伐採作業は余裕?
一矢達がテントを出ていくと兵は部隊長に訪ねた。
「部隊長殿、彼等の話は本当でしょうか。……あんな少女がそれ程強力な魔法を使えると言うのも、素手で木を倒すと言うのもにわかには信じがたいですが……」
「だから私も言っただろう。『信じがたい』と。だがベティーナ殿が共に旅をし、それを見たと言うならそれで良い。真に可能であれば作業は進む、出来ぬなら斧を持たせれば良いだけの事」
「部隊長殿がそう仰られるならば……」
「但し、過度の期待は不要だぞ」
「心得ております」
兵は部隊長に敬礼するとテントを出ていった。
クレアが二人前で食事を我慢し食べ終わると、他の兵士達と共に馬車に乗って森へと向かった。
森に着く兵達は続々と馬車を降りる。
まずは魔法団員達が達が互いに距離をとり、両手を前に突き出す。
あの海賊戦で見た光の壁が一矢達の目の前に現れた。
魔法団は徐々に森の方へと進み、その範囲を拡げていく。
鳥達が光の壁から逃げる様に飛び立って行くのが見えた。
「良し、作業開始!」
号令と共に、斧を持った兵士達が木を伐り始める。
「ベティーナ殿達もお願いします。……あまり魔法壁には近付き過ぎないようにして下さい」
「了解した。一矢殿クレア殿、行きましょう」
取り敢えず一矢は適当な一本の木に近付く。
「一矢殿、如何でしょう。倒せそうですか?」
他の兵士達が一矢達の様子を盗み見ているのに、一矢は気が付いた。
一矢はニヤリと笑い、木を殴り付ける。
大きな音をたてて木が倒れた。
「余裕!」
それを見ていた兵士達は開いた口が塞がらなかった。
「ハイハイッ! 次わたしやります!」
クレアは手を挙げ、アピールするがベティーナに止められる。
「クレア殿の場合はもう少し離れた場所の方が良いのでは……」
ベティーナが他の兵士との距離を見定める。
「え~、何処でも良いですよ。魔法が使えれば……」
「クレアはな。でも他の隊員ごとフッ飛ばすわけにいかないだろ?」
不満げなクレアを引っ張り、一矢達は森の入口付近で伐採している兵士達を避け、森の中へと入っていく。
兵士達が見えない所まで来ると三人は立ち止まった。
「これだけ離れれば問題ないでしょう。クレア殿、お願いしても宜しいでしょうか?」
「勿論です! むしろ、こちらからお願いします! ブッ飛ばさせて下さい!」
「……頼むから、程々にな」
クレアのやる気に一矢は釘を指す。
「フフッ、わたしの辞書に手加減と言う文字は有りません」
「……だと思った」
一矢は諦めて自分の耳を塞ぐ。ベティーナも慌てて耳を塞ぐ。
「あの……クレア殿、奥には防衛魔法を張っている魔法団の方も居るので……」
「往生せいやーーッ!」
ベティーナの言葉はクレアの叫びと爆音によってかき消された。
クレアの魔法は目の前にあった木々をなぎ倒し、遠くの魔法壁を揺らめかせた。
一矢は改めてクレアの魔法の威力に驚かされる。
「……ふう、何度見ても凄いな。魔法使いはみんなこうなのか?」
「いえ、私もクレア殿のような強力な魔法は、実際に見た事ありません」
「えっ? 何か言いました?」
一矢達の会話にクレアは大声で聞き返す。どうやら両手で魔法を使ったの為、耳を塞げなかったようだ。
「『相変わらず凄い威力だ』って言ったんだよ」
「えっ? 『愛もなく凄い欲だ』ですか? 恋愛とエッチは別って言いますからね」
「ふっ、二人共! 何を仰ってるんですか! そう言う事は愛あってこそではないですか!」
ベティーナが赤い顔で怒鳴る。
「俺は何も言ってないから! 『魔法は凄いな』って言ってただけだろ?」
「えっ? 『昨日は凄いな』って? ヤメテ下さいよー。誤解されちゃうじゃないですか~」
「昨日何をされたんですか! お二人共不潔です!」
「ちょっと待った! 昨日どころか、ずっと三人一緒だったよね? 何もなかったでしょ?」
一矢達が言い合っていると森の奥から魔法団の団員が一人、怒鳴りながらやって来た。
「さっきの魔法はお前等か? 危ないだろ! もっと考えて使え!」
「すいません、気を付けます」
「はあ? 聞こえないぞ!」
一矢は先程よりも大きな声で答える。
「気を付けます!」
「何ッ? 『火をつける』だと? 馬鹿野郎! 何て事するつもりだ!」
『あぁ、この人も耳がバカになってるのか』
一矢は溜め息を着いた。
その後、一矢は魔法団の人にこっびどく怒られた。
クレアの魔法が近過ぎた事が半分、森に火をつける発言についてが半分。
『……それは濡れ衣なのに』
一矢が作業を再開すると、すぐに回収しきれない程の倒木を作り出した。
一矢達の働きは評価され、翌日の伐採作業は二人を中心に組み立てられた。
そこで初めてクレアが一日三回しか魔法を使えない事が分かった。
馬車を降りると先ずはクレアが魔法で木々を倒す。遠くから三発。
その後は昨日と同じく、魔法団員が防御壁を作る。
そして一矢が木を殴り倒す。
歩兵が枝を落とし、馬に繋げる。
それを騎馬隊が砦まで運んだ。
砦建設も予定通り進み始める。
だが、水面下で事態は動いていた。
初めに気付いたのは部隊長のロバートだった。
補給部隊がいつまで待っても来ないのだ。
一矢達が作戦部隊に参加する前もっと前から要請している。
増援部隊も補給部隊も未だに到着しないし、何の連絡も届かなかった。
そして三日前、部隊長は確認の為に使者を出した。
増援部隊はまだしも、補給部隊が到着しなければ食料が不足してしまう。
今日も伐採作業の準備に砦が動き始めた時、見張りの兵が使者の一人が戻って来るのを見付けた。
『おかしい。王都まで行って帰ってくるには二十日はかかるはずだ』
ロバートも見張り台に登る頃にはその理由も直ぐに分かった。
使者は魔族に追われていた。
ロバートは直ぐに救援・迎撃部隊を編成を急ぐ。
駐屯地は慌ただしくなり、一矢達も異変に気が付いた。
「何かあったのか?」
「一矢殿、私が聞いてきます」
ベティーナが近くの兵を捕まえて事情を聞くと、そのまま近くの馬に跨がる。
「一矢殿! 魔族達が近付いているようです! 私もこれから向かいますので、御二人は此処で彼等の指示に従って下さい!」
ベティーナは途中でテントの脇に立て掛けてあった自分の槍を掴むと駐屯地を駆け抜けて行った。
「クレア! 俺達も行こう!」
「……一矢さん、馬乗れます?」
一矢は言葉を失う。
「じゃあ、わたしが馬を操るんで一矢さんは後ろに乗って下さい!」
「……いや、大人しく待ってよ……」
以前、クレアが馬車を爆走させたのを一矢は思い出して身震いした。




