二種の魔族
砦の外では既に戦闘は始まっており、ベティーナは魔族に教われてボロボロになった使者とすれ違う。
「後は……お願いします」
「了解した!」
そしてベティーナは魔族が識別出来る所まで来た。
上半身は人間と同じ、下半身が馬のケンタウルス達だ。
簡単な魔法が使え、馬上の戦いに馴れていない者には厳しい相手だ。
ならばとベティーナは馬を降りると尻を叩き、先に駐屯地へと帰す。
ベティーナは馬の扱いに関してはあくまでも人並み、それなら降りて戦った方が良いと判断したのだ。
そしてベティーナは戦場へと走る。
ベティーナに気付いて振り向いたケンタウルスは胸を槍で一突きにされる。
そしてベティーナは次々とケンタウルス達を倒していった。
「ベティーナ殿に続け!」
ベティーナの登場で迎撃部隊は活気付くと、徐々にケンタウロス達を圧倒し始める。
その時、一陣の風が吹いた。
ベティーナと対峙していたケンタウルスが手をかざすと更に風は強くなり、辺りが砂埃に包まれた。
砂埃が晴れた時には既に、ケンタウルス達は遠くへと逃げていた。
「……良い引き際だ」
その統率力にベティーナは手強い相手だと改めて思った。
駐屯地へと戻ったベティーナは番兵から部隊長が呼んでいると聞き、部隊長のテントへと向かった。
テントの中では既に作戦会議が行われており、ベティーナがやって来るとロバートは顔を上げた。
「おぉ、ベティーナ殿! 御活躍は聞きました。御助力感謝致します」
「いえ、その為に来ましたので。……状況はいかがでしょうか」
「うむ、補給部隊も増援部隊も魔族に襲われていたと見て、まず間違いない。王都側でどこまで把握しているか分からない以上、こちらから騎馬一個小隊を送るしかないだろう」
「その分この砦が手薄になる。と言う事ですね」
「さよう。だが砦建設も行わなければならない。伐採作業は今まで以上に危険かもしれないのでご注意頂きたい」
「了解しました。御用件は以上でしょうか?」
ロバートの組んだ指が忙しなく動き始めた。
「じ、実はもう一つ。補給も次がいつになるか分からないので、その……お仲間の方にですね、食事の量を減らして頂くよう進言をお願いしたい」
言いづらそうな様子のロバートにベティーナは笑みをこぼす。
確かに最初の頃と比べてクレアは我慢しなくなっている。
昨日も『三人分働きましたから』と三人前は食べていた。
確かにそれだけの働きはしているのだから作戦部隊としては断りづらいのだろう。
「それでしたら御命令下さい。部下の方もいらっしゃいますし」
ロバートは周りの兵長達を見回す。兵長達は咳払いをしながら視線をそらした。
ロバートはベティーナをもう一度見る。その目は真剣そのものだった。
「いえッ! ベティーナ殿達の活躍には皆、感謝しております。それにベティーナ殿の武芸には、ココに居る誰もが敵いますまい。……私も前回の王都武芸大会ではベティーナ殿と当たる前に敗退してしまいました」
「部隊を率いるには武芸の腕だけでは出来ません。遠慮無く御命令下さい」
「そ、そうか」
部隊長は居住まいを正した。
「ならばベティーナ殿に命令する。先の件、宜しく当たってくれ」
「了解致しました!」
ベティーナは踵を鳴らし、敬礼するとテントを後にした。
「……美しい」
ベティーナの容姿だけでなく、その所作や心の美しさをロバートは垣間見た気がした。
部下達の視線に気付いたロバートは咳払いをして、手元の地図に視線を落とした。
その耳は恥ずかしさのあまり真っ赤だったと言う。
騎馬隊が王都に向けて出発した次の日、一矢達は今日も森へと向かった。
魔法団が防衛魔法を張りながら森の奥へと進み、歩兵部隊が斧を手に取り森に向かう。
一矢達にはもう見慣れた風景だ。
一矢は魔法団の人達がもっと奥に行くまで遠ざかる魔法壁を眺めている。
今日から一矢達の出番を減るらしい。
木を運んでいた騎馬隊が居なくなったのだから仕方がない。
居るのは見張り要員の騎馬だけ。今はこの馬車に乗る分だけの木材だけで良いのだ。
クレアに至っては全く出番が無い。それでもクレアは一緒に来て、馬車の周りをプラプラしている。
そろそろ行こうかと一矢が体をほぐし始めた時、突然甲高い笛の音が鳴り響いた。
『確か魔法団の人達が笛を持ってると聞いた気がするけど……何だっけ?』
「クレア殿! 馬車に御戻り下さい!」
ベティーナが大きな声で指示するとクレアは戸惑いながらも一矢の手をかり、荷馬車に乗り込む。
歩兵部隊の人達も戻って来ると、荷馬車に斧を放り込み、剣を抜いた。
「何なに? 笛が鳴ったら何だっけ?」
周りの空気に戸惑いながら一矢はベティーナに訪ねた。
「笛を鳴らすのは魔族と遭遇した時です!」
笛の音がどんどん増え、もはや森中から鳴り響いていた。
「マズイ……大規模な数で魔族が来ているようです! 一矢殿は馬車の中で待機して下さい! 騎馬隊は前へ! 歩兵部隊は馬車の近くまで下がれ!」
ベティーナは次々と指示を飛ばす。魔法壁はもうすぐそこまで近付いて来ているが笛の音は止む気配がない。
それは魔族達もまたすぐそこまで来ている事を意味した。
辺りに緊張感が漂う。
森の両端から魔法団の人達が一人二人と駆け出てくる。
その向こう側から魔族の姿が現れた。
上半身は人間だが頭に角が有り、下半身が山羊の姿のサテュロスだ。
サテュロスは棍棒を振り回し、魔法壁を回り込もうと駆けている。
「騎馬隊は魔法団員を援護せよ! 歩兵部隊は魔法団員が馬車に乗るのを手伝え! 彼らは防御魔法を使っている間、両手が使えない」
魔法団員が全員、森から出てくると魔法壁の向こうに多くのサテュロスが見える。
騎馬隊がサテュロスを迎え撃つが、数が多すぎる。
歩兵が魔法団員を次々に馬車へ乗せていく。
「俺も出るか?」
一矢が馬車からベティーナに叫んだ。
「いえッ! 直ぐに発ちます! 防御魔法はそのままッ! 魔法団員を全員回収次第後退するぞ! 騎馬隊も続け!」
ベティーナも乗り込むと一矢達の馬車が走り出す。
一緒に来ていた二台の馬車と騎馬隊も後を追う。
そんな一矢達に向かって、サテュロスは口から炎を吐き出した。
魔法団員が騎馬兵とサテュロスの間に魔法壁を滑り込ませて、それを防いだ。
馬車と騎馬兵の周りに防御魔法を張りながら、一団は駐屯地へ向かって走り始める。
二本足のサテュロス達はケンタウルスよりも遅い。徐々にサテュロス達を引き離していく。
それを見てベティーナは胸を撫で下ろす。魔法団も魔法壁を解除した。
「ベティーナ殿! 前方を見て下さい! 援軍です」
騎馬隊の一人が声を掛ける。前方の左右から砂埃を上げて駆けて来る者達が見えた。
手に持つ旗には王都の紋章も入っている。
『でも何故左右から? それではまるで砦を迂回してきたよう……』
ベティーナは目を凝らし、ある事に気が付いた。
「……違う。あれはケンタウロス達だ! 奴等は増援部隊から奪った装備を身に着けているんだ! 魔法団員に防御魔法をまだ解かない様に言え!」
そうベティーナが言い終わると同時にケンタウロス達から矢が放たれた。
「防御魔法ッ! 急げ!」
放たれた矢は一矢達の頭上で魔法壁に弾かれる。
「防御壁を左右に展開! ケンタウロス達を近付けるな!」
魔法壁がケンタウロス達の刃を跳ね返し、寄せ付けないが、サテュロス達と違い引き離す事が出来ない。
一団はケンタウロス達に囲まれながら懸命に走った。




