初襲撃は黒電柱。
ブーイングに包まれながらアリーナから出て、更衣室で制服に着替える。
今日はマジで疲れた。帰ったら速攻寝よう。
そんなことを考えながら、観客席へ向かう。
「いや〜、意外にも卑怯な戦法ではなかったですね〜」
観客席に着き、端っこの席へ座ると、なにやら女子生徒と談笑していたシュテンバルトが隣へ寄ってきた。
「まあ、魔法を使った試合となると制約も多いしな」
手元にあった魔法戦のガイドブックをひらひらさせながら説明する。
「制約さえなければやってたってことですか。小悪党ですかあなたは」
うっせ。常識人といえ常識人と。
だが、あながち間違っていないので言い返せないのが悔しい。
「それにしても清々しいくらい気味が悪い戦いっぷりでしたね。一回負けそうになったのにまた立ち上がるとかどんだけしつこいんですか。ゾンビですか」
「いや負けそうになりながらも立ち向かうとか超主人公っぽいだろ」
もう俺少年ジャ○プとかに載れるんじゃねえの。
ないか、ないね。目が死んでますもん。
おい仕事しろよハイライト。職務怠慢だぞ。
「あー、確かに和也さんは目が死んでますよね。絶対主人公に向いてませんよね」
あの、なんでナチュラルに心読めるんですか。
エスパーなの? それともひょっとして俺のこと好きなの?
「…………」
「冗談ですからゴミを見るような目はやめてくださいお願いします」
ホント、なんで女子ってこういうこと考えている時こんな目で見てくるんだろうな。
……いや、よく考えれば前世で俺限定で常時こんな目を向けられてたわ。
クラスの女子全員に注目浴びてる俺はイケメンモテモテリア充。
……我ながらちょっと引いた。
「ま、買ったことは素直に褒めておきましょうか。おめでとうございます?」
「なんだそのムカつく言い方。ぜってぇ褒めてねえだろ」
俺はボヤくがシュテンバルトはそんな俺を無視して立ち上がり、ちらりとこちらをみる。
が、見ただけで何も言わずに女子グループに混ざりに行った。
あまりに冷たい反応に声をかけるタイミングすらない。
あとはぽつんと残された俺が一人。
その周りはどこか影がかかっているようにも錯覚させられる。
はあ、ホント女の子との会話って心が沈むよな。
もっと心踊るようなもんじゃねえのかよ。
だがまあ、こんな関係でいいのかもしれない。
『存在してはいけない者』である俺がラブコメなんて求めてはいけない。いいわけがないのだ。
もともと、原作でも好意を寄せられるのは俺ではなく主人公。
主人公の役を良いように使ってラブコメしてても、それは嘘っぱちだ。
それで彼女ができたとしてもそいつが見ているのはきっと、俺ではなく主人公なのだから。
だから、俺は決してラブコメを求めない。求める資格なんて、ない。
まあ求めてもラブコメなんてないだろうけどさ。
俺みたいなの好きになるようなやついないし。
……なぜか主人公になっても全然モテやしない。
巻き込まれ体質以外の主人公補正はどこに消え去ってしまったのか。
やっぱラブコメとか現実には存在しない。
あんなもんは虚偽妄言だ。爆発しろ。
***
一日ずっとクラスマッチで今日の学校も終わり、夕方六時半。
あのトーナメントの他の戦闘は降参した。補修なくなったから戦う意味ないし。
外の空気は肌寒く、春を感じさせなかった。
そんな中俺とシュテンバルトは一緒に下校していた。
互いの距離感は着かず離れず。
片方が追い越してはまた合わせるように歩調を緩める。
その間には一切の会話はなかった。
俺はこの静けさが結構好きだ。
なぜなら勘違いすることがないから。
もし、中高生の時、下校中俺に喋ってくれるような奴がいたなら三日とたたず惚れてただろう。
そして勘違いで告白して翌朝、俺の似顔絵と『ナルシストくんカッコイー』とか黒板に書かれているんだ。
ちなみに前世の名前はナルシストではない。佐藤だ。
いやほんとあれは公開処刑だったわ。
だから賑やかさとかまじ嘘つき。つまり賑やかにしてるリア充も嘘つき。
「……ん?」
近くの川の流れる音が聞こえるくらい、心地よい静けさを打ち破ったのは、何やらさっきからずっと黙っていたシュテンバルトだった。
いつもうるさいからこのままで良いかなとか思っていたのだがそうはいかなかったみたいだ。
だってーー
「シュテンバルト。俺は面倒ごとには関わりたくないんだが」
「およ? 気づいてたんですか?」
「ぼっちは視線に敏感なんだぜ? 特に悪意の視線にはな」
俺たちは背後からつけられている。
妙な視線を感じたので『幻想支配』で魔力の動きを観察していて良かったみたいだ。
気配は消せても視線と魔力だけはは消せない。
「ぼっち故の索敵スキルですか。なんか悲しいですね」
「お前はいちいち俺の心をえぐりにくるな」
敵を前にしてこの余裕。
シュテンバルトの場合「余裕」だとか思って言っているのだろうが俺の場合は「考えたくない」だけである。
簡潔に言えば現実逃避。
「ん〜、相手は素人ですね。殺気と視線が消しきれてません。アレですかね、アホなんですかね」
初対面どころか、未だ登場していない敵に対して酷い言いようである。
ほら、そんなこと言ってるから青筋立てた敵さんが出てきましたよ?
……キレすぎだろ。
「狂学者の雇った兵はすぐに挑発にのる、と。うんうん、今日も私は一つ賢くなりました」
「あの、シュテンバルトさん? ぼくもう耐えれないからやめてくれない? あの人すっごい睨んできてるから。怖いから」
彼女はどこからか手帳を出し、敵に聞こえるような声で頷きながら呟いた。
俺の制止まで挑発だと受け取ったのかどこぞのspのようなスーツ野郎は無言でこちらを睨んでくる。怖い。
青い顔してガタガタしている中、シュテンバルトはふむ、と再度頷き、そして口を開いた。
「まあ、あんたたちが誰かは知りませんけど────」
先ほどのようなバカにしているような表情の一切を捨て、彼女は不敵に笑う。
空気が凍りついたような感覚。
それは今まで俺が感じてきた敵意なんてものの比ではなく、敵も彼女の変わりつつある気配を感じ取ったのか身構える。
そして、彼女は口角を歪めながら言い放つ。
「流石にその服のセンスはないと思いますよ? 黒電柱さん!」
あー、うん。こいつの性格ならこうなるんじゃないかと思ってた。
黒電柱、背が高く全身が黒で統一された服。言いえている。
「黙っていれば貴様らァ……!」
黒電柱がこちらを憤怒の表情で睨んでくる。
こちらは完全にとばっちりで、バカにしたこととは全く関係ないのだが、話を聞いてくれるような状態ではなかった。
「今すぐにでも貴様らを葬って後悔させてやってもいいんだぞ……!」
「あらヤダ和也さん聞きました? 葬って後悔させてやるですって〜。死人は後悔なんてできませんのにね〜。ぷーくすくす」
彼女は近所のおばさんが噂話をするかのように手をひらひらさせながらこちらに話をふってきた。
その顔は俺から見ても殴りたくなるような笑顔だった。
「貴様らァ……!」
案の定、黒電柱はキレた。
そのこめかみには青い筋が浮かび上がっている。
我慢の限界なのか、黒電柱は魔法を唱え始める。
現れた魔法陣の光が、自分の見ている世界を真っ白にした。
***
宮崎から黒電柱と呼ばれる男──エヴィル・ニューゼルは意外にも冷静であった。
彼が放ったのは『レイジングブラスト』。相手の視覚を光によって奪う魔法。
自分も眩しくて見えなくなるが、そんなものはもう慣れている。
そして、大抵の者は視覚が戻るまでには彼にやられていた。
(ふん。つまらんな)
先ほどの罵倒は、彼にとってイレギュラーであったが、それでも捕獲対象──宮崎和也は今までのものと同じ結末を迎えることになるであろう。
もう一人の方は知らないが。
だが今回は想定外の存在、『幻想支配』が相手だ。
「彼の能力は、我々にとって天敵だ」と上層部が言っていたのを思い出す。
(──関係、ないな)
ならばもう一人の方を始末すればいいだけのこと。魔法を打ち消すことしかできない彼が、自分に肉弾戦で勝てるはずがない、と考える。
ニューゼルは耳をすます。右斜め後方に僅かだが足音が聞こえる。
その音は確かに、少女の方が履いているローファーが出す音だった。
「我が求めしは万物を焼き尽くす数多の炎。現れよ────『ブレイジング』!」
自分の魔法で目が見えないにも関わらず、そこへ魔法を放った。
いつだってそうしてきたのだ、大抵はこれで仕留められた。
だから、彼はいつものように、何の疑いもなく魔法を放つ。
流石に中級魔法が当たれば生きてないだろう、と考える。
「所詮、魔法を打ち消すしか能がないやつと、素人だったか」
ニューゼルは『レイジングブラスト』を解く。
だが、彼は失念していた。
今までがうまくいっていた故に、忘れていたのだ。
『大抵』にカテゴリされない者の存在を。
「おいおい、俺を盾にするなよ」
「いいじゃないですか、どうせ打ち消すんですし」
「いや、それでも怖えから」
(ば、かな──)
確実に当たったと思っていた魔法は、『幻想支配』の手によって打ち消されていた。
先ほどまでは目を潰され行動不可能だった少年が少女を守るようにして立っていた。
(まさか……自動追尾機能が裏目にでたのか?)
自動追尾機能は敵を追尾してくれるため、逃げ切りにくい魔法だ。
だが、それには欠点がある。
いくら弾幕を張っても全ての魔法が彼女へ最短距離で向かおうとするから、隙が生じ避けやすくなるのだ。
彼の戦い方は自他共に視界を封じ、相手のいる場所へ自動追尾弾を撃つこと。
あとは勝手に魔法が相手を倒してくれる。
それが今回は完全に裏目に出た。
「んで、どうすんのこいつ」
「もちろん拘束して突き出しますよ」
ニューゼルは今まで失敗することがなかった。
それは彼が天才だからではない。
周りが失敗を許してくれなかった。汚れ職に就いている彼が失敗すれば消されるから。
だからこそ彼は失敗に関しては無知。
想定外のことには対処できない。
(どうするべき──!?)
思考することさえも、少女は許してくれなかった。
気づけば魔法陣を展開している少女。
冷静さを失っている今では、それが何の魔法陣なのかも頭から抜け落ちている。
──これでは圧倒的に不利だ。
形成を立て直さなければ。
失敗は許されない。だが幸いにも期限は設けられていない。
今回は逃げるべきだ。
彼は失敗に関しては無知だが、バカなわけではない。
そう判断したと同時に、魔法陣を展開する。
(弱い魔法でもいい。とにかく時間を稼がなければ)
幸いにも少女はまだ詠唱中。
『幻想支配』の少年も魔法陣を消すためか、そこに意識を向けている。
大丈夫だ、逃げられる。
逃げるために近くに止めた車へ行こうと背を向ける。少年が魔法陣へ到達したのが視界の隅で捉えられた。
裏路地にある車へ乗り込んだ。少女が魔法陣を消し、こちらに向かっているのがバックミラーから捉えられた。
車のエンジンをかけ、急発進させる。
だが、裏路地の作りからしてこの先は行き止まり。どうしても彼女らの横を通り過ぎないといけない。
(魔法の展開には時間がかかる。大丈夫なはずだ)
そう自分に言い聞かせ、猛スピードで矢のように彼らの場所に突っ込んでいく。
そこまでして、彼はやっと気づいた。
(なぜ、笑っている……?)
笑っているのは少女の方ではない。
魔法が使えないはずの少年の口角が、ぐちゃりと、歪んだ笑顔をうかべているのが見えた。
「なァお前、いつから俺の『幻想支配』が打ち消すだけだと錯覚していた?」
魔法陣から放たれた火球に少年の手が伸びる。
その魔法が少年の手に触れた瞬間、ニューゼルの車へと方向を変えた。
このとき、魔法を支配できるからこそ『幻想支配』なのだと、彼はようやく気付いた。
読んで字の如く。彼も考えなかったわけでもなかった。
だが、少年は今まで打ち消すことしかしていなかったため、慢心していたのだ。
(危ない──)
思いっきりハンドルを右へ切り、魔法を避けることに成功した。
ほっと胸を撫で下ろす。
だが、運の悪いことにその先は川があった。
(やば──)
気づいたときにはもう遅く、彼はそのまま車ごと川へと落ちて行く。
そこでニューゼルの意識は暗転した。