桐生は転生者を敵視する。
心地よい暖かさのはずの春も、登校ラッシュの昇降口では人が密集しており、しめじめしていて不快指数が梅雨の時期並みにまでなっていた。
俺みたいなぼっちは暗がりにいると思われがちだが、好んでいるわけではない。
ぼっちとは他人に迷惑をかけない。
平和の象徴である俺は今日もリア充(笑)に迷惑かけないために目立たないようにしているのだ。
いや、ハトかよ俺は。
昇降口で上履きに履き替えて顔を上げると、そこには見知った顔があった。
「あ、和也さん。なんでおいて行ったんですか! ちょっとは待っててくださいよ」
シュテンバルトは片手に持ったローファーを急いで履き替えて俺のそばに寄ってきた。
ええい来るな鬱陶しい。
俺はいつも通り、「……はいはい」と生返事をし、鞄を肩にかけ直す。
それで満足したのか、それきり会話はなくなった。
ひんやりとしたリノリウムシートの床に二人分の足音が響く。
今思えば、こいつと出会って、──この世界に来て一週間か。
中学二年生の頃には魔法学校に入学するときのためのために、服と杖まできちんと用意してイメージトレーニングをしていたものだ。
母ちゃんに見つかって気まずい沈黙と、汚物を見るような目を目の当たりにして以降はしていない。
ちなみに魔法を使うのに杖入らないことを知った時俺は落胆した。
最初はこいつとの関係も鬱陶しいと感じていたが、今ではそれもさほど不快に思わなくなった自分がいる。
よく言えば慣れ、普通に言えば諦め、悪く言えば存在自体無視である。
そんなことを思いながら校舎の四階に上がり、一年C組のクラスに入る。
いつもは存在すら認知されないはずなのに、教室の空気が冷たくなるのを感じた。
桐生がニヤついているのが見える。
……なになになんなのこの不穏な空気。
平和の象徴である俺にはちょっと耐えられないんですけど。やっぱハトかよ俺は。
シュテンバルトもこの空気を察したようで怪訝な顔をしている。
その中、桐生がこちらに話しかけてきた。
「お前、シュテンバルトさんを脅しているんだってな……!」
──ああなるほど。やはりこいつが元凶か。
「シュテンバルトさんを脅して付き合ってるんだろ。卑怯者のお前がよくしそうなことだ!」
何度も言うが、俺とシュテンバルトが付き合っているなんていう事実はない。
そもそも、俺みたいなぼっちが付き合えるわけない。
それに俺はもともとこの世界に存在しない者なのだ。
だから万が一、億が一。いや、億がゼロシュテンバルトが俺に惚れていたとしても付き合わないだろう。
……いやそれ可能性ゼロじゃん。
だから、シュテンバルトと付き合っているなんて噂は間違っているし、俺が理不尽に責められるのも間違っている。
それはどこか、俺と彼女を馬鹿にしているようで腹がたつ。
これはあれだ。仮にも護衛してくれているわけだし、数少ない知り合いだからだ。他意はない。
「はぁ……」
桐生の言う通り、確かに俺は卑怯者だ。
そんなことはとうに自覚している。
自分は人の失敗を笑うようなやつだし、自分のためを第一に考え、他人を蹴落とすことも見捨てることも戸惑わない。そんな卑怯者。
だからこそ、卑怯者だからこそ、譲れないものがある。
負けがわかっているならせめて揚げ足を取ってやる。
ただでは負けてはやらない。
あとはまあアレだ──、
気にいらねえんだよこの野郎。
「おまーー」
「何言ってやがんですか?」
相手をどう嵌めるかを瞬時に考えをまとめ乱雑に席を立つと、若干キレ気味なのが見てとれるくらいにキレているシュテンバルトが発言した。
いやそれキレてるじゃん。
結局発言することは叶わなかった。
シュテンバルトに主導権を握られたのですることもない。
なので、「あ、俺喉乾いたなー飲み物買ってこよーかなー」と廊下に出て行く集団と一緒に無言で廊下に出る。
「…………あんがとさん」
誰にも聞こえないように、そう呟く。
ふと振り返ると、彼女の瞳が怒りに燃えていたのが目に入った。
*****
無味乾燥な六限目が終わった。
勤勉な俺は誰と喋ることなく無言で過ごしている。
……いや、話す相手がいないわけじゃないよホントだよ?
「これは……酷い」
ふと、自分のノートを眺め、本気で頭を抱える。
本当に参った。
ギブアップするから今日はもう休みたい。というか休ませろ。
「………………ほんとこの学校中退していいよな。十分働いたよな」
六時間目の魔法基礎理論の授業が終わり、放課後。
クラスメイトが机やら椅子やらに座って駄弁っている中、優等生な俺は、先ほどの授業の復習をしているところだったが……
「……全く分かんねえ」
そう、授業内容が全く理解できないのだ。
これでも前世の俺は成績自体はよくテストでも学年トップ10には入れていた。
なにせ家帰っても勉強しかすることなかったし。
頭はいいほうだと自負しているのだが、自分が井の中の蛙だということを知ってしまった。いや、知らされた。
魔法について何も知らない俺は魔力の核と、専門用語を言われても分からない。
魔力をためる場所だとかもっと分かりやすく解説を書いてくれればいいのだがここはエリート校。
そんなものはもう勉強しているものと踏んでいるのだろう。
実際、俺みたいなものがイレギュラーなのだから仕方のないことか。
「…………帰るか」
目の前に山のように積み重なった参考書とノートを眺めて考えることをやめた。
現実逃避じゃないよ? ただ現実から目を背けたくなっただけ。
教科書には「指定範囲外での魔法の使用は基本的に国際魔法委員会の許可が必要であり、無許可で使用した場合は刑法により罰せられ──」が云々。
それが数千ページ。こんなの覚えれるわけがあるか。
取り敢えず、勉強のことは置いておこう。
それよりも一週間後のクラスマッチの事だ。
空条先生曰く、「一週間後の体育ではお前らの技量を図るためクラス内で対戦してもらう」とのことらしい。
あの、魔法を使えないぼくは見学してていいですか?
俺の力はちょっと特殊なため、この願いは通るかと思っていたのだが、通りそうなところで桐生が公平ではないと言ったことにより強制参加にさせられてしまった。魔法使えない俺がどうしろと?
一回戦で負けた者にはきつい補修が待ってるのこと。
おい桐生マジふざけんな。
取り敢えず、勝つためには策を練らなくてはならない。現場の確認をしよう。
原作と何一つ変わりないのなら、俺の能力は『幻想支配』。
魔力をどうこうして操作するとか云々。ただし制約がある。
戦闘時に使えることは使えるが、その他では全く使えないので微妙、戦闘時でも使えないこともある。
うん、カスだね。
思考の波にのまれていると、肩を叩かれ思考が現実に戻る。
視線の先にはシュテンバルトがいた。
「和也さん。今日は一緒に帰る約束ですよね」
「いや、毎日一緒に帰ってるだろストーカー」
口から出た皮肉も彼女には通らない。
……そういえば今日の朝、寄りたいところがあるとか言ってたな。
マックだけは勘弁してほしい。
「それじゃ帰りましょうか」
「……ああ」
荷物を肩に掛け、ひんやりとしたリノリウムの廊下を歩く。
……考えないようにしていたが、何だこのラブコメ展開。
ラブコメ展開といえば、中学の頃を思い出す。
中学で繰り広げられた、甘い甘い青春ラブストーリーが脳裏をよぎる。
──卒業式の終わり、玄関にて。
少年が靴をとると、中に入っていたのか一通の手紙が風に揺られ足元に落ちる。
少年は、中身に密かな期待と希望を持ち、胸を膨らませ手紙を開く。
『ラブレターだと思った? ねえねえラブレターだと思った? 今どんな気持ち?』
おいまたお前かよ黒歴史。苦いじゃねえか俺の青春ストーリー。
やはり、俺にラブコメ展開なんてものは無かったし、これからも起きない。
偽ラブレターにも嘘告白にもラブコメトラップにも騙されない。
オーケー、超クール。これで勘違いはしない。
もうあんな思いはしたくない。
そのために自分を理性でコントロールする。
「んで、どこ行くんだ」
少しでも気を紛らわすために思考を変える。
「ん〜、私の職場というか……厳密に言えば私たち国際魔法委員会の支部ですね」
「護衛任務のか?」
「はい、私以外にも任務についているのが二人いまして。護衛対象を知っておきたいというものですから」
なるほど。そりゃ誰かもわからんやつを護衛するわけにはいかないよな。
俺なら、俺を護衛しているとわかった時は任務を放棄するまである。
……自分にまで嫌われちゃってるよ俺。
まあ、俺は護衛してもらっている立場なわけだし挨拶くらいはしないといけないだろう。
シュテンバルトのような奴じゃないといいのだが……。
「大丈夫です。問題ありません」
「いやそれ大丈夫じゃない奴だろ。あと心読むな心。怖いから」
本当に、シュテンバルトは変わっている。
護衛とはいえど苦もなく俺と過ごしている。
普通の奴なら文句言ってもいいレベルだ。なんなら社会的に抹殺されるレベルだ。
その上に、「あれ、こいつ俺のこと好きなんじゃねえの?」と思わせるような言葉を発することがある。
全く、俺じゃなきゃ勘違いするとこだったぜ。犠牲者が数十人出ていたところだぞ感謝しろ。
話をまとめると、こんな変わった奴が二人三人とかいるとめんどくさいし、何より俺の体も俺の財布も持たない。
「着きましたよ〜」
思考にふけっている中、いきなり話しかけてきたシュテンバルトの声にビクッと反応してしまった。
我ながらキモい反応である。
今から会うのは、俺を護衛している方々だ。
ちゃんとした態度でいかなければ。
──猫背をきちんと伸ばす。背中がバキボキとなった。
──顎をきちんと引く。首の筋が切れたような気がした。
──ポケットから手を出す。特に変わりはなかった。
──仕事どころか人生に疲れたサラリーマンみたいな目を戻そうと試みる。全く変わりはなかった。
よし、準備オーケーだ。
……ておい、目はそのままなのかよ戻せないんだよ察しろよ。
一体、俺のスキル、『死想の魔眼』──効果、目が死ぬ。あとは特に効果なし──はいつになったら解除されるんですかね。
再度、シュテンバルトの言っていた支部を見る。
それはお隣さんだった。
……あの、お隣の加藤さんどこ行ったの?
「一応原住民が居たんですけど、話し合ったら快く引き渡してくれましたよ」
加藤ぉぉぉ────ッ!
俺は怒りを込めた瞳で彼女を睨みつける。
シュテンバルト、お前か……。お前が加藤を……。
まあいいよね、別に話したことないし。
あと原住民ってなんだよ原住民って。インディアンかよ加藤さんは。
まぁ今は加藤さんのことももインディアンのこともどうでもいい。
俺に課せられた任務は、隣の新住民に挨拶しに行くこと。
過去のことを思いふけっている場合ではない。
──行くか。
扉に手をかける。鬼が出るか蛇が出るか。
「あ、そのドアトラップですよ。こっちです」
「おい待てそれは早く言────ぐふっ」
扉を開けると、顔面に何か棒状のものが当たった。
脳が揺さぶられ、バランスを崩し倒れる。
目の前には矢のようなものが落ちていた。
先に布が巻かれているだけ親切設計なのだろうか。
……こんな親切設計あってたまるか。
「あちゃー、遅かったですねぇ」
シュテンバルトがバツが悪そうな顔でこちらを覗き込む。
そんな顔するくらいなら事前に言え。反省しろ。
脳が揺さぶられたからか視界がどんどん暗くなっていく。あ、これダメなやつだわ。
脳は正常ではないが、一つだけ、たった一つだけしっかりと思ったことがある。
──シュテンバルトさん。パンツ、見えてますよ。
純白、だと…………。ぐふっ。
閲覧ありがとうございます。次回もよろしくお願いします。