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終末的日常論  作者: 杉下 徹
一章  黒
10/54

1-9

「ねー、志保ぉー、そろそろ寝ない?」

 薄いピンクのパジャマ姿の白羽が、左手で目を擦りながら緩んだ声を出す。風呂上がりには濡れていた髪は、すでにほとんど乾きかけている。

「なんだ、勝ち越すまでやるんじゃなかったのか?」

「んー、無理ー。眠くてこれ以上やっても負けが増えちゃうしー」

 首が前後に揺れながら、白羽は手元からゲームのコントローラーを床に放る。端から見ていてもわかるくらい、明らかに睡魔に意識を奪われかけていた。

「そろそろ一時か。いつもこのくらいに寝てるのか?」

「え、あっ、んー……そだね。私はもう寝てる」

 半分眠りかけている白羽の様子を見れば、返事は聞くまでもなかったかもしれない。午前の一時で限界となると、普段は十二時前には寝ているのだろう。

「そんなに眠いなら、俺に構わず寝ればいい」

「そっか、うん、じゃあ寝よっ」

「いや、俺はまだ眠くないから適当に遊んどくけど」

 弱々しく掴んできた腕を振ると、一旦は手が離れるも、動きが止まったところでまた掴み直されてしまう。

「えー、夜更かしは身体に良くないよ、一緒に寝ようよぉ」

 とろけそうな白羽の声は、蠱惑的に聞こえなくもないが、当の本人は今にも眠りこけそうで、誘惑する気など欠片もないと断言できる。

「一緒にって言っても、寝るのは別の部屋なんだから一人で寝ても同じだろ」

「それは、そうだけど……あれ、そうだね。寝よっ」

 余程頭が動かないのか、説得に素直に頷いた白羽は腕を離してくれた。そんなに眠くなるまで俺に付き合わなくても良かったのに、と思わないでもない。

「じゃあ、おやすみー」

「ああ、おやすみ」

 覚束ない足取りで去っていく背を見送り、テレビの画面に向き直る。

 一応、寝床として彼方の寝室を用意してはもらったが、今のところ使う予定はない。

 彼方の布団で寝る事への抵抗があるというわけではなく、普段の生活からして陽が沈んでいる時間には眠らないのだ。学校の始まる時間になってから、屋上でアイマスクをして眠るか、その気力が無い時は家で普通に寝る。いつの間にか身に付いていた生活リズムは中々に強固で、更に今日は昼に寝たため、深夜の今に眠気の欠片もない。

「適当にゲームでも探すか」

 先程まで白羽と遊んでいたレースゲームは、対人が主体で一人で遊ぶには少し物足りない為、ゲームの入った籠を漁り、面白そうなものを探す。睡眠を取らないからには、その分の時間を潰すものが必要だ。

 何もせずに頭を空にしていると、余計な思考に埋め尽くされる。特に、夜、寝る前の布団の中は昔からそうだった。日光や照明の下ではあまり暗い考えは浮かばないが、それでも時間を無駄にする事は避けたい。

「よし、これでいいか」

 都合のいい事に、この家には俺の触れた事の無いゲームが多くある。これから日が昇るまでの時間くらいなら、退屈はせずに済みそうだった。

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