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エイミーとベティーナ

 太陽が昇り、まだ通りにも人影が居ない内に一矢達はクレアを起こした。


 クレアに事のあらましを説明する為だ。


 エイミーが実は魔族で妹を探していた事、昨日の脱走劇について。


 エイミーはクレアに打ち明ける事に反対したが、スージーは未だに人間の姿へ変身出来ていない。


 羽は上着で隠せてもそのカギヅメの付いた足までは隠せない。ならば説明しないわけにはいかない。


「それじゃあ三人は魔族なんですね~。わたし初めて見ました!」


 クレアが魔族に偏見を持っていないようでエイミーは勿論、一矢も胸を撫で下ろした。


「わたしも起こしてくれれば良かったのに……」

「いやぁ、起こす必要もないかなって思ってさ。戦う予定じゃなかったし」


 頬を膨らますクレアに一矢は笑って言い訳する。


「でも、わたしならドカンと檻も壊せたのに! あっ、鉄製ならドロドロに溶かすってのもやりたかったですね~」

「どっちも惨劇必須じゃないの」


 突っ込むエイミーも今日は機嫌が良さそうだ。なんと言っても今は側にスージーが居る。


「さぁ、最後に警備隊本部から馬車を持ってこよう。……エイミーも一緒に行くか?」


 エイミーの脳裏に一瞬ベティーナの顔が浮かんだ。


『ベティーナとは、住む世界が違ったのよ』


「悪いけど、あたしは残るわ。わざわざスージーと離れて危険な所に行く必要ないもの」


「そっか……。クレアは馬車の扱い大丈夫?」

「まぁ、人並み程度ですが。お任せ下さい!」

「それじゃあクレアと二人で行ってくるよ」

「二人っきりだからって、わたしに変な事しないで下さいね」

「良いか。するなと言われたら、やらなければならない世界もあるんだからな!」

「ヤバい、ヤル気だ~! キャーッ! どうしよう? 帰ってくる頃には私達、三人になってるかも。私達のベビーで!」

「……結構ぐいぐい来るんだね。チョット地雷臭にビビッてますよ」


 腕に抱き付いてくるクレアに引きつった笑顔を一矢は向ける。

 そんな一矢にエイミーは呆れる。


「良いから早く行ってきてよ……」





 一矢達は警備隊本部に着くと近くに居た隊員を捕まえて馬車を取りに来た事を伝えた。


 隊員は直ぐに馬車の所まで案内してくれる。


「それじゃあ宿屋まで頼むぞ」


 一矢達は馬車の御者台へと乗り込む。

 そしてクレアは腕を捲り、不適に笑った。


「ふふふっ、腕がなりますね」

「あっ、その笑い。何か嫌な予感する……」

「ハイヨーー! シルバーーー!」


 クレアは思いっきり手綱を振るうと馬達は後ろ足で立ち上がり、物凄い勢いで駆け出した。


 警備隊員突然の事で、ただ呆然と見送るしかなかった。




 結局、クレアは宿屋まで馬車を爆走させた。早朝の為、人通りが少なかった事が幸いし、大きな被害を出さず事は無かった。


 一矢は転がり落ちるように馬車を降りる。


「チョット、大丈夫?」


 心配になって入口で待っていたエイミーが駆け寄る。


「エイミー、……この馬の名前は?」

「名前? 確かウェンディとサンディよ」

「……か、可愛い名前だな」


 一矢はそれだけ言うとその場に倒れこんだ。


 エイミーはそんな一矢と何故か満足気なクレアを不思議そうに見比べていると、一頭の馬が駆けてくる。


「そこの馬車! 街中をあんなスピードで走るとは……一矢殿達でしたか!」


 鎧を着たベティーナが馬に乗ってやって来た。


「ふふん、わたしに言わせれば何故全力を出さないのかと問いたいですね」


 誇らしげに胸を張るクレアにベティーナは言葉が出てこない。


「一体どういう事?」


 状況を飲み込めないエイミーが二人に聞く。


「エイミー殿!」


 ベティーナは馬を降りる。


「昨日、もし何か失礼があったのでしたら謝罪させて下さい。申し訳ありませんでした」

「い、良いの。気にしないで」


 そう言うエイミーの表情は硬い。


 ふと、ベティーナは自分に向けられた視線に気が付いた。

 宿屋の入口の所に人間姿のワーウルフと、上着を着たままのスージーが立っている。


 その瞳には畏怖の念が込められていた。


「エイミーの言う通り、気にする必要ないさ」


 一矢が馬車に掴まりながら立ち上がる。まだ足腰に力が入らないようだ。


「それより警備隊の朝は早いんだな、もう仕事か?」

「えぇ、昨日サーカスで魔族が逃げ出して、大変だったんです。調査が終えて帰る途中だったんですが、そこで物凄いスピードで走る馬車を見付けて追いかけてきたんです」


 一矢はジロリとクレアを睨む。


「そうだったんですか? 偶然ですね~」


 しかし当のクレアは悪びれた様子はなかった。


『出来ればベティーナに会う前にすべて片付けたかったけど……』


 一矢が後悔しても、こうなってはもう遅い。


「そう言えば皆さんも昨日サーカスに行かれたんですよね? 何か異変などありませんでしたか?」


 ワーウルフとスージーは息を飲む。ベティーナはそれを見逃さなかった。


 一矢とエイミーはポーカーフェイスを装い、何故かクレアは楽しそうに全員を見渡している。


 一矢はチョット考える素振りを見せて答えた。


「特に変わった事は無かったかな。初めてサーカスを見たからハッキリ言えないけど」

「……そうですか」


 そう言いながらベティーナはスージーに近付く。スージーはオドオドと視線をそらし、着ている上着をギュッと掴んだ。


「失礼」


 ベティーナはサッとスージーの上着を捲る。中には赤色の着物姿が覗いた。


 一矢はそれを見て胸を撫で下ろした。そこにエイミーが耳打ちする。


「さっき何とか変身出来たのよ」


「すまない。逃げたハーピーと背格好が似ていたもので」


 ベティーナはスージーに頭を下げた。


「でも、昨日は安全だって言ってたのに何故?」


 一矢は出来るだけ自然に聞いた。


「はい。調べたところワーウルフが檻を壊して他の魔族も逃がしたようなんです」


 そこでエイミーは一矢がワーウルフの檻だけ鍵を使わなかったワケを理解した。


『ワーウルフは自力で逃げたと思わせたかったんだ』


「それは怖いですね。……俺達も気を付けないと」


 一矢はそろそろ会話を終わらせようと画策する。


「そうですね、案外近くに居るかもですしね。ムフッ!」


 クレアはそう言って笑いを堪えた。


『落ち着け俺。多分クレアは嘘をつくのが苦手なんだ。悪気は無いんだ。うん、無いハズ!』


 一矢はそう思い、怒りを押さえ込んだ。


「そ、それより本部に戻る途中だったんだろ? クレアにはもう手綱は持たせないから安心してくれ」

「うむ、それもそうなんですが……」


『ヤバイ、怪しんでいる。でもこれ以上帰るように言えば余計怪しまれるし……どうしよう?』


「ところで皆さんこそ、こんな朝早くからどうされたんです? どこかへ行かれるんですか?」

「あぁ、エイミー達が自分の村に帰る事になってね」


 取り敢えず一矢は正直に答えた。全て嘘を言うより確実だと思ったからだ。


「もしかして、そちらの二人方もお仲間ですか?」

「あぁ、エイミーのね。折角だから皆で帰るんだって」

「そうなんですか。ところで妹さんの形見は見付かりましたか?」

「えっ?」


 驚いたのはスージーだった。


『マズイ! スージー達にはその辺の事情は説明してなかった!』


「……もしかして妹さん?」

「あっ、えっと……」


 スージーは困ってエイミーを見る。


「これは一体どういう……」

「違います! 魔族じゃないです!」


 クレアの発言が決定的だった。


「やっぱり、その子が魔族? 人に化けているのか!」

「それは……説明させて!」


 そう言っても、一矢の頭をフル回転させても言い訳が出てこない。


「魔族を見世物にするのがイケないのよ!」


 エイミーがベティーナに噛み付いた。


「妹が魔族と言うことは、貴女も魔族だったんですね! 人を騙して……何が目的なんですか!」

「勘違いしないでッ! こっちは妹さえ助けられればそれで良いわよ! こんな街にも、もう用はないわ!」

「私が行かせると思うか? 魔族のスパイかもしれないのに」


 ベティーナは剣に手をかける。エイミーも袖の中にあるナイフを掴んだ。


 二人の間に緊迫した空気が流れた。

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