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終末的日常論  作者: 杉下 徹
二章  無
16/54

2-1

「や、おはよう」

「おはよう。あんたが挨拶するなんて珍し――」

 億劫そうに挨拶を返し、そこで可乃は止まった。

「――志保、よね? なんで教室にいるの?」

「俺が自分の教室にいて悪いか?」

「志保がここを自分の教室だと思ってたなんて、初めて知ったけど」

「俺もだ」

 可乃が奇妙なものを見るような目でこちらを見ているのは、他でもない俺が教室に顔を出しているという状況が珍しいからでしかない。

 事の発端は昨日、白羽に合わせてまともな時間に寝床についた事だった。その所為で朝だというのに目が冴えて仕方なく、気まぐれに教室に顔を出してみたりする始末。

「えっ、天川くん?」

「本当だ、天川くんだー。久しぶり、珍しいね」

 当然ではあるが、俺の存在が珍しいのは可乃だけではないようで、ちょうど俺が声を掛けるまで可乃と話していた女子の二人も興味本位の視線をこちらに向けてくる。

 右の髪の短い方が可乃の友達で、左の髪で団子を作っている方も可乃の友達。二年生になってからほとんど教室に顔を出していない為、クラスメイトの名前などまるで覚えていなかった。

「二人とも、よく俺の名前なんて知ってたな」

 可乃が俺を『志保』と呼んでいた以上、適当に合わせているだけでもないだろう。少なくとも俺の顔と名字、あるいは名前と名字くらいは合わせて覚えているらしい。

「知らなかった? 天川くん、人気あるんだよ。結構格好良いし」

「格好良いのは知ってたけど、人気があるのは知らなかった」

「あはは、何それ」

「人気があるって事は、どっちか俺の事を好きだったり……」

「はい、調子乗らない。私がちょくちょく話に出してて、二人とも覚えてただけだから」

 可乃が割り込んで来て、ちょっかいにも満たない軽口が中断される。

「へぇ、俺の話なんてしてるんだな、意外だ」

「それはもう。可乃は事ある毎に天川くんの事ばっかり話してるよ」

「リサ、変な事言わない! 別にあんたの話だけじゃなくて、彼方とか白羽とか、遥香とか皆の話をしてるだけだから。志保はその一部! あくまで一部よ!」

「そうムキになるな。余計に怪しく見えるぞ」

 現に、可乃の友達の二人はすでに生暖かい視線を送り始めていた。

「そう言えば、下ノ瀬くんは一緒じゃないの?」

 ふと思い出したような団子髪の子の一言に、わずかに可乃が固まる。

「さぁ、別に打ち合わせて来たわけでもないからな」

「そっか、残念」

 俺が軽く返すと、団子髪の子もそれ以上は追求せずに引き下がってくれた。

 そもそも教室に顔を出さない彼方の行方不明を知っているのは、俺と可乃、白羽に遥香の普段の面子だけだ。下手な事を言わなければ、気付かれる事も無い。

「天川くん? 彼方くんは見つかったの?」

 いや、もう一人いた。

「だから、俺は彼方についてなんでも知ってるわけじゃないんだよ、南雲」

「そんな事を聞いてるんじゃないんだけど」

 誤魔化しの通じない愚直な視線が、今は鬱陶しくて仕方ない。

「下ノ瀬くんが見つかった、ってどういう事?」

「少し前から、彼方くんが行方不明になってるみたいだから」

「えっ、そうなの?」

 自然と話題は彼方の行方不明へと移っていき、それが公然の事実になってしまう。

 情報を集めるという点では、むしろその方がいいのかもしれないが、心情としてはあまり彼方の不在を広めてほしくはない。

「じゃあ、俺はそろそろ消えるか」

「何、授業受けてくんじゃないの?」

「いや、流石にそこまでの気まぐれは起こってないな」

「ちょっと、天川くん――」

 面倒になり始めた場を放って、逃げるように教室を後にする。可乃は彼方について色々と聞かれる羽目になるだろうが、口にして特別まずい事があるわけでもない。

「……ふ、わぁ」

 おかしなもので、十分に睡眠を取ったと思っていた身体は、日の光を浴びる事で眠気を引き起こすという逆転現象を起こしていた。

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