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雌雄決する。そして

 ボスが軽く両手を上げ、腰を少し落として構えた。


 それを見て一矢は少し距離を置いて立ち止まる。


 構えを見たただけでも今までの魔族とは違う事に気が付いたのだ。


 リザードマンや海賊船船長の様な無造作な構えじゃない。


『これは……拳法?』


 素人の一矢が見ても隙が無いのが分かった。


 ジリジリとボスは摺り足で間合いを詰めてくる。


 一矢は思わず一歩下がってしまった。


 だがその後では他のウェアタイガーを近付けまいとベティーナが奮闘している。


 一矢は覚悟を決めて前に出た。ボスも一気に間合いを詰めて攻撃してくる。


 ボスの流れるような連続攻撃に一矢はかわすので精一杯だった。


 一か八か、一矢はボスと距離を置いて構える。


 両手を顔の前まで上げて、軽く拳を握る。


 見よう見まねのボクシングスタイルだ。


 そんな一矢の姿を見てボスはニヤリと笑う。

 まだまだ余裕の表情。そこに警戒心はない。


 一矢は左拳を連続で繰り出す。


 ボスは一発二発とかわし、三発目を受け止めようとした。


 だがその手は大きく弾かれ、ボスは驚いて体勢を崩した。


「な、何だこの力はッ?」


『今だ!』


 一矢は思いっきり振りかぶり右拳を繰り出す。


 しかしボスに後へ飛び退かれて空振りに終わってしまった。


『クソッ! 焦って大振りし過ぎたか。……だがイケる!』


 一矢は確かな手応えを感じた。


 畳み掛けようと一矢は一気に距離を詰める。

 一矢は左の連打を繰り出し、ボスは必死にそれをかわした。

 一矢の左拳がボスを捉え、防ごうとした腕をまた吹き飛ぶ。


『今だ!』


 今度は鋭く右拳を繰り出した。


 だがいくら素早いパンチでも、来るタイミングが分かれば対処するのは難しくない。


 ボスは弾かれる腕も計算通り。その次に来る右にヤマを張っていた。


 ボスは一矢の右拳を受け流し、一矢の胴目掛けて掌底を繰り出す。

「ぐはっ!」


 一矢は左腕で防ぐがボスの爪が一矢の胸と腹に突き刺さった。


「いってーーッ!」


 一矢はたまらず距離をとる。だがボスは逃がさなかった。


「真っ直ぐ来て、真っ直ぐ逃げるとは。素人がッ!」


 ボスが右手を振り上げると、とっさに一矢は両手で頭を守る。

 何の防具も装備していない腕で。


 容赦なくボスの爪が一矢の腕は引き裂かれた。


「う、腕がーーーッ! 痛い!  いでーーッ!』


 一矢は痛みで地面に転がる。


『腕が熱い! 血がこんなに! 死ぬ! 痛い痛い痛いーーッ!』


「一矢殿! 立て! 戦うんだ!」


 そんな一矢を見て、ロバートが叫んだ。


『戦えって? 俺は兵隊じゃないんだ! こんなに血が出て戦えるわけないだろ? そんなに戦いたかったらあんたが戦えば良いんだ!』


「一矢殿! しっかりして下さい!」


 ベティーナも手強いウェアタイガーを達に囲まれており、声をかけるだけで精一杯だった。


 震える一矢をを見てボスは鼻で笑う。


「骨まではイカなかったか。……クククッ、随分頑丈な体してる割りには根性ねぇな。これじゃあ消化不良だぜ」


 ゆっくり一矢に近付くボスの前にロバートが立ちはだかる。


「一矢殿! せめて魔法壁の所まで退いて下さい!」


 それでも一矢は動けなかった。


 ロバートはボスを警戒しながら一矢の右腕をとり、引き起こそうとする。


「おい。……せっかくの楽しみを盗るんじゃねえよ!」


 更に近付くボスに対し、ロバートは一矢を放して剣を構え直した。


「お前じゃ話になんねぇんだよ。無理矢理にでもそいつに戦わせてやる」

「そうはさせるか!」


 ロバートはボスに向かって剣を突く。

 ボスにかわされても、そのまま横に切り払った。


 だがボスがロバートの腕を叩きのけると、ロバートの右腕はあらぬ方向へと曲がった。


「ぐうっ!」


 ロバートは片膝をつくも、左手でナイフを腰から抜くと投げ付けた。

 ボスは難なくナイフをかわした。


「おおぅ。ガッツ見せたな。だがッ!」


 ボスはロバートの顔面に掌低叩き込むと、ロバートは倒れて動かなくなった。


 一矢が顔をあげた時には、ボスはロバートの頭の近くで片足を上げていた


 一矢が声をあげる間もなく、ボスの足はロバートの頭部へと振り下ろされた。



 それを見た一矢の中で何かが吹っ切れた。


 一矢はゆっくりと立ち上がる。


「……これ、戦争なんだよな。俺は何勘違いしてたんだ」


 一矢はロバートを見ながら悲し気に呟いた。


 そして、一矢は真っ直ぐボスを見る。


「お前は殺す」


 静かながらも、決意のこもった一矢の言葉にボスはニヤリと笑った。


「ゲームでもしてるつもりだったか? さっさとかかって……」


 ボスがそう言いかけた時には既に一矢が目の前に居た。


 一矢の右拳とボスの掌底が相手に当たったのは同時。


 ボスは五メートル程吹き飛び、ガードした左腕は大きく腫れ上がり、おかしな位置で曲がっていた。

 それに比べ、一矢は額の所を切った程度だった。


 一矢の渾身の一撃とボスの咄嗟に出した一撃とでは、威力に明らかな差が出た。


「一撃でこの威力とは……。噂通りの化物だな」


 ボスは砕けた左腕を見ながら呟いた。


 一矢とボスはお互い右腕だけで構え直すと、ジリジリと距離を詰める。


  一矢よりもリーチはボスの方が長い。

 そのボスの間合いまで後一歩の所で、二人は同時に飛び出した。


「うおおおぉぉぉ!」


 一矢のフルスイングにボスは飛び退く。


 一矢は更に距離を詰める。


「チイィィッ!」


 一矢の右拳は何度も空を切るが、ボスも必要以上に飛び退き反撃できずにいた。


 周りのウェアタイガー達も異変に気付き始めていたが、ボス自身とっくに気が付き動揺を隠せなかった。


『お、俺がビビっているだと? 馬鹿な、こんな小さい人間に?』


「そんな訳ねぇ、……そんな訳ねぇだろ!」


 がむしゃらに出したボスの爪は一矢に届く事無く、一矢の拳がボスの腹に突き刺さった。


 今度地面に転がったのはボスだった。


「ぐあぁぁッ! は、腹が……」


 一矢は肩で息をしながらゆっくりとボスに近付く。全身全霊の拳をもう何度も繰り出した。


 一矢の体力も残り少ない。


「まさか、ここまで追い詰められるとは……。分かったよ。……やってやるぜ!」


 ボスは片手を地面につけ身体を起こす。


 だが立ち上がらない。


 それは今までの構えとは違い、飛びかかる為だけの体勢。

 まさに野生の虎そのものだった。


 一矢とボスの間に緊張した空気が張り詰める。


 ウェアタイガー達もベティーナ達も、決着の行く末を見守る。


 一矢は深く腰を落とす。ボスの全身の毛が逆立つ。


 そして、先に動いたのはボスだった。


 ボスは一矢の喉笛目掛けて飛び掛かった。


 一矢の右拳がボスの顎を下から突き上げると、ボスの巨体が空中で一回転した。


 顎は砕け、首も折れてボスが息絶えたのは誰の目からも明らかだった。


 砦の兵士達が歓声をあげる中で一矢は膝を付き、空気を求めて喘いだ。


 ウェアタイガー達は目の前の光景が信じられず呆然とする。


 その時、空から良く通る声が聞こえた。


「引け! これ以上無駄に戦うな!」


 ウェアタイガー達の前に一体の魔族が空から降りてきた。


 肩まで伸ばした少しウェーブのかかった髪。

 胸から足の付け根にかけて羽毛で覆われており、両腕に大きな羽を持っている。

 そして、女性特有の曲線のある体。


 その魔族は振り返り、人間達にも声高らかに宣言する。


「私はハーピーのエイミー! ここに人間達への停戦を求める!」


 一矢はその懐かしい声を聞き、ゆっくりと意識を失った。

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