やはり買い物は一人で済ますのが一番いいと思うのだけれど
土曜日。学生にとって神聖なる休日である。俺にとっての土曜日は家でゴロゴロする日であるので、今日もいつも通りシュテンバルトをあしらいながら布団の中で安眠という休息を取ろうとしていた。
そのはずが、気付けば周りは人、服、人である。なにそれこわい。
「……なあ」
「はい、なんでしょうか?」
「俺さ、ついさっきまで部屋で寝てたと思うんだけど。……なんでウニクロにいるの?」
「さあ、時間でもすっとばしたんじゃないですか? 自称帝王さんみたいに」
俺はスタンドなんて使えねえよ。どこの黄金の風にでてくるギャングのボスだよ。
「ったくもー、しっかりしてくださいよ和也さん。水着買いに来たんでしょうが水着。その歳で水着を一着も持ってないとかホントあり得ませんよ!」
「や、だって俺一緒に行くようなやついないし……」
「言い訳無用! 有る事無い事クラスメイトに吹き込みますよ?」
「……友達いなくてごめんなさい」
……なんで俺はこんな悲しい理由で謝っているのだろうか。思わず目から涙が出てきてしまいそうだ。キモがられるから出さないけど。
「じょ、冗談ですから。そんな悲しいことで謝らないでくださいよ」
頼むから同情の目で見ないでくれないかな。ぼっちにはそんな目が一番こたえるんですのことよ?
「まあ、今から水着を買わないと俺の立場が危機だということはわかった」
「おお、今日の和也さんはやけに素直」
「というわけでこれ買うから。よし帰ろう」
近くにあったいたって普通の地味なやつを手に取る。うん、これがいいな。というかこれ以外あり得ないな。だからそんな派手なもの持ってこないでくれます?
「だめですよぉ〜和也さん。せっかくの海でそんな地味なやつが許されるわけがないじゃないですか」
「いや、大丈夫だ。こういう時、どうでもいいやつの水着なんて気にされない。むしろ嫌いな奴の場合は何着ても罵られるまである。ソースは俺」
いや、実体験なのかよ。
本当にあの時はひどかった。制服でも罵られるとかマジ鬼畜。くっそ、田村まじ許すまじ。
「だから罵られる隙がないように、一番特徴のない地味なのを買う!」
「は、はは……」
あ、やっぱり自虐ネタは身内以外じゃないと引かれるのね。いや、身内にも引かれてたわ。何それ悲しい。
「かっずやさーん! これなんてどうですか?」
前世の懐かしい思い出を思い出していると、いつの間に取りに行ったのか、シュテンバルトの手には数着の水着が握られていた。
「……ま、いいんじゃねえの? 俺にはよく分からんが」
「むぅ、適当ですね。せっかく、かわいい女の子と二人きりでのお買い物ですよ。もうこんな体験できませんよ? もっと張り切ったらどうですか」
「……二人きりねえ」
俺のつぶやきを怪訝に思ったのか、シュテンバルトは「どうかしましたか?」と首をかしげる。
「どうやら、そういうわけにもいかないみたいだぞ」
シュテンバルトの背後で満面の笑みで手を振ってくる男の娘とクールビューティが見えた。
シュテンバルトもそれに気付いたみたいで、目に見えて動揺している。
「な、なんでここにいるんですか!?」
「いや、買い物してたら偶然見つけちゃって」
「……いっしょに買い物してた」
こちら側にとてとてと向かってくる新原にほっこりしながら、こっそりとシュテンバルトがもってきた水着を戻す。上代? 知らない子ですねぇ。
「……ま、用事も終わったんだし帰ろーぜ」
「そうですね。それじゃ、レジ通してきてください」
「へいへい」
シュテンバルトの目が離れたすきに地味なのを買ってレジに通した。これで目をつけられることなく隅っこの陰で涼んでいられそうだ。
まあ、そんなこんなで買い物は終わった。
「……ってなればどれだけ良かったか」
「……? 何言ってるんですか和也さん」
場所は変わり喫茶店。なぜかその場のノリでここに来ることになったらしい。らしいというのは俺がその会話の中に入っていなかったから。
「……めちゃくちゃ嫌な顔してますね。なんですか? ノリとか嫌い系な人ですか?」
「内輪ノリとか内輪揉めとか、今まで体験したことなかったが、ここまで嫌なもんだとは思わなかった。リア充とか馬鹿なのかな?」
基本、人は、その中でもリア充と分類されるものは群れるものである。その群れの中には『内輪ノリ』というものがあるが、それは『賛成意見の多い意見』ではなく、『クラスカーストが高い人の意見』が通ることが分かった。
流行の発生源は、大体は高校生アイドルだとか、スクールアイドルだとか、雑誌に載った高校生イケメンだとかなのでそこらへんと似たようなものなのかもしれない。
ぼっちには生きづらい世の中である。
「じゃあ無理してこなくても良かったじゃないですか」
「断っても無駄だとわかってのことだ。俺も一度は帰ろうとしただろ。『千里の道も一歩まで』が俺の座右の銘だからな」
ちなみにこれは、『一応やろうとはするが、無理だとわかったら諦めろ』という意味である。
出来ないことに固執するよりも、できることを伸ばすという省エネかつ効率的な精神の元生まれた座右の銘だ。
「……『老子』を馬鹿にしてるの?」
なんだか上代の方から邪悪というか邪気が感じられる。視線をシュテンバルトからちょっと左にずらすと暗黒微笑でぶつぶつと呟いている上代がいた。
「冷沙ちゃんは中国とか日本の歴史とかがすきなんだよ……。そういう発言は控えたほうがいいよ」
あははと笑う新原の目はどこか遠いところを見ているようだった。昔何かやらかしたことがあるんだろうか。……シュテンバルトが。
「そんなことより和也さん。暇じゃないですか?」
「お、やっと気づいたか。気がきくな。じゃあ早速帰ろうぜ」
「帰ったらさらに暇になりません!?」
「俺が一人で遊ぶ技術を身につけているから大丈夫だ。一人野球とか壁打ちテニスとか木を相手にボクシングとかよくやってたしな」
そういうと、この場の雰囲気が生暖かくなり、同情の視線を向けられていることに気づく。
「グスッ、そんな寂しいことをしていたんですね和也さぁん……。大丈夫です。私だけでも和也さんと遊んであげますね……?」
「おい、俺の友好関係が広くなる可能性はないのか」
「……それは夢見がちだと思う」
「余計なこと言うな上代。それは自分でもわかってる」
こいつら俺の心えぐるの的確すぎるだろ。プロなの? そんなプロいらねぇよ。
そんなことを考えていると妙に見られているような気がした。
「……宮崎くん」
「……分かってるよ。これでもぼっちは視線に敏感なんだぜ」
どこかの黒電柱戦でも言ったような気がする言葉だが、まあいいだろう。
自分に向く視線があった。『科学者』のまわしものか?
「相手はことを大きくしたくはないみたいですね。襲ってくる気配はありません」
「さすがにこんな街中で襲ってきたらおかしいだろ。ここは気づいていないふりしてやり過ごすのが一番だと思う」
「……将来のニートが久しぶりにまともなこと言った……?」
……さすがにその言い方はないと思うぞ上代。俺でも就職くらいはする。というか結婚できないだろうし絶対しないと生きていけない。
まあ、それは置いておいて、わざわざ戦う必要もないので放置する方針になった。街中堂々と襲ってこられると問題になるのでさすがにそれはないだろう。
「ま、帰んぞ。俺が払っとくわ」
「宮崎くんありがとうっ!」
「おう、お前には命守ってもらってるもんな」
「ありがとうございます和也さん」
「いつ俺がお前に奢るといった?」
そういうとシュテンバルトはこの世の終わりに直面したかのような顔をする。
ニヤニヤとそれを見ていると、後ろから声が聞こえた。
「……私は?」
「誰が毒舌女におごーーらせてくださいごめんなさい」
にっこりとした笑顔なのにものすごく殺気を感じた。……これが一流のカツアゲというやつか。そこらへんの不良の何十倍怖えぞ。
「あれ? おごってもらえないの私だけですか……?」
シュテンバルトがそう呟く。それを無視してレジに行き、勘定をすます。
喫茶店から少し離れた頃あの視線は、もう感じられなかった。一応警戒していたけど、何もなかったみたいで何よりだ。