こうして転生者は、一人になった。
過去回想あり。
重い話になってしまいました。
「……で、敵を取り逃がしてノコノコと帰ってきたわけ?」
「マジですいませんでした」
シュテンバルトは上代に正座させられている。
理由は勿論、敵を捉える絶好のチャンスを逃したこと。
まあ、それはいい。取り逃がしたのは致命傷だし。
問題は俺まで新原に正座させられているということ。
新原は頬を膨らませて怒っているが、怒気は物凄いものだった。
おい誰だよ頬を膨らませて起こるのは空気が和むとか言ったやつ。
和むどころか阿修羅が見えると錯覚するくらい怖いんですけど。
一体全体、どうしてこんなことになったのだろうか。
黒電柱が川に落ちた。
彼が車で突っ込んできた時、ぶっつけ本番で魔法を操作し、見た目だけで中身がスカスカな球を作り彼に仕向けたのだ。
理由はこの歳で人殺しになりたくなかったから。そんな自己保身に回った最低な理由。
だが、予想異常に黒電柱は必死に避けて、そのまま車とともに、川へと落ちていった。
なんと言うか、もの凄く救われない負け方である。
「で、どうすんの? 放置はさすがにないよな。……ないよね?」
「私のことをなんだと思ってるんですか。勿論助けますよ。和也さんが」
「そんな倒置法いらねえよ。……分かった分かった。確認してこればいいんだろ」
これ以上言ってもこいつの性格上無駄だと判断したので素直に従う。
無駄な努力ほど虚しいものはなく、無駄な労力は使いたくなかった。
幸いにもこの川はさほど深くなく、水深二メートルといったところ。
目視で大体確認できる。
「思ったよりもフロントがひしゃげてるな……」
本当に生きているのか、と思いつつも目を凝らして車内を観察する。
車内は暗く、目視しづらいのだが、人が入っているようには見えない。
やはり、どこかに逃げたか、死んで流されたか。
どちらにせよ、最悪だ。
前者であればまた襲ってくる可能性があるし、後者であれば人を殺したことになる。
「……いや、この川は流れが速いわけでもないからどこかで引っかかっているはず。ということは逃げたか……?」
相手が相手とはいえ、殺人を起こしていたら俺の気は正常ではなかったかもしれない。
相手が生きていることに気づき安堵する。
それと同時に、これから先も狙われるのかと不安に頭を抱えた。
「……? 人の気配?」
またしても視線を感じたが、そこにはなにもなく、違和感はもう感じられなかったので気のせいだと思い、足を進める。
そして隣の支部に報告に行き、今に至る。というわけだ。
あれ? 俺何もしてなくない?
そんな考えも、すぐに打ち消される。
「……戦闘中にわりこむのはダメだよ。場合によっては死んじゃうときもあるから」
「ッ! す、すまん」
新原の顔は、人とあまり接さない俺でもわかるくらい真剣で、自分のやった行動の軽率さを自覚する。
確かにあの時は操作できる確信があってやったわけじゃない。
それに、危険だとわかっていながらも、戦闘に参加したのだ。
「まあ、いつまでも怒っていても仕方ないね。今回はゆるしてあげるよ」
「……本当にすまん」
今回のは、全面的にとまではいかないが、俺にも非があった。
俺は自他ともに認める卑怯者だが、感謝の気持ちを忘れたわけじゃない。
「いいって宮崎くん。ぼくはもう気にしてないから」
「まあ、なんだ。ありがとな……。毎朝俺に味噌しんん゛、あ〜最近喉の調子が悪いな」
新原はまるで天使のような、そんな優しさを持つ笑みを浮かべる。
不覚にも、一瞬見惚れてしまった。
……けれどもこいつは男、一瞬プロポーズしかけたけど男なのだ。
まあ、女の子だったとしても、今日の黒歴史が増えるだけなんだけどね。
……今日のって毎日量産してるのかよ俺。
「悪いけど、今日はもう帰るわ」
「ん? カルラちゃんはいいの?」
「今日くらい一人でいさせてくれとでも言っといてくれ」
「わかったよ。ぼくもひさしぶりに三人で話したかったし」
「じゃあな」と言い残し、その場から去る。
目的地は自宅。そこまでの短い道のりの中、新原がこちらに手を振ってくれているのが見えた。
こちらも無言で、手をひらひらさせる。
そんな何気ない行動でさえ、どこか引っかかった。
なぜ、俺にここまで優しくしてくれるのだろうか。
他人から貰う好意には慣れていない。だから、新原が……いや、シュテンバルトたちが純粋に好意を向けてくれていることに疑問を感じる。
その好意は決して恋愛的な意味ではないが、それでも始めての体験だということには変わりなかった。
俺は鈍感ではない。むしろ敏感な方だ。
敏感だからこそ、初めての好意に過剰に反応する。何か裏があるのではないか、と。
「考えすぎか……」
あいつらは純粋に好意を向けてくれていると思う。
たとえそれが自意識過剰だとしても、そこには決して悪意はない。純粋な人の悪意を十数年間感じていたエキスパートなのだ。間違えるはずがない。
だけど、それでも考えてしまうのだ。
──そう簡単に人を信じるのは愚策だよ。君はわかっているはずだ。
心の奥底で、どす黒い感情が湧き上がってくる。
悪意に晒されていたにもかかわらず、人の好意を簡単に信じて失ったものがあった。
一番大切なものを失った。誇りも、大切な人たちも何もかも。
――そして人を信じることも、諦めてしまった。
──結局、俺はどこまでいっても最低なのだ。
あいつらの好意を信じることができないし、なんならそんな資格もない。
だからと言って、あいつらを切り離す覚悟すら俺にはない。
『存在しないもの』というのも、好意を信じられない俺の言い訳に過ぎない。
卑怯者である俺は、いつだってそうやって言い訳してはぐらかしてきた。
だから俺はいつまでも────こんな自分が嫌いだ。
自宅に入ると、制服を洗濯機に脱ぎ捨て、居間のソファーで寝転がる。
久しぶりに一人の時間を堪能することにした。
ああ、やはりこの時間は一番落ち着く。
誰かの悪意に晒されるわけでもない、この時間が。
「はあ……」
ごめん嘘。なんというか物凄く落ち着かない。
これはやはり、シュテンバルトがここに居るのが当たり前だと認識してしまっているからだろうか。
前世の俺なら、今の俺をみたら失笑していただろう。
あいつらを信じられないのに、そんな資格もないのに、どこかで『切り離したくない』と思ってしまう自分がいる。
何もかも諦めたような、そんな生気のない眼でも、そんなことを考えるくらいには自分の中で何かが変わりつつあるのだろうか。
「……いやいや、ありえねえだろ」
そこまで考えて、やはり違うと否定する。
そもそもコロコロ変わるような心は自分の心なんてものなわけがない。
きっと、これは一種の気の迷いというやつだ。そうでなければ、護衛してくれていることへの感謝とか。
まあどっちだっていいか。
「寝よ……」
せっかく今日は一人なのだ。
久しぶりにうるさいのがいなくて安眠できる。
ならば今日は、思いっきりそれを堪能しようではないか。
迫り来る睡魔に、抵抗できずに意識を手放した。
***
夢を見た。今となっては手が届かない、懐かしい過去の夢。
忘れようとしたはずなのに、自分の意思とは別に、未練がましく思い出そうとする。
『カズ兄ぃ〜』
『おう、どうした妹よ』
前世の頃の何気ない風景。
それは、今の自分にはとても眩しく見えた。
『私は今とても暑いのです。だからアイス買ってきて〜』
『面倒くさい』
『そっか……。じゃあカズ兄の有る事無い事クラスメイトに吹き込むよ?』
『なっ! 今でもぼっちでクラスカースト最底辺なのにそれをさらに悪化させる気か!?』
いやこれただ脅されてるだけじゃん。
こんな風景でも輝かしく見えるってカズ兄ちょっと不思議。
『あー、分かった分かった。ちょうど俺もアイス買いに行こうと思ったところだし』
『おお、あなたが神か! 愛してるよカズ兄!』
『あーはいはい俺も愛してる。……お前の愛軽すぎだろ』
よく妹とこんなやりとりしてたっけ。懐かしいな。
『適当だねカズ兄。まあいいんだけどさ』
『じゃあ……。愛してる』
『…………』
『おい無言で引くな。え? これマジなリアクション?』
目の前の光景を微笑ましく見ていると、急に場面が変わる。
そこでは、親父と母さんが俺と向き合って話しているところだった。
おいちょっと待てもうちょっと妹を見せろ。
『カズ、高校受験合格おめでとう』
『あれだけ働きたくないって言ってたカズがねぇ』
『おい、今それ関係ねえだろ母さん』
どうやら高校受験に合格した時の風景みたいだ。
親父が妹以外におめでとうっていうのはあんまりないのでよく覚えている。
あと、母さん。その言葉は余計だ。みろよ俺の目が死にかけてるじゃないか。
今はデフォで死んでるけど。
だがまあ、あの時は死ぬほど嬉しかったのを覚えている。
そしてまた、画面が変わった。
チリチリと火花が舞い、焦げ臭い匂いが鼻をつく。
あの時の感覚がまだ頭に残っているのか、本来感じないはずのそれに思わず歯ぎしりする。
あれだけ幸せそうだった家庭が燃えていた。
『離せ! あの中にはまだ人がいる! 親父! 母さん! 桜ぁぁああ!』
過去の俺が、泣き叫んでいる。
今にも炎の中に飛び込んでいきそうな俺は、消防士の一人に抑えられていた。
いち早く救出されたため多少の火傷はあったが、重症ではない。
『いくな坊主。死ぬぞ!』
『まだあそこには妹たちがいるんだ!』
『いいかよく聞け坊主。今飛び込めば必ず死ぬ。そしたら悲しむのはお前さんの家族だろうが!』
『────!?』
その言葉で俺は暴れるのをやめた。
祈っているのか、静かに目を閉じている。
そしてしばらくし、人をおぶった消防士が三組、家から出てきた。
『親父、母さん、桜!』
すぐさま、その消防士の元へと駆けつける。
『君が佐藤和也くんかい?』
『はい。あの、親父たちは……?』
消防士は悲しそうな顔をする。
過去の俺はその顔から何かを感じ取り、またそれが信じられないかのように固まる。
『残念ながら、君の家族は──』
──亡くなった。
あまりにも無慈悲に、そう告げられた。
その言葉に、目の前にいる俺は泣き叫んだ。
大体三分くらい経っただろうか。あたりの野次馬もいなくなりった頃。
泣くのをやめた過去の俺は、フラフラと歩いて行き、そして気付いた。
そそくさとその場から逃げようとする影に。
その影は、見知ったクラスメイトだった。
忘れるわけがない、それくらいに関係があった人の影。
『く、ははは。あはぎゃはははは!』
狂ったかのように、笑う。それは俺には悲痛な笑い声に聞こえた。
『なんで……なんでお前なんだよ。クソッタレが』
過去の俺が悲痛に呟いているのが聞き取れた。
この時から、瞳は真っ黒に淀みきり、信じるということを捨ててしまった。
そのクラスメイトとは一体誰なのか?主人公との関係は?
まあ、それはいずれ分かります。この物語では、たぶん最後らへんまで残るだろうと思うくらい大きい伏線ですが。
ちなみに言うならそのクラスメイトは、今後の話に大きく影響させるつもりです。