ナンバーワンは誰?
ベティーナは斧を持った半魚人を一体と、剣を持った半魚人二体に囲まれていた。
斧使いの攻撃をかわし足を払い、剣使いの連続攻撃も払いのける。
途中、起き上がろうとする斧使いの顔面に一撃を入れるのも忘れない。
斧使いは倒れたまま、ベティーナの背に斧を投げ付けた。
ベティーナはバランスを崩しながらもなんとかかわす。だがそこに剣使いが飛び掛かってきた。
避けられないと悟ったベティーナは半魚人を渾身の力で貫く。
しかし貫きすぎてしまった。
魔族の体がそのままベティーナに覆い被さってきた。
「しまった!」
ベティーナは必死で魔族をどけようとする。だが半魚人はベティーナの倍近くもあり、ビクともしなかった。
そこへ残った剣使いがベティーナに向かって剣を振り上げる。
『殺られる!』
ベティーナがそう思った瞬間、その剣使いは視界から消えた。
気が付けば剣使いは海賊船まで吹き飛び、マストに激突していた。
「ベティ! 助けに来たぞ!」
ベティーナの前に一矢が満面の笑みで立っていた。
「一矢殿! 助かりました!」
一矢が半魚人の体を持上げてやると、ベティーナは体を引き抜いた。
「私は大丈夫です。隊員達の援護をお願いします!」
「えぇ~。もっと『私の背中を貴方に預けます』的なのやりたかったのに」
「一矢殿、皆大事な部下達なんです。……守って頂けますか?」
一矢のニヤケ顔はベティーナの真剣な眼差しの前に消え去った。
「……分かった。ベティの大事なもの、俺が守ってやるぜ!」
一矢とベティーナで手分けして半魚人を相手取り、その数を減らしていく。
警備隊達が押し始めると、海賊達の統率が乱れてきた。
どうやら魔族が人間達を従わせているようだ。
「ひぃ~~ッ! た、助けて!」
「や、やっぱり警備隊には敵わねぇ……。逃げろーー!」
「人間共! 逃げるなッ! 戦え!」
半魚人の制止を無視し、人間の海賊達は自分の船へと逃げ帰ろうとする。
だが人間達は海賊船に乗り込む前に立ち止まった。いや、凍り付いた。
その表情に浮かぶのは間違いなく恐怖。
一矢が海賊船の方を見ると、船の縁に一回り大きな魔族が座っていた。
「お前等人間共に逃げ場などない。……この海ではな」
「せっ、船長!」
船長と呼ばれた半魚人は他の半魚人と違い、滑らかな肌をしている。
黒い小さな目、大きく避けた口。黒い肌で頬と口から胸元まで広がる白い模様。
他の半魚人が魚と人なら、この船長はシャチと人の半魚人だろう。
船長は武器を持って立ち上がる。長い柄に斧の様な刃を持つハルバードだ。
船長はその一振りで、逃げようとした海賊達を海まで吹き飛ばした。
動揺する警備隊達を船長は見定める。そしてベティーナの所で視線を止めた。
「今の内に言っておく。俺の部下になれば、命だけは助けてやるぞ」
「き、貴様ッ! 我等警備隊をなめるなよ!」
ベティーナは怒鳴ると一気に間合いをつめる。
船長がハルバードを振り下ろした。その動きは体に似合わず素早い。
ベティーナが船長の一撃をかわすとハルバードは甲板に深々と突き刺さった。
その隙にベティーナは槍を繰り出す。
だが船長は甲板の板ごとハルバードを引き抜くと、そのままベティーナを攻撃した。
ベティーナは槍で防ぐがそのまま吹き飛ばされ、壁に激突した。
「てめえッ!」
すかさず一矢も船長の懐へと飛び込み、左脇腹を狙った。
「ほう!」
一矢のスピードに驚きつつも、船長は斧刃の側面で一矢の拳を防いだ。
「ウオオオオッ!」
一矢はそのまま拳を振り抜き、船長の体を二メートル程吹き飛ばした。
だが着地した船長にダメージは無いようだ。
ひしゃげた斧刃を見て船長は驚いた声をあげる。
「お前、本当に人間か? ……フフッ、おもしれぇ」
起き上がったベティーナが仕掛ける。振り降ろされた槍を船長はハルバードで受ける。その隙にベティーナは柄の部分で船長の足を狙う。
だが船長の丸太のような脚はビクともせず、逆にベティーナの腕を痺れさせた。
一矢が殴りかかると船長は飛び退いた。その時にベティーナは船長の脚を切りつけるがその傷は浅い。
一矢とベティーナの二人を前にしても、船長は笑っている。
「良いぞお前等! もっとだッ! もっと楽しませろ!」
先ずは一矢が行く。船長が振り回すハルバードを高々と飛び越えた。
船長が上に気を取られた瞬間を狙い、ベティーナは下から槍で突き上げようとする。
船長は斧刃で槍を受け止め、反対側で一矢を叩き落とそうとした。
一矢はハルバードの柄を殴り、跳ね返すがハルバードを回転させただけだった。
今度は斧刃の方が一矢を襲う。
「危ない!」
ベティーナが斧刃を弾き、斧刃は一矢の目の前を通り過ぎていいった。
船長はベティーナを柄の先端で突飛ばし、一矢にその大きな口で噛み付こうとする。
一矢は船長の肩を蹴り、すんでの所で身をひるがえした。
「あっぶね~! こいつ違うぞ。他の魔族なんかとパワーもスピードも」
「一矢殿、気を付けて下さい。……私が何とか隙を作ります!」
今度はベティーナが前に出る。ベティーナの連続攻撃を船長は全て払い除ける。
一矢が船長の横に回り込もうとする。
それに気付いた船長は一矢の方へベティーナを蹴り飛ばした。
「ベティ!」
一矢はベティーナを受け止める。
「か、一矢殿。申し訳無い……」
船長はハルバードを担ぎ、余裕の笑みを浮かべる。
「おいおい、そんなモンなのか? どうする? もう二人だけじゃ役者不足なんじゃねえか?」
その時、船上に叫び声が響いた。
「どいて下さい!」
一矢が振り向くとクレアが両手を向けて立っていた。
一矢は急いでベティーナを抱えたまま飛び退く。
「アイアムナンバーワーーンッ!」
そう叫ぶとクレアの両手から白い光が走った。
「ぐっ! こ、コレは……」
船長はそう言ったきり、その辺一帯ごと凍り付いた。
他の半魚人も隊員も驚いて手を止める。
「やったーッ! どうですか? わたしの魔法は火と爆発だけじゃないんですよ!」
「ひゃ~、凄いじゃん! なんだよ~。そんな事出来るんなら先に言えよ~」
「いや~。氷の魔法ってちょっと地味じゃないですか? わたし、そういうの好きじゃないんで忘れてました! テヘッ」
クレアはチラリと舌を出した。
「一矢殿! あっ、あれを!」
ベティーナの声に一矢は振り返った。
ビキッ!
不吉な音と共に、船長を覆っている氷に亀裂が走る。
メキッ!
船長の右腕が動き、氷の一部が落ちた。
「うそっ!」
驚くクレアを氷の中の船長が睨んだ。
一矢はすかさず船長の前に走り込む。
「俺に任せろ!」
一矢は腕を大きく引き絞る。
「スーパーミラクルデンジャラスハイパー……え~と」
一矢はそのままの体勢でブツブツ呟く。
「な、何してんのよ!」
「いや、折角だから技の名前をチョット……」
驚くエイミーに一矢は笑って答える。
バキキッ!
更に氷が割れ落ち、船長は右肘辺りまで動かせるようになった。
「何でも良いから早くヤっちゃいなさい!」
「……スペシャル……え~、コークスクリューパンーーチ!」
一矢が拳を捻りながら放つと、大きな音と共に氷を砕き、船長を吹き飛ばした。
船長は一矢達の船の縁へぶつかりバウンドすると、海賊船のメインマストへぶつかった。
船長は倒れたまま動かないのを見て、ベティーナは槍を掲げる。
「船長は倒したッ! 海賊共は抵抗を止めよ!」
ベティーナの宣言に、人間の海賊達は武器を捨て、半魚人達は海中へと逃げていった。
警備隊の被害は少なくなかったが、それでも隊員達は勝どきをあげ、勝利の余韻に浸った。
そんな中、ベティーナは一矢に声をかける。
「一矢殿、本当にありがとうございました。私はこれから奴等の海賊船内も調査調査しなければなりません」
「戦いが終わったばかりだって言うのに大変だな」
「まだ海賊が船内に潜んでいないとは限りませんから。そこでもし良ければ一矢殿にも一緒に来ては頂けませんか?」
「勿論さ! 俺とベティは死闘をくぐり抜けた仲だからね!」
そこで一矢は思い付く。
「そうだ! クレアとエイミーも連れて行こう! アイツ等も居た方が心強いだろ? 俺、呼んでくるから!」
一矢はベティーナの返事を待たずに駆け出す。
「あっ……」
ベティーナは一矢の背中を複雑な想いで見送った。




