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終末的日常論  作者: 杉下 徹
二章  無
19/54

2-4

 街中を歩く度、嫌でも視界には黒がちらつく。

 意識しないように、極力目を逸らしていても、目を逸らした先に、少し前には存在しなかった【無】が姿を見せているなんて事も珍しくない。

 世界は、確実に終わりつつある。

 仕組みも何もわからないままに発生し、居座り続ける【無】だが、街の所々をそれが覆う光景には、世界は終わると確信させる絶望と諦観のようなものを感じざるを得ない。

【無】は、ただ具体化して突き付けられた死のようなものなのかもしれない、とかつて彼方は言った。

 人は【無】の助けなど借りずともいずれ死ぬ。だから、【無】だけを特別に恐れる必要なんて無いのだと、そう言って笑った顔を俺は今も覚えている。

 だが、俺はそもそも死が怖い。ならば、【無】もそれと同じでやはり恐れる対象でしかないのだと、そう思って、だが俺はそれを口にしなかった。

「次、志保の番よ」

 可乃の声に物思いから引き戻されると、目の前には悔しそうな顔。

 顔を上げて電光掲示板を見ると、どうやら可乃はピンを八本倒すに留まったらしい。

「まぁ……今日は一位を貰うか」

 口にするか迷った言葉を、結局そのまま吐き出す。

 ボウリングに限った事ではないが、普段、勝ち負けのはっきりした類の遊びでは、基本的に彼方の一人勝ちになる。だからハンデを付けたり、あるいはチーム分けで誤魔化したりするのが常なのだが、今日に限っては彼方はこの場にいない。

 幸い、と言うつもりは毛頭無いが、彼方の不在により俺に勝ち目が回ってきたのには間違いなく、その事について言及を避け続けるのは逆に不自然だ。

「ん……」

 勢い良く放った第一投は先端のピンを捉え、後ろのピンを纏めて薙ぎ倒していく。しかし、運悪く、と言うべきか、右隅の二本を残したところでピンは揺れを止めていた。

「外せっ、外せっ」

「野次るな、そこ」

 手を叩いて失敗を願う遥香の思惑は中途半端に外れ、まっすぐに右端に向かった玉はピンを一本だけ弾くと奥の暗闇へと消えていく。

「ふっふっふ、残念でしたね、一位は私が貰いますよ」

 俺と入れ替わりに玉を掲げた遥香は、ピンが並ぶまでの時間を落ち着きなく待ち。

「おりゃっ!」

 無駄な掛け声と共に放たれた豪速球が、三角形の一角、左隅の三本だけを吹き飛ばす。

「くそぅ、次、次」

 ピンが並べ直されるが早いか、すぐに放られた二投目は、綺麗に真中に向かい、残りのピンを全て弾き飛ばした。

「いぇーい! ハイタッチ、ハイタッチ!」

 テンション高く振り返った遥香に応え、皆で一応両手を掲げて手の平を合わせる。

 遥香は安定こそしないが、玉がやたらと速く、調子がいい時はかなりのスコアを叩き出す。可乃と俺は似たようなもので、若干だが俺の方が勝っている印象だ。

「やった、ストライク!」

 そして白羽は、おそらくこの四人の中では一番上手い。純粋に個々のスコアで競う類のゲームに関しては、白羽はところどころで彼方の妹らしい才能の片鱗を見せていた。

「今日もいつもみたいにジュース賭けてやる? それとも、他のにする?」

「調子がいいからって賭けの話を始めるなんて、白羽ちゃんも卑怯なり」

「そ、そういうわけじゃないよ。だって、いつも何か賭けてやってるし」

 遥香がからかい、白羽が慌てるのはいつものパターンで。

 こういうと何だが、白羽はからかわれるのが良く似合っている。ちょっとした事でもわたわたと慌て出す様子は、見ていて飽きない。

「そうだな、罰ゲームなんかどうだ?」

「罰ゲーム?」

「例えば、負けたやつが秘密を暴露するとか」

 思い付きを口にしてみると、可乃が露骨に嫌そうな顔をした。

「いいですね、それ!」

 逆に喰い付いたのは予想通り遥香で。

「嫌よ、そんなの。誰も得しないじゃない」

「可乃先輩の恥ずかしい秘密を聞けるなら、私は得しますよ」

「性格悪いわね、あんた……」

「白羽はどうだ? 乗るか?」

 提案者の俺を除けば、数の上では一対一。決断は、白羽に任される形となった。

「うーん……それでもいいけど、一位になったらジュース奢ってほしいな」

「なんだ、相当自信があるんだな」

「と言うより、どうせなら順位ごとに何かあった方が面白いかなって」

 なるほど、白羽の言う事にも一理ある。

「じゃあ、四位が秘密を暴露、三位が一位にジュースを奢る、って事で」

「よし来た! 俄然やる気が湧いてきましたよ!」

「……まぁ、最下位にならなければいいのよね」

 とりあえず意見がまとまったところで、ボウリングを再開する。

 可乃の少し左回転の掛かった玉が見事にピンを全て弾き飛ばすのを見て、提案は失敗だったか、と少しだけ感じた。

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