

「二人とも知らないか。じゃあ、まぁそういう事で」

 俺は白羽の頭に手を置き、この場から立ち去ろうと扉へと向かう。せっかく集まってもらい、遥香に至ってはすっかり遊ぶ気分にさせておいて何だが、正直まだ眠い。白羽の事は遥香にでも任せ、一刻も早く屋上で眠りたい。

「もう、みんな真面目に聞いてよ!」

 だが、どうもそういうわけにはいかないらしい。白羽の腕は俺の手首を固く掴んで離さず、無理に振り解くわけにもいかない。誰も彼方を心配しないという事実は白羽を安心させるよりも、ただ怒らせる結果にしかならなかったようだ。

「あー、じゃあみんな一応座ってくれ」

 再び着席を促すと、可乃も遥香も従ってはくれる。俺は着席はせず、眠気を覚ます為に湯を沸かしてコーヒーを淹れる。

「えっと、彼方さんはいつから見当たらないんですか?」

 机を囲む三人の少女。今度は最初に口を開いたのは遥香だった。

「昨日の夜、ごはんを食べた後少し出かけるって言って……」

「それから連絡が無いのね?」

「……うん。お兄ちゃんが勝手にいなくなるのはいつもの事だけど、電話にもメールにも出ないのは初めてだから……」

 白羽の声は良く聞くと不安に震えていた。先程まで元気に見えたのはただ慌てていただけで、落ち着いてくると同時に現実を直視してしまったのか。

「それで、みんななら何か知ってるかなって……」

 白羽が潤んだ目で可乃、遥香、ちょうどコーヒーを淹れ終わって机に戻る俺を見渡す。

「あたしは昨日ここで別れた後の事はわからないわね」

「私も同じですね」

 二人の言葉が終わり、全員の注目が俺に集まる。

「残念ながら、俺も同じだな」

 白羽を除き、俺達が最後に彼方を目にしたのは昨日、この場所で解散した時のようだ。

「ここで別れた後、何か変わった事はあったか?」

「えっと……特には変わった事は無かったと思う。出掛ける時も兄さんは別に普通だったし……」

 昨日俺達が解散したのは午後七時過ぎ。彼方と白羽が外食をしたか、それとも家で食事を作ったかはわからないが、いずれにせよ二人は解散後比較的すぐに夕食を取ったと考えられる。その後これまたすぐに彼方が家を出たのだとすると、俺達と別れてから彼方が姿を消すまでの時間がそこまで開いていたわけでは無いのだろう。

「と、なると、何かに巻き込まれたと考えるべきか?」

 俺の言葉に否定の声は無い。そして巻き込まれると言えば、まず頭に浮かぶ事は決まっている。

「じゃあ、もしかしてお兄ちゃんは……」

 一気に暗くなる場の雰囲気に、今にも泣き出しそうな白羽。少し考えればこうなるとわかっていながら、先の発言は軽率だったかもしれない。

 こんな時に彼方がいればすぐに場の空気を中和したのだろうが、その不在がゆえの現状であり、今は俺がどうにかするしかない。失言を眠気のせいにして一気にコーヒーを喉に流し込むと、熱さと苦さで急激に意識が覚醒した。

「いや、まだそうと決まったわけじゃない」

 彼方なら大丈夫だろう。白羽の言葉を聞いた時、そう思った事に根拠は無かった。

 それはただ、あいつが俺にとって絶対的な存在であったから。それは白羽にとって、ここにいる皆にとっても同じだと信じている。今は彼方が目の前にいないから、その感覚が薄れているというだけで。

「可乃、遥香、頼めるか?」

 短い問いかけは、本来なら彼方の台詞だ。

「はい、お任せください!」

「……仕方ないわね、やるわよ」

 即座に返ってきた遥香の返事と、少しの逡巡の後の可乃の了解の言葉は普段のそれと変わりなく響く。

「範囲はどうします?」

「そうだな、とりあえず昨日の夜7時から朝の7時まで、行けそうな範囲で」

 ノートパソコンに手を掛けた遥香への指示が的確かどうか、それほど自信は無いが、反論も無く動いてくれた事にとりあえずは安心する。可乃はすでに、携帯電話を片手に部屋の隅にまで寄っていた。

「白羽は、とりあえず昨日の彼方について詳しく聞かせてくれ」

 各々動き始めた可乃と遥香を背に、俺が白羽へとそう語りかけたのは、彼方の行方をつきとめるためというよりも、あいつの姿を思い浮かべる事が白羽に安心感を与えるのではないかと思ったから。

「うん、えっと……」

 不安そうな面持ちで、ゆっくりと話始めた白羽の声に耳を傾ける事にした。

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