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ベティーナの場合

 馬車には一矢達四人が乗り込み、馬車の操縦も隊員の一人が行ってくれる事になった。


「私は代々騎士の家系で、子は私だけ。私も小さい頃から騎士としての英才教育を受けてきたのだ」


 道中、今度はベティーナの身の上話に一矢達が聞き入る。


「女だてらにと思われるかも知れないが、私の母も、祖母も騎士なのだ。母は今も現役だし、祖母も何かあった時にはと鍛練を怠らない」

「随分元気なお婆ちゃんね」


 エイミーは素直に驚いた。


「そうなんです! 技も衰えず、未だ私なんて足元にも及ばない!」


 ベティーナは嬉しそうに言う。だが直ぐにその表情を曇らせる。


「なので私は学校に行かず、自宅で勉学と鍛練を積んできました。……だから友と言える人も居らず、特に家族以外の女性と話したのは警備隊の任務についてからなんです」


 エイミーはベティーナの話しに驚く。

 エイミー達、ハーピーは基本的に群れで子育てをする。だから周りに年頃の友達が居て当然だった。


「それって、……何歳まで?」

「警備隊見習いになったのが十二歳の時、任務についたのが十三歳になってからです」

「意外に早ッ! それでも十三年間?」

「それも任務中の事で、この様にゆっくり話す機会は……初めてなんです」

「良いよ、話そう! 私達で良かったら相手になるよ!」


 エイミーはベティーナに抱き付く。


「俺も女性がどうあるものか教えてあげよう」


 一矢は自分を指差す。


「あんたはダメ! 何教えるつもりよ!」

「じゃあ、わたしが男性について教えます!」


 今度はクレアが手を挙げる。


「それもダメ! 何で二人ともベティを自分色に染めようとするのよ!」


 その後も馬車の中はたわいもない話で盛り上がった。

 ベティーナの笑い声を聞いた隊員達は目頭を熱くする。


「隊長……良かったッスね」





 暫く進むと不意に潮風が馬車の中に入ってきた。最初に気が付いたのはエイミーだ。


「あっ? この匂い……海?」

「おぉっ! もうそろそろ見えてきますよ」


 ベティーナが馬車の前方部分を開いて顔を出す。一矢達もそれに続く。


 視線の先には真っ青な海。どこまでも澄み渡る空と白い雲と町並み、それが森の緑の向こう側に広がっている。


「わぁ……凄い! わたし初めて海を見ました」


 クレアが感嘆の声をあげ、一矢とエイミーもその美しさに笑顔がこぼした。


「あれが我、東方警備隊本部がある町だ。ここから王宮魔法団のある王都へも船が出ている」


 近付くにつれ、大きな門と塀が見えてくる。どっしりとしたレンガ造りで三メートル位の高さがある。


 門には兵士が二人立っており、警備隊が門を潜るのを敬礼の姿勢で見送る。ベティーナも馬車の中から返礼する。


 町は凄い活気に溢れていた。今まで立ち寄った村や町、全てを合わせたても足りない位の人だ。


「さて、私達は本部へ向かいますが、皆さんはどうされますか?」

「私は早くサーカスの情報を知りたいんですけど」


 そう言うエイミーにベティーナは微笑む。


「でしたら一緒に本部に来ては如何です? 確か私の部屋に資料があった筈です」

「じゃあ、折角なんでわたしもお供します!」


 クレアが手を挙げた。


「それなら皆さんをこのまま本部へ御案内しましょう!」


『皆さんが私の部屋に来て下さる!』


 プライベートな部屋でないにしろ、自分の部屋に友人が来てくれる。そう考えるだけでベティーナの心は踊った。


『つ、着いたらどうしよう? こう言う時は紅茶か? 紅茶の淹れ方なんて! クッ、何故私はいつも珈琲ばかり飲んでいたのだ!』


 ベティーナが悶々としている間に、馬車は町のメインストリートを通り過ぎて行く。

 メインストリートでは商店が軒を連ね、賑わい溢れている。

 その中を巡回中であろう警備隊員の姿も見えた。

 メインストリートを通り過ぎ、暫く進むと重厚な建物が見えてきた。

 

 警備隊本部も町の門同様、レンガ造り。本部も門塀に囲まれ、ここにも門番が立っていた。


 エイミーは緊張した。予想していた通り、大きい町になればなるほど警備隊の数は増えるらしい。変身が解けているわけが無いと分かっていても、自分の姿を確認せずにはいられなかった。


 本部の庭は練兵所になっており、鍛練中の隊員が見える。ベティーナはそれを見て、満足そうに頷く。


「うむ、皆変わり無いようだな。一矢殿、馬車は警備隊で預かりましょう。さぁどうぞ」


 ベティーナが馬車を降りると、一矢達もそれに続く。

 そこでベティーナは副隊長を呼んだ。


「……すまないが、もし知っていれば紅茶の淹れ方について教えて貰えないか?」


 副隊長は急にどうしたのかと不思議そうな顔をベティーナに向けた。


「じょ、女性の方にはやはり珈琲よりも紅茶だろうと思って。ただ、恥ずかしながら私は紅茶の淹れ方一つも知らないのだ。……ハハッ」


 自虐的な笑いを浮かべるベティーナを見て、副隊長は全てを悟った。


「私にお任せを! 隊長はご友人方と談笑されていて下さい!」

「しかし!……良いのか?」


 隊長として、警備隊員を私用で使う事は禁止されている。警備隊隊長としての立場と少女としての欲望が、ベティーナの中でぶつかった。


 それはずっと補佐してきた副隊長では無くても、簡単にその表情から読み取れただろう。


「隊長、今回の任務で彼等に協力頂いたのですから。警備隊として彼等をもてなすのは当然かと思います!」

「そ、そうか……。イヤ、確かにそうだな」


 ベティーナは自分に言い聞かせるように呟くと、顔を上げた。

 その顔は喜びを顔に出さぬよう、必死で押さえている顔だった。


「副隊長。それでは、けっ、警備隊として一矢殿達をもてなす用意を頼む、んでも良いか?」

「はい! そつなく対応致します!」


 副隊長は敬礼すると駆け足で本部の中へと急いだ。それを見て、ついベティーナの心も急いてしまう。


「で、では皆さんコチラです! ついて来て下さい!」


 そしてベティーナの案内で一矢達も建物の中へと向かった。


 中は豪華ではないがそれなりの品格が感じられる造りで、警備隊員達が忙しなく行き来している。


 ベティーナを先頭に一矢達は赤絨毯の上を進み、二階にある部屋へと入っていく。


「さぁ、ここが私の部屋です! どうぞ皆さん、くつろいで下さい!」


「ヤッター! 女の子の部屋だッ!」


 一矢の言葉にベティーナはドキリとする。


「バカッ! 部屋って言っても仕事部屋なんだから。あんまりはしゃがないでよ?」

「大したものは有りませんから、ご自由くつろいで下さい……」


 エイミーの言葉にベティーナの心は少し沈んだ。


『そ、そうだな。勤務中なのだから、もっと気を引き締めねば……』


 隊長室には書類が積まれた大きな机の他に、来客用のテーブルとソファーも置いてある。


 ベティーナは慣れた手付きで鎧を外すと机の横にある鎧立てへかけていく。


「そうだ。一矢、アレも聞いといたら?」

「えっ? アレって?」

「ほら、村で奴隷商人探してくれって頼まれてたでしょ?」

「あぁ、ソレ? 別に良いんじゃない」

「良くないわよ! 色々食糧とか分けてくれたじゃない」


 一矢達の会話を聞いて、勤務モードのベティーナが溜め息をつく。


「……奴隷商人か。我々にも頭が痛い問題なんです。有力者が裏で手引していたり、簡単に調査に踏み込めない所も有ったりと中々摘発が難しいのです」


 そこで扉がノックされる。


「入れ!」


 ベティーナが答えると副隊長がお盆を持って入ってきた。


 ベティーナはもう一度少女モードへと移行する。


 おずおずとベティーナはお盆を受け取ると、お盆の上に紅茶とチョコレートが乗っているのを見付けた。


「申し訳ありません。もっと華やかな菓子を用意出来ればと思ったのですが」

「いや、私は菓子まで気が回ってなかった。本当にありがとう」


 ベティーナはまた綻びそうになる口許を引き締める。


「……隊長。嬉しい時は笑えば良いと思いますよ。あまり無理をされると隊員達の士気に関わります」

「そ、そうなのか?……分かった、そうしよう」


 ベティーナの少女の様な笑顔に、副隊長は一生付き従おうと決意した。

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