魔族の大脱走
「……そろそろ良いんじゃない?」
窓を眺めながらエイミーは一矢に問い掛けた。しかし一矢から返事がない。
「チョット。聞いてる?」
「んがっ! 何? どうした?」
エイミーが振り向くと、一矢は辺りを見回していた。
「……寝てたでしょ」
「寝てない寝てない、寝るわけないじゃん」
「ホント? 確りしてよ、もう良い時間でしょ?」
一矢は壁の時計を見る。針は二時を指していた。
「そうだな、そろそろ行くか」
「……ところでクレアはどうする?」
一矢がベットを見ると気持ち良さそうにクレアが寝ていた。
「良いよそのままで。今回出番無いし」
「いやん……一矢さんのいけずぅ……むにゃ」
「スゲェ、寝言で返事した!」
驚いた一矢は寝てるクレアにそっと耳打ちする。
「一矢さんはいけずじゃないですよ~、イケてますよ~。キャーッ、格好いい! 抱いて~」
「何下らない事してんのよ! ホラ、行くわよ!」
「睡眠学習だよ、睡眠学習! これで明日起きたらスッゴい事になるぞ」
クレアが寝返りを打ちながら、また寝言を言った。
「うぅ……一矢さんが……マジキモイよぉ……」
「うなされてんじゃないの! バカッ!」
「ば、馬鹿な……。いや、きっとアレだ。好きな子には意地悪する的なアレだよ。きっと……」
「そのポジティブシンキングには脱帽だわ。さぁ、気がすんだんならもう行くわよ!」
そっと扉を開けると、一矢とエイミーは人目につかないようにサーカスへと向かった。
サーカスでは見回りをかわしつつ、何とか見世物小屋まで辿り着いた。
「本当にあんたの作戦、大丈夫なんでしょうね?」
「さぁ? もし他に作戦があれば聞くけど?」
「……分かったわよ、任せるわ」
「了解。念の為確認するけど、妹だけ助ければ良いんだろ?」
「まぁ……そうね。別にそれで良いわよ?」
「悪いけど、他の魔族は助ける余裕無いからな。どうなっても良いな?」
「えっ? ……良いわ。妹さえ助かれば」
「良し、行こう」
二人はうなずき合うと見世物小屋へと入っていった。
小屋の中は薄暗く、静まり返っている。
沢山の檻が並んでおり、様々な魔族達がその中で眠っていた。
一矢は口元に人差し指を当ててエイミーに見せる。エイミーはそれを見てうなずいた。
一矢達は一つ一つ檻の中を確認していく。
その中にハーピーを見付けるとエイミーは駆け寄る。
「スージー? スージーなの?」
「……おっ、お姉ちゃん? どうしてココに?」
一矢が急いで二人の間に入る。
「シッ、静かに! 他の魔族が起きる!」
スージーは息を飲んだ。
「人間? 何で一緒に居るの?」
「説明は後で。それでどうするの?」
「まずは鍵を探そう、他の魔族には気付かれないようにな」
「分かったわ。……もう少しの辛抱だから、頑張って」
「うん」
一矢とエイミーは手分けして鍵を探した。
「あったわ! これでしょ?」
壁にかけてあった鍵束を取ると、エイミーは一矢に手渡す。
「良し、後はワーウルフを探そう」
「ワーウルフ? どうして?」
「協力させるんだ、上手くいけばだけどね」
ワーウルフすぐに見つかった。一番奥の檻に入れられている。
改めて周りを見渡し、二人は他の檻からは見えない位置に移動した。
「……ココなら良いか。チョット待ってて」
一矢はエイミーに言うと檻の中に手を差し込む。そして鉄格子を内側から殴った。
それほど大きな音は出ない。
それでも檻は激しく揺れ、中に居たワーウルフは飛び上がった。
「何だ? 誰か居るのか?」
「シッ、静かに!」
「何だ? ……お前、サーカスの人間じゃないな?」
「そんな事よりココを出たければ協力しろ」
「ふん、人間のお前を信用するわけないだろう」
「大丈夫、俺は魔族側の人間だ」
一矢はエイミーに視線を送る。エイミーは変身を解いてハーピーの姿に戻る。
「お前は魔族か、どういう事だ?」
「そんな事より協力するのか? しないなら仲間のハーピーだけ逃がすぞ?」
「……なるほど、仲間のついでか。良いだろう、何をすれば良い?」
「先ずはお前を檻から出す。チョット待ってろ」
一矢は再び鉄格子を内側から叩き始める。
「無理だ。鉄製だぞ?私でも壊せない」
「そうよ、鍵ならあるじゃない!」
「それじゃ駄目なんだ。大丈夫、イケそうだ」
一矢の言う通り、鉄格子は徐々に歪み始めていた。
「お前……、本当に人間か?」
ワーウルフは驚きの表情で一矢を見る。
「ふう、これでどうだ。通れそうか?」
「どれ……うっ……クッ、……やったぞ! 出れた」
「良し、ココからがお前の仕事だ」
一矢は鍵束をワーウルフに見せて説明を始める。
「これからお前に他の魔族も檻から出してもらう。絶対に俺達の事は言うな。他の魔族を正面出口から逃がしたら、ハーピーとお前だけで俺達の所に戻ってこい。その後、俺達は裏口から逃げる。良いな?」
「他の魔族は囮か。誉められ作戦じゃないな」
「イヤなら良いさ。すぐに捕まったって知らんけどな」
ワーウルフは肩をすくめた。
「まぁ良いさ。言う通りにしてやるよ」
「じゃあ頼むぞ」
一矢は鍵束をワーウルフへ渡すとエイミーと二人で部屋の隅に身を隠す。
「任せて大丈夫?」
「ハハッ、なるようになるさ」
薄明かりの中で鍵同士のぶつかる音や檻が開く音、魔族の歓声と走り去る音が聞こえてきた。
小屋の中は静かになる代わりに外が騒がしくなってきた。そして一矢達の前にハーピーを連れたワーウルフが姿を表した。
「お姉ちゃん!」
「スージー! 良かった。……心配したんだからね」
エイミーとスージーは抱き合う。
「さぁ、言う通りにしたぞ。それで次はどうするんだ?」
「後はココから逃げるだけだ。でも一旦みんなで隠れよう」
一矢達は裏口近くの物陰へと隠れる。流石に四人だと狭くギュウギュウ詰めだ。
「ワーウルフは人間へ変身出来るか?」
「任せろ」
ワーウルフは体を震わせると人間の姿へと変わっていく。
癖毛のロングヘアーに細長い顔、切れ長の目に薄い唇。細い体でも出る所は出ており、黒いライダースジャケットとジーパン姿になった。
「お前、……女だったのか?」
「男だって言ったつもりないけど?」
エイミーはそっと一矢を盗み見る。一矢は鼻の下を伸ばして一点を凝視してる。
それが何かは視線を追わなくても分かった。
胸元が大きく空いたワーウルフは女のエイミーから見ても色気たっぷりだ。
一矢はそっとワーウルフにすり寄る。
「……チョット、今の状況分かってるわよね?」
「だっ、大丈夫だよ。それじゃあ妹さんも変身してよ」
そう言われてスージーは視線を落とす。
「実は私、変身出来ないんです」
「もう、だから練習しなさいっていつも言ってたのに!」
「げっ、マジか。……それじゃあ、これ着てよ」
一矢は自分の着ていた上着をスージーに渡す。
「後はタイミングをみて……」
その時、裏口が開いて何人かが駆け込んでくる。
「クソッ、全部逃げ出してる。どうする?」
「団長に報告だ! 急げッ!」
全員が出て行った事を確認し、一矢達はそっと小屋を出た。
サーカスの中は大混乱。沢山の人が走り回っている。
その混乱に乗じて、一矢達は宿屋まで急いだ。




